煽る白雪さん

「……あ~」

「ふふっ、気持ち良いですねぇ♪」


 そうだなぁと、俺は湯船に浸かりながら頷いた。

 運動の後の風呂ってのはやっぱり格別なのだが、鳳凰院家の浴室が大きいということもあって、その中での解放感も凄まじいものがあった。

 一応ゲームでどんな内装かというのは知っていたが、それを実際に体験するとしないとでは大きな差がある。


「俺さ、あのライオンの口からお湯が出るの初めて見たかも」

「まあ一般の家庭でああいうのは普通見ませんからね」

「どこの旅館かと思ったし」

「気に入っていただけましたか?」

「俺のこの顔を見て気に入ってないように見える?」


 そう問いかけると白雪はクスッと笑った。

 まあでも、確かに解放感はこれでもかと感じるものの一人だと少し寂しいかもしれないなぁ……うん? 待てよ、もしかして俺はもう一人で風呂に入るようなことがなくなるのでは?


「白雪」

「はい」

「……もしかして、これからずっと一緒にお風呂に入る感じ?」

「え? 違うんですか?」


 白雪からは何を今更と言った目を向けられてしまった。

 そのことに少しばかり唖然とした俺だったけど、白雪は安心してくださいと言って言葉を続ける。


「なんて、冗談ですよ? 斗真君とずっと一緒に、何をするでも離れないというのは全然良いことですし、斗真君も嬉しいはずです。けれど、流石に窮屈過ぎるとは思っているのでその時の気分でしょう」

「……だよなぁ」

「はい。私と母は確かに何をするにしても斗真君を束縛したいと考えているようなものですが、そのことに斗真君が窮屈さを感じるようなことは極力しません。ただ、もしも私たち以外の女性に唆されるようなことがあったら、その時は価値観を壊し尽くすほどに縛り付けて愛し尽くしますけども」


 そう言った白雪に当然恐怖を抱いたものの、その時は来ないだろうと苦笑する。

 そもそも白雪や翡翠と言った大好きな人たちに囲まれている時点で、女性に対する価値観のレベルが上がっているようなものなのに、それで他の女性が仮に色目を使ってきたとしてもそっちに傾くなんて無理な話だろう。


「ま、そんなことは絶対にないよ。そもそも、俺がどれだけ君たちのことを好きなのか白雪だって分かってるだろ?」

「分かっていますよ。斗真君はもう私たちから離れることはない、それはもう運命そのものが決定付けたことですから」


 というか、さっき浴室に入ってすぐにぴゅっぴゅの意味を身を持って教えてくれたくらいなんだし……もうあれだ、彼女たちに何をされても喜んでしまうこの体が全然恨めしいと思えないぞ。


「それにしても間が悪いですね」

「あぁ翡翠?」

「はい」


 今日は白雪と翡翠が引っ越し祝いということで色々としてくれる予定だったが、仕事が長引くとのことで帰りが遅くなると連絡があったのである。

 まあ今が忙しい時期というわけではなく、単純に翡翠が俺との時間を増やすために色々と頑張っているんだと白雪は教えてくれた。


「電話の向こうの母の声音を思い出すと……ふふっ♪」

「悪い顔してるぞ白雪」

「すみません。愉快なものでして」


 とても仲が良く絆の強い鳳凰院親子、それでもお互いに張り合う場面は良く見るのでまあ……これも平常運転だ。

 お互いに肩が触れ合うほどの距離ではあるものの、俺はもう少し彼女のことを感じたいと思って肩を抱くようにした。

 何も言わずに身を寄せてきた白雪と見つめ合いながら、俺はあのことを口にした。


「洋介の奴……何もしてこないかな?」

「何もしないと思いますよ? 彼は気が強い人ではないので、たとえ大きな願望を抱いていたとしてもそれ以上にインパクトのあるショックを受ければ簡単に崩れ去るほどの脆い人です」

