運動の日々は変わらない
贅沢だ……本当に贅沢だと俺は思う。
鳳凰院家に引っ越してきてからのことを簡単に纏めようと思う。
「まず、部屋が広い」
そう、部屋が広い。
そもそも鳳凰院家の屋敷が大きいということもあって、俺個人に与えられた部屋もかなり大きかった。
元々置かれていた家具なんかを使わせてもらっているけど、自分で用意する気すら起きないほどに整っていた。
「……はぁ~」
俺はベッドの上に寝転がって天井を見上げる。
今日は休日ということで一日自由だし、昨晩に関しては一人で眠ったので朝の目覚めに彼女たちを見ることもなかった。
少しばかり寂しい気もしたけど、偶にはこういった一人の朝も乙なモノだ。
「次、飯が美味い」
そう、飯が美味い。
アパートに住んでいた頃は簡単なモノを自分で作っていたわけだが、やはり実際に誰かに作ってもらう料理というのはとてつもなく美味しい。
白雪と翡翠が張り合うように作ってくれる料理、それには二人の愛情が込められているのを感じることが出来るので、味もさることながら気分的にも幸せを噛み締めることが出来る。
「次、何も困らない」
そう、なにも困らない。
以前はある程度お金の使い方に関しては節約しないといけない時は多く、贅沢なんて以ての外だった。
だがその反動を今受けているかのように、鳳凰院の家に入った時点で生きていくことには一切困らない……ましてや、歳を取って死ぬその時まで考えなくて良いというのは何とも言えない感覚だった。
「ま、かといって高いモノを買ったりはしないんだけどさ」
翡翠からクレジットカードを渡され、どんなものでも買って大丈夫だからと俺は言われている。
けれど俺はこのカードをまだ使ったことはない。
それもそのはずで、いくら自由に使える大金を手にしたところでそれじゃあ高い買い物するかとは到底ならなかった……流石に申し訳ないし。
『気にしなくて良いのよ? 私たちの財産も全てあなたのモノに等しい、だから遠慮なく何でも使ってちょうだい』
完全に男をダメにするレベルではなく、人間をダメにする翡翠の言葉だ。
俺は彼女の言葉に頷いたものの、やはり常識的な観点で物事を考えればこの無限大とも言える残高のカードはそう安々と使えるほど軽くはない。
とはいえ、きっと彼女たちも俺が無駄遣いをするような人間ではないことくらい分かっているはず――それ故に、これを預けてくれたのかもしれないが。
「……よし、起きるとするか」
一応今日は昼から二人と一緒にジムに向かうことになっている。
それまでは自由だが……まあ、朝食を作ってくれていると思うのでリビングに向かうことにしよう。
俺はすぐに寝巻から着替えた後、彼女たちと合流した。
「あ、おはようございます」
「おはよう斗真君」
「おはよう二人とも」
僅かに残っていた眠気を吹き飛ばす美女たちの笑顔……うん、最高だぜ。
翡翠が仕事の関係で家に居ない時は白雪の手伝いを良くするものの、翡翠が居る時は基本的に俺は何もすることがない。
もちろん最初は色々と手伝おうとしたのだが、白雪と翡翠に止められてしまった。
「なんかさ、こうやって朝食を用意してくれる二人を見るのが飽きないんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ……こう、家族って感じがしてさ。温かい光景だなって思うんだ」
「ふふっ、それは嬉しいわね。でも慣れてもらわないと困るわ。だってこれからずっとこんな光景を見ることになるんだから」
それは……本当にダメになってしまいそうなほどの幸せな光景だ。
その後、徐々に並んでいく朝食の姿に俺はお腹を鳴らし、用意を終えた二人と一緒に幸せな朝食を開始した。
サクッと音を立てるように焼きたての食パンを齧る。
「ただのパン……されどパン……なのにどうしてこんなに美味しいのか」
「それはパンだからですよ」
「それはパンだからね」
違いない。
もちろんパンだけでなくウインナーやサラダ、スープなんかもあって一人暮らしをしていた頃に比べたら圧倒的に華やかだ。
大きな変化の一つがこの食事風景だけど、今食べている美味しい料理だけでなくこの空間には白雪と翡翠が一緒に居る……それが何よりのご馳走と言えた。
