プールでもお構いなし

「それ!」

「やったな! この!」

「ふふっ、えい!」

「うおっ!? おりゃ!」


 ……一言良いか?

 俺たち、何をやってるんだろうか。


「落ち着こうか白雪さん」

「……ちょっとノリノリでしたよね?」


 そうだね、結構ノリノリだった。

 白雪と一緒にレジャー施設に訪れ、多くの利用客で賑わうプールを楽しんでいるのだが、俺たちはまるで漫画やアニメで良く描かれるようなやり取りをしていた。

 俺も白雪もノリノリというか、演技染みたものだったがお互いに楽しんでいるのは明白だった。


「斗真君!」

「うん? おっと!」


 考え事をする俺に白雪が飛びついた。

 正面から抱き着いた彼女は俺の首の後ろに腕を回し、その豊満な胸元を俺の体に押し付け、そして何を思ったのか水の中に引きずり込んだ。

 突然のことに驚いた俺の唇に触れる何か、目を閉じているので分からなかったがこの感触がなんであるか間違える俺ではない。


(プールの中でキス……公共の場でのキス……この罪深さが気持ち良いって思うのは流石に人としてマズイ)


 数秒ほど水中でのキスをした後、水面から顔を上げて俺たちは見つめ合った。

 満足したように唇を指の先でなぞる白雪の姿があまりに色っぽく、今すぐに彼女を連れてどこかに向かい、そのままその魅惑的な体を貪りたくなったが寸でのところで俺は堪えた。


「……なんか、あれだな」

「どうしました?」


 ポンと彼女の頭に手を置きながら俺は言葉を続けた。


「俺はさ、白雪のことが好きだ。もちろん翡翠のこともね」

「はい」

「好きってのはもちろんなんだけど、あまりに魅力が強すぎてどこでも白雪と翡翠が欲しくなる時があるんだ」

「はい」

「……家とかじゃなかったら流石にマズいだろ? だから、二人と一緒に外で過ごす度に我慢する気持ちが培われるんだ」

「……それ、捨てましょうよ」


 ダメです、捨てたら猿になっちまいます。

 なりましょうよと抱き着いた状態で離れなくなった白雪を連れて、俺は探検だと広いプールの中を歩き出した。

 この状態でも水の中だと意外と動けるもので、俺は男性からは嫉妬のような視線と女性からは物珍し気な視線を受けながら、白雪と共に歩いていく。


「斗真君、少し休憩しませんか?」

「そうだな。って特に動いてないけど……あそこの椅子に座るか」


 全然疲れていないが、俺は白雪の提案に頷きプールを出て椅子に座った。

 すぐ隣に彼女が座るのは当然で、ただただ引っ付いていたいと言わんばかりに俺の腕を抱いたまま白雪が俺を見つめた。

 そのままジッと何もせずに見つめ合うだけなのに、なんでこんなにも心が躍るのかと思ったが、それは目の前に白雪が居るからだ。


「私たち、どれだけバカップルなんでしょうか」

「ヤバいくらいだな……ま、周りには随分と珍しそうに見えてるみたいだが」

「……さっきから感じてました。この視線、気に入りません」


 俺の腕を抱いていなかったら親指を下に向けるようなこともしてしまいそうな雰囲気の白雪だ。


「こんな風に私は斗真君の腕を抱いている……これって好きだからですよ? 愛しているからに他なりません。そもそも、私は雰囲気から分かるように斗真君好き好き大好きオーラを放っているつもりです。それなのに不思議そうに見られるのは気に入りませんし、何より斗真君を見て笑うのは許せないんです」


 それでもちょっかいをかけてこないのはマシと言えるだろう。

 お前には相応しくないとか、なんでそんな奴の傍に居るのかとこっちの気持ちを考えずに色々と言ってくるような馬鹿は居ない。


「ま、そこはやっぱりこいつだろうなぁ」

「……ぷにぷにです」


 白雪にお腹を触ってもらった。

 彼女の手の動きに合わせて波打つ贅肉がやっぱり原因とも言えるし、こう考えると早く痩せて白雪にこんなことも思わせる日々とはサヨナラしたいものだ。


「太ってても痩せていても私は気にしないのに……はぁ、こんなことならずっと斗真君と家から出たくないですね。そうすれば誰も邪魔しない、見ることもない、永遠に楽園の中で過ごせるのに」

