二人の女
斗真が鳳凰院家に引っ越しをした夜のこと、夕飯を終えて白雪と雑談をしていた彼はすぐに眠ってしまった。
どうやら引っ越しという環境の変化は意識しなくてもその人を疲れさせるようで、白雪と話をする中で眠気が限界になったらしく、そのまま斗真は白雪の膝に頭を預けて眠ってしまった。
「……ふふっ」
そんな眠ってしまった斗真を見て白雪はずっと笑みを浮かべていた。
頭を撫でても全く目を覚まさない彼のことを愛おしく思いつつ、やはりランニングで汗を掻いた後にお風呂でぴゅっぴゅさせたのも疲れの原因かなと少し反省した。
広いリビングの中で話し相手が居なくなっても白雪には構わない。
何故なら彼の寝顔が傍にあるから、彼の存在を明確に感じ取れているからだ。
「あ、帰ってきましたね」
ジッとそのまま姿勢で過ごしていると車が停まる音が聞こえた。
どうやら翡翠が仕事から戻ったらしく、時計を見ると既に九時になろうとしていたので大分忙しかったようだ。
「ただいま……ってあら、寝ちゃったのね」
「はい。今日はもうダメですよ?」
「残念ねぇ」
何がダメなのかは彼女たちにしか分からないことだ。
翡翠は残念そうにしたものの、帰ってくれば愛する娘だけでなく斗真も待っているということを改めて実感したのかとても機嫌が良さそうだ。
「ご飯作ってますから食べてください」
「ありがとう助かるわ~♪」
それから翡翠は夕飯を済ませた後、風呂に向かったのでまた白雪は斗真と二人っきりになり、再び彼の顔だけを眺める時間が到来する。
こうして斗真の顔を眺めていると……もちろんそこで寝ているのは嵐の体を持った斗真だが、白雪にはしっかりと斗真の元の顔が見えている。
「斗真君……本当に私たち、出会えたんですよね」
白雪は今まで何度も斗真との時間は絶対であると口にしてきたし、その態度にも間違いなく彼女の強い想いは反映されていた。
しかし、こうして静寂の中に居ると彼女もまた現実かどうかの区別がイマイチ出来なくなることがあり、こんな風に口に出して再確認するということが多い。
「絶対に手放しません。何があったとしても、もう絶対に……」
何度も何度もやり直し、やっと手に入れたこの幸せを手放すことはしない。
白雪自身も自分の抱く感情が重たいことは理解しているし、何より普通の女が考えるようなことではないことも分かっている……そもそも、普通に生きている人間とは全ての前提が違うのだから白雪や翡翠の気持ちは正当なモノである。
それから翡翠が風呂から戻り、就寝の準備が出来たところで斗真を起こした。
「斗真君、ベッドに行きますよ?」
「……お~」
完全に寝ぼけている斗真が可愛くてたまらない、今すぐにでも深く愛し合いたい気分だが……流石に眠りを妨げてまでするつもりは毛頭ない。
足取りのおぼつかない斗真を白雪と翡翠は支えながら、三人で使うために用意したベッドまで連れて行き……そして斗真は枕に頭を預けた瞬間、すぐに深い眠りに就くのだった。
「あらあら、体を火照らせた女を放って眠るなんてイケナイ子ね」
「お母さんだけでしょう? 私はもうお風呂である程度は発散出来ましたし」
「あ?」
おっと口が滑りましたと白雪はクスッと笑った。
完全に除け者にされてしまったことに翡翠は恨めしそうに視線を投げかけるが、白雪は全く気にした様子もない。
「……ま、今日に関しては仕方ないか」
そう言って翡翠はため息を吐く。
二人ともまだ横になっておらず斗真を見つめているだけだが、こうして一人の男を挟んでいる二人の女性という構図……それはあまりにも異様と言える光景だ。
二人とも透き通ったネグリジェ姿、それは男の欲望を刺激することに特化している姿なのは言うまでもなく、白雪も翡翠もその圧倒的なまでの美しさだけでなく、スタイルすらも極上のものなので、そんな中で仕方ないとはいえ気持ち良さそうに眠っている斗真は中々に大物の貫録があった。