(……いやいや、彼女たちを御馳走はちょっと違うだろ)
なんてツッコミを一人でしたけど、ある意味で彼女たちの存在はデザートみたいな部分があるので、あながち間違ってないような気もする。
それから朝食を済ませた後、俺は洗面台で白雪と並んで歯を磨いていた。
「……ふむ」
「どうしました?」
歯ブラシを咥えたままの彼女を見ていると……何だろうか、明らかにプライベートですよというその姿を見れること自体がレアだ。
鏡に向き直り、俺たちは何も喋らずただただ歯を磨く。
するとどちらからともなく笑みが零れ、俺たちは一体何のやり取りだよとツッコミ不在のまま歯磨きを終えた。
「お昼まで何をしますか?」
「そうだなぁ……白雪とイチャイチャしたい」
「良いですよ? それじゃあイチャイチャしましょう」
イチャイチャしたい、彼女が出来たら是非とも言ってみたい台詞だった。
もう何も恥ずかしがることなく言える台詞になってしまったけど、その台詞に笑顔で応えてくれる白雪が本当に可愛くてたまらず、俺はまだ部屋に着く前に彼女を思いっきり抱きしめてしまった。
「……あったけぇ」
「もう斗真君ったら」
そう言う割には白雪も俺を抱きしめて離さない。
さて、そんな風にしていると通りがかる翡翠が呆れたような目で見てくるのは当然で、その後にすぐ仲間外れにしないでと空いている背後から抱き着いてきた。
「お母さん、今は私が斗真君とイチャイチャしているんです。離れてください」
「良いじゃないのこれくらい。というか白雪、斗真君のことに関してだけ妙に強気じゃないのいつも」
「それはもちろんですよ。確かにお母さんは大事ですし、一緒に斗真君を支えることを誓った存在です。ですが、所詮はサブヒロインですメインヒロインには勝てないんですよ」
「……ふ~ん?」
おや、空気がとても重くなってきたぞ。
しかし、そこはやはり親子ということもあって喧嘩までは発展せず、それじゃあ俺にどっちが良いのか決めてもらって白黒付けようなんて言い出した。
「ねえ斗真君」
「どっちが良いかしら?」
リビングに連れて行かれ俺はこう聞かれた。
二人とも意識しているのか俺の体にその豊満な胸元を押し付け、少しだけ瞳を潤ませて見つめてくる……それだけじゃなく、腰の辺りを押し付けるようにしながら上下に擦るようにしているし……ええい、俺は朝からその誘惑には負けぬ!
……………。
「……ふぅ」
特に何もなかったぞ?
それから昼になるまで二人と過ごし、昼食を摂ってからジムに向かった。
「……あれ?」
更衣室で着替えている時にふと思ったのだが、いつもに比べて人が多い。
駐車場に止まっている車なんかも多かったような気がするし、もしかしたら夏を前にみんな体を絞りに来ているのかもしれない。
俺はまだまだ絞り甲斐のある贅肉を揺らしながら更衣室から出て二人を待つ。
「お待たせしました」
「お待たせ」
運動に適したスポーツウェア……そこにいやらしさを感じるはずはない。
それなのにどうしてこの二人はこんなにもエッチに見えるのだろうか……その理由は単純にこの二人だからだろうなぁ。
「……うっわ、すっごい美人」
「綺麗……」
「あのデブ誰?」
デブは余計だよクソッタレが。
それからトレーニングルームに向かうと思った通りいつもより利用客が多く見え、普段では見ない立派な筋肉を持った人なんかも居た。
男女問わず現れた白雪と翡翠を見つめてくる中、彼女たちに手を取られて向かう先は関係者以外立ち入り厳禁のトレーニングルームである。
「ここがあって良かったなって思う……独占欲強いって思われるかもしれないけど、ここなら二人のことをいやらしい目で見る奴は居ないからさ」
「そうですね。ここには私たちだけですよ」
「何も心配は要らないわ。さてと、それじゃあ運動しましょうか……ある程度汗を掻いたら、休憩に気持ちが良い方の運動もしましょうね?」
さあ、今日も運動を頑張るぞ!
……って、なんか聞き逃した気がするけど気のせいだと思いたい。
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