昂る……昂るぞぉ!

「……暑いなぁ」

「暑いですねぇ」


 夏が近いと少し運動をしただけで汗を掻く。

 俺のような体格の人間はそれが顕著に出るだろうけど、今この時は流石に白雪の方も汗を掻いていた。

 額から流れる汗すらも良い香りがするんじゃないかと思わせるほどに、白雪はたとえどんな姿でも綺麗だった。


「さてと、取り敢えずもう少し休憩してから動きますか?」

「そうだな。それでまたいいところまで走って休憩して……帰るか」

「はい。そうしましょう」


 心なしか、今日から彼女たちと一緒に住むことになったのもあって凄く頑張れる。

 汗は掻くし息も上がっているし、何より疲れは出ているがもっと頑張れると心の底からやる気が沸いてくるのだ。


「なあ白雪、やっぱりモチベっていうかやる気ってのは大事だな。こうして白雪が傍に居るのもそうだけど、もう外から家に帰ったとしても一人ぼっちじゃない……それを考えるとマジで頑張れる」

「……ふふっ、そう言ってくれると嬉しいですよ。あれですよね? 斗真君は本当に私と母の欲しい言葉をくれる人です」

「そうかぁ? 思ったことを言ってるだけなんだが」

「それが良いことなんですよ」


 正直に気持ちを伝えることはやはり彼女たちにとっても嬉しいことのようだ。

 まあ少し前ならこういうことを口にするとしても照れて上手く言えなかっただろうけど、今だとそれもない……軽い気持ちとかじゃなく、伝えるのが当たり前だと思えているからかな。


「しかし……思いの外あっさりと全部が進んだものです。もう少し歯応えがあると良かったのに、そう母は言っていました」

「歯応え?」

「はい。鳳凰院があなたを引き取る以上、それこそ斗真君を莫大な資金源だと考えてもおかしくはありません。むしろそうならないのが不思議ですが、まあ調子に乗らせるようなことを全て封殺し、母が追い詰めたからでしょうが」

「……なるほど」

「正直、彼らについては私も母もどうでも良いと思っています。ですが、少しでも喜ぶ顔が増えるよりは雁字搦めの不安の中で苦しむ方が良いですよね?」

「怖いよ白雪さん」

「あら、そうは言っても斗真君笑ってますけど?」


 そりゃあ……ねぇ?

 別に進んで彼らに不幸になれとは思わないけど、嵐としての記憶を保持する観点から言えばざまあみろとは思う……ま、心底どうでも良いって感じかな。


「斗真君の方の決着は付いたので、いい加減に私の方も終わらせるとしましょうか」

「え?」

「少し歩きましょう」


 それから俺たちは走ることはせずに歩き始めた。

 すると、まさかの一言を白雪はボソッと呟く。


「さっきから彼が、小泉君が後ろを歩いているの気付きました?」

「……は?」


 それは気付かなかったので俺は驚いた。

 どうやら白雪と一緒にランニングを始めた段階から離れた距離で尾行されていたらしく、それはどうなんだと気持ち悪くなったが、まあ今までのことと洋介のことを考えれば理解出来ないこともなかった。


「……なんか、不思議なもんだよな」

「え?」

「元々、俺は洋介の視点でゲームをしていたから気付かなかったけど……ただ白雪と翡翠に落されるだけじゃなく、そもそも知らなかった洋介の独占欲っていうか考えていることを知ると……な」