「一応、将来についての簡単なことは斗真君に伝えました」
「分かったわ。まあだからと言って何か特別なことをするでもないし、斗真君には伸び伸びと生活してもらいましょう」
「そうですね。その上で私たちが傍に居れば良い、他には何も要りません」
「その通りよ。普通なら難しいことでも、私たちにはそうするだけの力がある」
地位もお金もこういう時は便利ね、そう翡翠は笑みを浮かべた。
基本的に鳳凰院家に出来ないことはないと言っても過言ではなく、その全ては斗真の為に彼女たちの気持ちは向き続けている。
これから先、何年も一緒に居るために……それこそ斗真が何もしなくて良いように万全の状態が整えられている。
「そう言えば小泉のガキ……コホン、あちらのお母さんから連絡があったのよ。帰ってきてから塞ぎ込んで出てこないって。何か知らないかってね」
「……あ~」
それを聞いても白雪の心は動かなかった。
そう言えば翡翠には何も言ってなかったなと思い出し、何があったのかを詳しく翡翠に教えた。
「……それ、中々えげつないことをしたわね」
どうやら流石に翡翠もそう思ったらしいが、別に白雪を咎める様子もない。
それどころか、洋介のことを可哀想だと言い出すかと思えば……次の瞬間には楽しそうに頬を染めてこんなことを言い出す。
「趣味も性格も悪いと言われるだろうけど、それ……少し燃えるわね」
「と、言うと?」
「だってそうでしょう? 私たちの場合はあのガキに一方的な恨みを持っていたとはいえ、どうにかしたいのは山々だった。それを愛する人に体を触れられている、そんなシーンを見せ付けて絶望させるなんてそんなの気持ち良すぎるじゃないの」
「……そもそも、彼は私だけにしか好意を持っていません。その意味でお母さんはこの世界で何も心配する必要ないじゃないですか」
「それはそうだけどねぇ……ふふっ、いい気味だわ」
心底悪い笑みを浮かべる翡翠に白雪はやれやれとため息を吐く。
とはいえ、白雪は翡翠のことを性格が悪いだなんて思うわけがなく、彼女よりも実際に行動に移した自分の方が悪いと思っているくらいだ。
もちろんこれを当人に対して直接口にしたりするのは許されないが、それでもこうして事情を知る者だけで共有する分には大丈夫だろうか。
「お母さん、本当に斗真君の元家族の方々は大丈夫でしょうか」
「父親に関しては絶対に手を出すことはしないでしょう。失う物があまりにも大きすぎるし、それこそ身の破滅だもの」
「それ以外は……ですか」
「そうね。きっと何かしら言いがかりは付けてくると思うけれど、斗真君自身が何も感じていないから正直……相手にしない方が惨めに感じるんじゃないかしらね」
全く興味がないからこそ相手にしないのは有効な手だ。
エリート一家ということで、その中でも彼らが一番邪魔だと考え排除しようとした存在が幸せに……それこそ、鳳凰院ほどの家に引き取られたことは彼らにとって大きな敗北を感じるはずだ。
直接手を下すわけでもなく、そういった面で彼らに惨めさを実感させるのも目的の一つだった。
「さてと、それじゃあそろそろ寝ましょうか」
「そうですね」
同じ血が流れるからこそ、趣味趣向も似たり寄ったりの親子は仲良く一人の男を愛し尽くす。
さて、そんな風に今のこの世界にて間違いなく一番幸せだと言える斗真。
彼の朝の目覚めが普通になるでもなく、そう頻繁にあるわけではなくてもこのような女が二人も傍に居たら……そりゃそうなるよという目覚めだった。
「……ほわっ!?」
「起きましたか?」
「おはよう斗真君」
一言で説明するならば、とても気持ちの良い朝の目覚めだった。
この言葉の意味は単純明快で、誰でもしっかりと睡眠の取れた朝というのは気持ちの良い目覚めである……だから何もおかしなことはない。
みんなと一緒、そうに違いないだろう。
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