プール

 彼は今、無気力な状態だった。


「……………」


 学校の時もそうだったが、夏休みが始まってからずっと彼は――洋介は家から出ていない。

 それは全てあの時の光景のせいだ。

 自分が大好きだった女の子と、全く持って予想しておらずあり得ないと思っていた男の濃厚な絡みを見てしまったから。


「ちょっと、電気くらい点けなさいよ」


 そんな中、暗い部屋に入ってきたのは洋介の母だった。

 洋介はチラッと母の顔を見たがそれだけで、何も反応することなく布団をかぶり続けている。


「……はぁ」


 彼の母は何が起きたのか少しばかり知っている。

 洋介が暗い顔で帰って来た時は何事かと思っていたが、ボソボソと洋介はどうしてだと、あり得ないと呟き続けていた。

 それを傍で聞いてたら洋介が大好きだった白雪、彼女が離れて行ったことを明確に理解した。


「あのねぇ……確かに気の毒だとは思うけれど、いつまでも引き摺ってたら仕方ないでしょ?」

「何が……分かるんだよ」


 正直なことを言えば、失恋したくらいでこれほど落ち込むなと母は言いたかった。

 洋介がどれだけ大きな気持ちを白雪に抱いていたかは知っているが、それでも母の立場からすれば単に失恋したという認識でしかないのだから。


「白雪ちゃんは本当に良い子だわ。綺麗なだけじゃなくて性格も良いし、世の中の男性であの子を傍に置いて喜ばない人は居ないでしょう」

「……………」

「そんな白雪ちゃんを射止めた相手が居るというのは気になるけど、それが恋愛というものよ。お互いに好きなら付き合う、ただそれだけのことだわ」

「……違うよ」

「え?」


 洋介は言い返した。

 相変わらず下を向き続けたまま、ボソボソと小さく呟く。


「だってあいつは……白雪に嫌われてた。だから絶対におかしい……きっと白雪は操られてるんだ……そうでなきゃ、あんな奴に白雪が笑いかけるわけがない」

「……はぁ」


 これはダメだなと母は頭を抱えた。

 散乱した服を片付け始め、部屋の中を綺麗にした母は部屋を出る直前に洋介に対してこう言うのだった。


「自分の息子だからこそ、肩を持ちたい気持ちはあるわ。でもね? そんな風に認めたくないからってあんな奴とか言って他人を見下すのはどうなの?」

「っ……」

「私も白雪ちゃんと話すことは合ったから分かるけど、あの子は誰かに脅されるような弱い子じゃない。白雪ちゃんがその誰かを選んだのなら、それは白雪ちゃんがその人のことを好きになっただけのことでしょ」