「白雪と翡翠がずっと傍に居るのは確かに楽園だなぁ」


 とらわれの館じゃなくてとらわれの楽園だよこれだと。

 俺たち以外にも男女の組み合わせは多く見えるし、これみよがしにイチャイチャしているカップルも大勢いる。

 ただ、そのカップルの片割れである男性が白雪に目移りして隣の女性に頭を叩かれる光景をよく見る。


「私、最近思うことがあるんです」

「思うこと?」

「はい。今回のこの世界で私はあなたがあなたであると分かりました」

「うん」


 白雪は抱いていた俺の腕を離し、その両手を頬に添えてきた。


「これは極端な話ですけど、あなたの心がそこにあって、嵐君の性格のままだったとしても私はあなたに全てを捧げたと思います」

「そうなのか?」

「はい。だってそこに居るのはあなたなんです――見た目は違ってもその心を私が見間違えることはないですから……ふふっ、もしそうなら喜んで襲われますね」


 それはどうなんだと俺は苦笑したが、個人的にはちょっと面白くないな。

 だってそうだろ? 俺の心がそのままだとしても、こうして俺という意志を持っていないと面白くない。

 白雪と何かがあって思い出すのもそれはそれで良いかもしれないが、やはり今こうして生きているとあの最初の困惑があったからこそ現状に繋がっていると思うのだ。


「俺は……ちょっと嫌かな。やっぱり、こうして自覚出来ている方が良いかも」

「……そうですね。確かにそうかもしれません」

「でもこう考えると最初は本当に色々と困惑したんだぜ?」

「あ、その辺りのこと少し聞きたいですね」


 そこから俺はこの体になって気付いた時期のことを話した。

 あの時は嵐になってどうしてと困惑したこと、俺は主人公じゃないから白雪とこういう関係になれないと諦めたこと、けれど段々と仲良くなっていくことに困惑してワンチャンあるんじゃないかと期待したことを。


「やっぱり最初からアクセル全開は逆に警戒されると思いましたからね。それならゆっくりと絡め取る方が良いのかなと……もちろん、どんな不都合が起きたとしても逃がすつもりはありませんでしたが」

「逃げられなかったな……逃げようと思うことすらなかったよ」


 そんなことあり得ないと逃げれるのは鋼の精神だと思う。

 そんな風に数カ月前のことだが懐かしい話をしていれば、お互いに何とも言えない温かな雰囲気に包まれるのは当然で、俺たちは見つめ合っていたかと思えば顔を近づけてキスを交わした。

 無我夢中になるようなキスを交わしていると、俺と白雪はハッとするようにこの場所がどこかを思い出す。


「……すみません、ちょっと夢中になってしまいました」

「いや、俺の方こそ途中からプールだってことを忘れてたわ」


 お互いに顔を赤くして離れたが、すぐに彼女は俺の腕をまた抱きしめた。

 辺りを見回すと多くの人がこちらを見つめており、その多くの視線が俺たちを見て驚いた様子で……おそらく、そういう関係の二人と思っていなかったんだろう。

 結局、その後は互いにこの空気に耐えられなくなって退散した。

 レジャー施設を出た後は適当に買い物をして家に戻り、どんな風に楽しんだのかと翡翠に質問をされ、まるで煽るように白雪がプールでのことを伝えた。


「今度は私とも行きましょうね?」

「お母さん、歳を考えてください」

「歳に嘘は吐けないけれど、この美貌は馬鹿にされないと自負しているわ。そこは白雪も認めるでしょう?」

「……なんでお母さんはそんなに美人なんですか」


 珍しく白雪が翡翠に負けた瞬間だった。

 そんな風に、俺は白雪と翡翠の二人と幸せな夏休みを送っている……しかし、俺の知らないところで完膚なきまでの決着が付くのはすぐだった。

 白雪が溜めていた恨み、それが全て言葉となってあいつに襲い掛かるその時がやってくる。

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