「あ~、やはりそこは語られなかったのですね」

「まあな」


 歩く足を止めずに白雪は言葉を続けた。


「もしかしたら記憶は残らなくても、何度も私と過ごしたという幻想が頭のどこかにこびりついているのかもしれませんね。ですが、それもこの世界で終わりです」


 白雪は俺の手を取り、どこかに誘導するように歩き出した。

 どうしたんだと思う前に白雪は何をするのか気になった俺は、背後に居るであろう洋介に気を配りながら白雪に付いていく。

 そのまま白雪に付いて行った場所はとある公園の片隅で、更に向かった先は木々の生えているあまり人の寄り付かない場所だ。


「結構陰になってるんだなここ」

「そうですね。友人の話ですけど、良くここで恋人たちが逢引きをする姿を目撃するそうです。日中もそうですが、祭りの夜には凄い光景を見るそうですよ?」

「へ、へぇ……」


 確かにそういうのには向いている場所かもな。

 さて、ここに連れてきた理由は何となく分かるけど……それは彼女の赤く染まった表情がその答えを出していた。


「これがもっとも諦めさせる有効な手です。見せ付けましょう」

「……………」


 それは……洋介にとってはとても残酷なことになりそうだ。

 中々えげつないことを提案するなと思ったのだが、それでも俺はそのことに対して酷いとは思わずその逆のことを考えた――白雪はもう俺の大事な存在、だからこそ絶対に手を出すなという独占欲が溢れてきた。


「白雪」

「ぅん……っ♪」


 俺は木に背中を預けるようにしながら、白雪を背後から抱き寄せる。

 この体勢なら俺が後ろから白雪を抱くように正面に立つ者からは見えるだろうし、顔をこちらに向けてキスをせがむ白雪の表情もバッチリと見えるはずだ。


(……これ、なんかの漫画でありそうな光景だな)


 NとTとRの三文字から始まるジャンルの漫画にありそうなシーンだ。

 でも……何故だろうか、この腕の中に居る彼女のことを考えると洋介に対してどうしようもないほどの優越感を抱く。


「本番は流石に無しですよ? あくまで見せ付けるだけです♪」


 そう言った彼女の表情はあまりにも色気が漏れ出している。

 表情だけでなく雰囲気からもまるでピンク色のオーラが発せられているようで、どうやら白雪の方も洋介に対する今までのことを発散出来ているのが嬉しいみたいだ。


「……そうだな。本番は帰ってからだ」

「っ……あん♪」


 ゆっくりと彼女の胸元に手を添え、その大きく柔らかな果実の感触を楽しむ。

 顔を上げた白雪と口付けを交わしながら、モジモジと体を震わせる白雪の反応を俺は楽しみ……そして、見えてしまった――こちらを見つめる奴の視線に。


(……悪い奴だ俺も白雪も。でも、俺はもうこの子を離せない……離れられない)


 そのまま数十分もキスを交わし、彼女の体を楽しみ……それだけ夢中になって過ごしていたようで、既に洋介はもうここには居ない。

 何かを振り切るように走り去ったその背中を見つめてもなお、俺の体は白雪を離そうとはしてくれなかったせいだ。


「……ふふっ、それじゃあ帰りましょうか」

「だな」


 おそらく、どんな形になるにせよ洋介は真実と現実を知った。

 白雪に似た女だと現実逃避も出来ず、あれは悪い夢なんだと思い込むことすら出来ないほどに白雪の乱れる姿が洋介に思い知らせたはずだ。


「最高でした」

「え?」

「私を抱きしめていた斗真君からは大きな独占欲を感じたんです。私がずっと欲しかったそれを一身に受けることが出来て……あぁ、もう体が昂り過ぎて大変なことになっていますよ?」

「……仮に洋介が居なかったとしても、あんな風にされたら男は誰だってこうなると思うけどな」

「ふふっ、そうでしょうか。それだけ私に魅力を感じました?」


 俺は頷いた。


「それにしてもまさか、俺があんなことをする立場になるとは思わなかったよ。別に罪悪感とかを感じる必要はないんだけどさ」

「そうですね。私と小泉君は別に付き合っているわけでもありませんし、将来を誓った約束なんてベタなこともしていません。だからこそ、別に彼から私を奪うわけでもありませんからね」


 そう白雪はハッキリと口にした。

 その後、俺と白雪は一緒の歩幅を合わせて帰路に着く……さあ、新しく俺にとっての家となった彼女たちの住処に帰るとしよう。


「あ! ……ふふん……あはは♪」

「ど、どうした?」

「いえいえ、よくよく考えたらあれですよ! 一緒に住むということはつまり、一緒にお風呂に入ったりも出来るということです。さあ斗真君、一緒にお風呂で汗を流しましょうね? もちろんぴゅっぴゅもしましょうね~?」


 無知な俺に教えてくれ、この場合のぴゅっぴゅって……何ですかね。

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