「……………」


 まるで言い聞かせるような言葉だったが洋介には届きそうにもない。

 母が部屋から居なくなった後、洋介は窓の外を眺めた。


「……違う……違う! 白雪は……白雪は絶対にあいつに騙されてる!」


 認めたくない、認めたらそこで白雪を諦めることになるからだ。

 洋介は嵐を憎んでいる……しかし、それ以上に白雪のことしか考えていない。


「白雪は……白雪は……僕が……」


 まるで何かを掴もうとするように、洋介は手を伸ばした。


▼▽


「くしゅん」

「お、風邪か?」

「いえ……もしかしたら誰かが噂をしているんでしょうかね」


 以前に俺がくしゃみをしたが、今回は珍しく白雪がくしゃみをした。

 俺のように大きなだけのくしゃみでなく、小さな可愛らしいくしゃみだったのは白雪らしかった。


「助かる」

「何がです?」

「女の子のくしゃみに助かるって言うのが流行ってるらしい」

「……なんで助かるんですか?」


 おっと、この話題はここまでにしておこう。

 どうしてくしゃみが助かることになるのか、それをずっと考え続けそうになった白雪を何とか引き戻し、俺たちは歩みを再開させた。

 本日の予定は単純に白雪とのデートだ。

 翡翠も来たがっていたが今日は譲れと白雪が凄みを利かせ、まさかの翡翠が折れるという形だった。


「それにしてもプールか……ジムのとは違う感じになりそうだなぁ」

「でしょうね。ですが、プールデートというのも夏ならではでしょう」


 ただ街中を歩くのはいつものデート、しかし今日は白雪と一緒にジムとは関係ないレジャー施設のプールに遊びに行く途中だ。

 色んな人が居ると思うのでこの肉体が衆目に晒されたところで何も感じるものはないと思うのだが、俺の隣に並んでいるこの美少女はたくさんの視線を集めそうだ。


「どうしたんです?」

「いや、この腹を披露することになるんだなと思っただけだ」

「気にしなくて大丈夫ですよ。仮に何か言われたら分からせましょう」

「分からせるって……」


 一体何をするつもりなのか、それとも言うつもりなのか……。

 白雪や翡翠の怖さについては元々知っていたし、改めて知ったことは多いがそれでもやっぱり……怖いよね。

 それから俺たちは何事もなくプールに到着し、白雪よりも先に着替え終えて彼女を待っていた。


「思えばこういう場所に来ることも前世合わせてなかったな」


 それが非リア充の俺だったわけだし……はぁ。

 とはいえ、そんなため息も今日でおさらばだ。


「……やっぱりあまり見られないな」


 今の俺はズボンのみ水着ということで、この肉体は多くの人に見られている。

 ただ俺みたいな体型の人はそこまで多いわけじゃないが、それでも何人か居るのでやはりこういった娯楽施設では珍しい光景ではないようだ。


「……そういう人たちはみんな男友達と来てるみたいだけど」


 太っててもここまでではなく、子供を抱えているので親子連れだろう。

 そんな俺も彼らの一員のように思われているかもしれない現状に、そうではないと一石を投じる鈴のような声が背後から響いた。


「お待たせしました」


 その声に振り向くと当然そこに居るのは白雪だ。

 長い髪を片方に纏め、白のビキニを纏った白雪に俺は見惚れたが、やはり最初に思ったのはなんだこのエロい女の子はという感想だった。

 もうすぐ三桁に到達しそうかという成長途中のバストを覆うのは白い布、しかしそれは頼りなさそうな紐で支えられているだけだ。


「ふふっ、その表情を見ると全然悪くなさそうですね?」

「あ、あぁ……何を着ても白雪が似合うのは分かってる。ただ、流石にその戦闘力を支えるには防御力が低いんじゃないかって」

「あ~そういうことですか。大丈夫ですよ? 意外とこういうのって簡単に解けないものです。ほらこんな風に――」


 白雪はその場で軽くぴょんぴょんとジャンプした。

 彼女の大きな胸がぷるんぷるんと震え、一歩間違えたらポロリしてしまいそうにハラハラするものの、白雪が言ったように大丈夫だった。

 ただ……想像してほしい。

 高校生とは思えない抜群のスタイルを持った美しい少女が、そのバストを揺らすようにジャンプをしているその光景を見ずに居られるか? 俺は無理だった。


(見られてる……そりゃそうだわな)


 俺だけでなく、多くの利用客を白雪に目を向けていた。

 その視線から白雪を守ることは出来ないが、少なくともこの女の子が俺にとって大切な存在だと周りに知らしめることは出来る。


「白雪」


 彼女の肩に手を置いて俺は歩き出した。

 おそらくだけど俺が周りの視線に独占欲を抱いたことは白雪も気付いているようだが敢えて指摘はしてこなかった。

 彼女は嬉しそうに笑った後、俺の太い腕をその胸の谷間に挟み込むように抱く。

 俺の肉と白雪の柔肉が溶け合うように形を歪め、何とも言えない幸せな光景を作り出す。


「今日は楽しみましょうね?」

「あぁ」


 さあ、プールで遊ぶのは学生ならではと言えるだろう。

 白雪を連れ、多くの視線を浴びながら俺は胸を張って前を歩いた。

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