全てが変わる
嵐にとって……いや、斗真にとって全てが彼の望む未来になっていく――そう思われているかもしれないが、これは彼が望んだのももちろんだがそれ以上に彼を必ず手に入れたいと願う女たちの策謀が蠢いた結果だ。
『全ては彼の為に』
『全ては斗真君の為に』
女たち――白雪と翡翠は何度も繰り返した輪廻の果て、この辿り着いた時間軸を決して逃しはしない、それこそ彼を必ず手放すつもりはない……そして何より、自分たちの全てを持って彼を幸せにする、そして同時に幸せにしてもらいたいと願うだけなのだ。
そのためには色々と動かなくてはならないが、その王手の決め手となる人間たちを制御することが課題でもあるが、それはもう滞りなく翡翠によって完遂された。
「……あなた、今日どうしたの?」
「……………」
それは郡道家での一幕だ。
既に夜も遅くなり、夫婦揃って寝室で眠りに就こうとした時のこと。
会社から帰ってきてからずっと心ここにあらずと言った様子の景隆に、妻であり嵐の母でもある
彼女はこうやって優しい一面はもちろんあるものの、彼女もまたこの家に居ない嵐のことを疎んでおり、とっとと居なくなってほしいと考えている一人だ。
「いや、なんでもない……大丈夫だ」
明らかに大丈夫ではない様子だが、一家の大黒柱でもあり頼れられる景隆がこうなっているのには理由があった。
(何故……何故、彼女は全て知っているんだ……?)
本日、景隆は社長と共に鳳凰院翡翠の元を訪れた。
現在の日本においてその名を知らぬ者は小さい子供くらいではないか、そう言われるほどに有名な財閥のトップと面会した。
一人娘が居るのも有名な話で、見合いの話も尽きないと言うが……それ以上に初めて面と向かって出会った翡翠はあまりにも美しかった。
『初めまして、鳳凰院翡翠と申します』
妻が居る身でありながら、その美しさに見惚れてしまったほどだ。
ただ美しいだけでなく、全てを呑み込むような得体の知れない雰囲気さえも翡翠は漂わせており、鳳凰院をここまでの大きなグループへと成長させた彼女に景隆は慄いた。
(あり得ない……あり得ないだろうこんなこと……っ!)
今日の契約は全て上手くいった。
元々望んでいた景隆側の条件には届かないが、それでも鳳凰院グループと契約を結べたのはある意味で快挙に近い。
そんな素晴らしい戦果を齎しながらどうしてこんなに彼が取り乱しているのか、その理由は全て翡翠にある。
『ところで郡道様、少し縁があってあなたのことを色々と調べさせていただきましたのよ。すると、面白いことがたくさん分かりました』
少し個人的に話がしたいということで時間を取ったが、社長が居なくなったところで彼女はようやく本当の姿を見せた。
彼女が取り出した資料は過去から現在に至るまでの景隆の功績だけでなく、それを手に入れるために手を染めた不正も事細かに記録されており、弁護士を買収してまで作り上げた嘘を曝け出す真実が全て記されていた。
『これ、どうしましょうかぁ……うふふ♪』
それは正に魔女の微笑みだった。
こんなものは出鱈目だと、苦し紛れに言い訳すらも出来ない空気感の中で、彼女は景隆にとって予想だにしない提案を告げる。
それこそが白雪が斗真に告げた提案だった。
『私と娘は彼をとても気に入っていますの。そんな子を蔑ろにするあなたたちのことを聞くたびにどうしてやろうかと考えました――もしも彼が、嵐君があなたたちに消えてほしいと一言でも口にしたなら……こんなことをせず、社会的に抹殺してあげても良かったのですよ』
『っ……』
『ですが、彼はあなた方に一切の興味がなくどうでも良いと考えている。ならば実害を被る何かをする必要はないと判断しました――故に、あなた方に私は彼のことで提案したいことがありますわ』
あまりにも短く、あまりに濃すぎる話の内容を鮮明に景隆は覚えている。
そのやり取りを持って会社とは別に翡翠と契約を交わし、いずれ時が来たら嵐はこの家から離れることになった……このことを知っているのは景隆だけ、別に口止めはされていないが他の家族の誰にも景隆は言えなかった。
(……鳳凰院とどんな繋がりだ? だが、あれはダメだ……あれを敵にしてはならない絶対に……もしも変なことをすれば全てが終わる!)
ここまで築き上げた全てが無に帰す。
それを回避するためならば、何がなんでも今の場所に縋りつくしかない……だが景隆はもう一切の気を抜くことは出来ないだろう。
全ての真実を翡翠が知っているということはつまり、いつだってこの首を彼女は取ることが出来るということだ。
『今の世の中、私の手に入らない情報はありません――努々逃げられるとは思わないように、そして何より……もう彼に近づくことはやめてくださいね? 私、怒ると何をするか分かりませんから♪』
常に彼の首には死神の鎌が携えられている……それが景隆の現状であり、招いてしまった因果応報だった。
▼▽
白雪から引っ越しをしないかと言われ、その提案に俺が頷いてから数日が経つ。
特に迷うことなく俺は頷いたが、それが意味するのは彼女たちの住む家に自ら向かうことを意味している。
まあそのこと自体に嫌だと思うことはもちろんないし、むしろ俺からすれば望んだことでもあり嬉しいことでもあった。
「……でも、マジでなんもねえな」
だからこそ、引っ越しの準備をするために掃除をしているのだが……本当にこの部屋には持って行きたいものが何もない。
そもそも俺は嵐になった側の人間なわけで、彼が持っていた私物に全然と言っていいほどに思い入れがないからだ……というか、そもそもこの部屋にはあまり私物がなかった。
「取り敢えず制服とか勉強道具とかは当然として……翡翠に選んでもらった私服とかも持って行かないと」
いつでも動けるようにと準備を進める中、やっぱり思ったのが全てが俺を含めて彼女たちの望む未来に向かいつつあるんだなと感慨深くなる。
既に深い関係の入口どころではなく、心まで繋がっていると言えるが……この世界に生まれ変わったことに気付いた時の焦燥や嫉妬が嘘のようだ。
「……ヤバいな、今から凄くワクワクしてやがる」
彼女たちと一緒に住むことになる……そうなると、俺は今以上に彼女たちに染め上げられてしまうのだろうか、本当の意味で四六時中彼女たちが傍に居ないと落ち着かなくなるほどに考えそのものを破壊されてしまうのだろうか……まあこれは考え過ぎだとは思うけど、そんな勢いで白雪と翡翠は向かってくる気がする。
「ま、なるようになるとしか思えないよな」
それを俺自身が望んだ……だからこそ、もう後戻りは出来ないしするつもりも毛頭ない。
「……洋介か」
この世界の主人公である洋介からのアクションはないが、それでも白雪に対して遊びに誘いだったりは続いており、そのことに関しては白雪はざまあみろといった表情をしつつも鬱陶しそうにはしている。
もうすぐ……近いうちに俺たちの関係はきっと洋介に知られるだろう。
本来の世界を思えば気の毒だとは思っても、あくまで大切なのは俺たち自身が抱いている気持ちに他ならないので、他人に配慮しても仕方ない。
「さてと、こんなもんで良いか」
荷物もある程度は纏め終えて一息吐く。
アパートの大家さんにも既に連絡はしており、俺は何もしていないが家族の方に関しても一切の心配はないようで、全て翡翠が主導して準備を進めた。
これでもう、本当の意味で俺は郡道の人間ではなくなり新しい人生を彼女たちと歩むことになる……俺の心はただただ、そのことに対する歓喜で満ち溢れていた。
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