「確かにそうかもな」

「はい。それに、もしも何かしてきたところで問題はありません。その時は本当の意味で消えてもらうだけです」

「……………」


 断固とした意志を白雪から感じた。

 でもそうだな、確かに逆上するような形で何かをしてくる可能性については俺もしっかりと考えておくべきだろう。


「洋介からしたら、俺は好きな子の家に移り住んでエッチなことを堂々と見せ付けてきた鬼畜野郎だもんな……ま、警戒するに越したことはないか」

「鬼畜野郎も違うと思いますけどね。そもそも私と斗真君を尾行していた時点で気持ち悪いんですから、それで私たちの関係を見せ付けられても彼の自業自得です」


 やっぱり、相当嫌いなんだな洋介のことが。

 白雪も翡翠も全く心配の必要がない……そう思うのは彼らと関係の深い俺が口にしてはいけないことかもしれないけど、それが彼女たちなのだ。

 けど、だからといって俺も何もしないわけにはいかないよな。


「俺だって白雪や翡翠のことを守ってみせるさ。幸いに俺の体はデカいからこの肉で守り抜いてみせるさ弁慶みたいに」

「それだと死んでしまうじゃないですか」

「それくらいの気概ってことだよ」

「ダメですよ? ……あぁでも、仮に斗真君に何かあっても私と母は後を追いますし問題はないのでしょうか」

「白雪さん?」

「これこそ冗談ですよ冗談」


 本当に冗談……だよね?

 その後、じっくりと体を温めた俺たちは一緒に風呂を出たのだが……本当に申し訳ないというかキモいなと考えながら、俺は白雪が体や髪を拭いて寝巻に着替えるのをジッと見つめてしまった。


「何でしょうか。愛する人に穴が空くほど見つめられるのって良いですね! そんなに見ないでと思う恥ずかしさとやっぱり見てほしいって気持ちがせめぎ合ってとても気持ちが良いです♪」


 お、じゃあこれからもジッと見させてもらいます!

 風呂から上がった後は二人で夕飯の支度を始め、そこで俺はずっと聞きたかったことを彼女に質問してみた。


「そういえば白雪、なんだかんだ聞いてないことがあったよ」

「何ですか?」

「俺は……どうしてこの世界に来れたんだろうか」


 そう、これはずっと分からないことだった。

 前世ではゲームの世界に潜り込むといった物語はあったし、小説なんかもそれなりに世に溢れていた……だがそれはあくまで空想の話であり、現実では決してあり得ないとされていたことである。


「そうですね。私と母が現状を奇跡だと言ったように、明確な理由については正直分かりません。私と母はあなたを想うこの愛が奇跡を起こしたと信じていますけど、ハッキリとした答えは分かりません」

「……まあそうだよな」

「そもそもですよ? 私たちにそんな力があったなら、もっと早い段階で斗真君をこっちの世界に連れて来てますし」

「確かに……」


 普通だとあり得ない現象……神の悪戯だと思う他なさそうだな。

 まあでも、この奇跡についてはやっぱり起きてくれて嬉しいことだと思っているし俺もこう考えることにしようか――俺も彼女たちのことが好きで、そんな両者の想いが実を結んだんだって。


「あ、そうでした。私も言っておきたいことがあったんです」

「なんだ?」

「斗真君のことについて、養子とか色々と説明しましたが……まあ未来の婿養子と思っていただければ構いません。一気に説明しても難しいと思ったので順を追って説明はしていくつもりですが、母の計画としてはいずれ私と斗真君が結婚する方向で動いているんですよ」

「……いきなり話題が大きすぎるって」


 ごめんなさいと白雪はペロッと舌を出して謝った。


「私たちにとって結婚という括りはあってないようなものですし、私としてもそんな祝い事をしなくてもこの関係が続けばいいと思っていました。でも、やっぱり結婚という形を経験してほしいんだと母は言っていたんです」

「なるほど……な」

「まあ、鳳凰院の娘と結婚をすることによって自分たちが手放した存在の重さを思い知らせたいと母は面白がっていましたが……はてさて、彼らがどんな風に悔しがるのかは私も楽しみですね♪」

「……………」


 翡翠に脅された父はともかく、他の面々は荒れに荒れそうだな……もう全然関係はないんだけどさ。


「あれですよ。ねぇどんな気持ち? どんな気持ちって煽るアレです!」

「止めよう白雪! 白雪はそういうのに染まっちゃいけない!」


 まあネタを分かっていなさそうだし、覚えたての言葉を使いたがる子供みたいな愛らしさはあったけど! めっちゃ可愛かったけどさ!

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