とらわれの館
日を追うごとに彼を追い詰めていく。
それは得体の知れない気持ち悪さであり、拭いようのない不快感であり、とてつもなく感情を疲弊させる焦りだった。
(……白雪)
彼にとって、洋介にとって白雪は大好きな女の子だ。
ずっとずっと彼女を見ていたし、他の誰よりも仲が良かったのは確かで、何度も彼女と甘い蜜のような時間を過ごす夢を見るほどに……洋介は白雪に淡い想いを抱いていた。
“白雪は大丈夫だ。だって白雪と仲が良い男子は自分だけだから”
それを自分の中でどうしようもない見栄だと思いつつも、アドバンテージだと思わずにはいられず、そう思うからこそ洋介は常に余裕を持っていた。
しかし、そんな彼を脅かす存在が現れた。
郡道嵐、高校生にしてはあまりにも太り過ぎた醜い容姿の男子……そんな白雪と全く釣り合いが取れない男、彼が最近白雪と仲が良いのである。
「……くそっ」
どうして、一体何が起きているんだと洋介は頭を抱えた。
嵐については洋介も知っていたのだが、そこに良い噂は何ひとつなく、逆に彼を貶めたり馬鹿にする内容しかなかった。
それだけなら憐れに思うことはあっても、洋介がそう思わなかったのは嵐が以前か白雪に付き纏って迷惑を掛けていることを知っていたため、洋介からしても嵐は気持ちの悪い存在だったが……白雪が彼に対して興味の欠片も持ってないことが分かっていたので気にもしなかった。
「なんで……なんでいきなり仲が良くなってるんだよ……」
洋介は見た――二人が仲良くランニングをしている姿を。
あの嵐があの醜い腹の肉を揺らして走っている、それはダイエットに他ならないがそれに白雪が付き合っているのが理解出来ないし、逆に白雪に何を付き合わせてるんだと嵐に対する罵倒ばかりが頭の中で反復する。
「最近、白雪も付き合いが悪いし……まさか、土日とかもあいつと会ってるんじゃないのか? いやそんなことは……でも」
衣替えの季節となり、少しばかり開放的な制服の着こなしをする女子たちの中に混ざる白雪という美しい女の子。
誰もが憧れる彼女と一番近かったのは自分のはずなのに、それがどうしてあのデブがと洋介は呪詛を吐く。
「クラスにも居場所がない。友達だって居ない……容姿もダメ、全部がダメなくせしてそんなゴミみたいな奴がなんで白雪と仲良くしてるんだよ!」
彼は気付いていない。
嫉妬に突き動かされているからこそ最低な言葉を吐き続けていることを、今までの自分の立場に甘えるだけで受け身のままだったことを……その全てに気付けず、洋介は今日もまた醜い言葉を吐き続けるのだ。
「……そこまで言わなくて良くね?」
そう、聞かれているとも気付かずに。
▼▽
「……怖いってあいつ」
早くも週末になり金曜日の放課後だ。
白雪は今日用事があるということで、放課後に一緒に過ごすことが出来なくなったため、俺は適当にまた屋上に赴いてボーっとしようかなと考えていた。
すると向かった先では洋介がボソボソと独り言を呟いており、その内容は俺に対する呪詛にも似た言葉の数々だった。
「でも……ふへ……ふへへ!」
俺はハッとするように両頬をパチンと叩いた。
今のキモ笑いは間違いなく、洋介の嫉妬する姿に優越感を抱いてしまったせいで出たものだ。
洋介は何も知らず全てを知っているのは俺と白雪、そして翡翠だけ……もう主人公である彼に白雪の隣に立つことは出来ないのだと、そのことにとてつもないほどの優越感を感じた。
「……それを悪いことだと思わなくても、こういう優越感を抱くことに俺って何なんだろうって思えるのはまだマシだよな」
たぶん、この感覚は一生消えないだろう。
現状に気持ち良さと高揚感は感じるけれど、だからといって洋介を馬鹿にするようなことを面と向かって口にするつもりはないし、暴言のように相手を傷つける言葉を言うつもりもないんだ俺は。
「さてと、帰るとすっか」
屋上に先客が居る以上はもうどうしようもないので帰ることにした。
荷物を纏めて学校を出た後、特に寄り道をすることなくアパートへと帰り、そして運動着に着替えてから俺はまた家を出た。
「ふぅ……ふぅ!」
夏に近づくからこそ段々と高くなる気温、それに負けることなく俺もまた体力を付けて行かなければならない。
(なんか……体力を付けておかないとマズい気がするしな)
体力を付けろ、それは何故か天啓のように降り注いだ言葉だった。
隣に白雪が居ないことに寂しさと物足りなさを感じつつ、俺は程よく……否、大量にダラダラと汗を掻きながらランニングを続けた。
そして、まさかの出会いがあった。
「……げっ」
目の前を歩いていたのは兄貴と加奈だった。
兄妹仲良しで微笑ましいねぇ、なんてことを思いつつ俺から絡むことはないのでそのまま素通りしようとしたが、やっぱり呼び止められた。
「待てよ嵐」
「よしにい? なんでこんなのを呼び止めるの?」
「そうだよ。なんでこんなのを呼び止めるんだよ」
嵐に植え付けられた家族の記憶があろうがなかろうが、俺からすれば他人であることに変わりはないので、こうして加奈の言葉に便乗するように平常心を保つことも余裕だ。
「お前、以前に女の子と一緒に居たな? どういう関係なんだよ」
「……………」
やっぱりあの時のことを聞いてきたかと、俺は小さく舌打ちをした。
特に白雪のことについて話すことはないので、俺はそのまま無視をしようかと思ったけど、嵐の記憶に残る彼らのことを考えると無視をしたところで更に面倒なことになるだけだ。
「友人だよ。それなりに親しくさせてもらっている」
「デブ兄貴が女の子と? ねえよしにい、何かの見間違いじゃないの?」
何も知らない加奈が色々と言ってくるが、兄貴はそうかと短く頷いただけだ。
俺が思っていた反応と少し違ったのがちょっと分からないけど、それ以上は何も言うことはない。
加奈がまだ何かを言おうとしたところで、兄貴がたしなめた。
「そこまでにしろ加奈。俺たちには何も関係がないことだ」
「だってこいつが楽しそうにしてるの気に入らないじゃん! 家族から見放されたゴミなんだから遠慮する必要ないじゃんか!」
こいつ……救いようのないガキだなとしかもはや思えない。
まあこんな風に色々言われたところで特に気にはならないが、俺としては兄貴の様子が本当にどうしたのかと気になってしまうのだ。
(なんだ? 兄貴の目からは確かに俺に対する嫌悪感のような、見下すような視線は感じるのに……何かを戒めているような気がする)
結局、その後はああだこうだ文句を言う加奈を兄貴が連れて行った。
俺はまあどうでも良いかなと思いつつ、彼らとは反対の道をランニングするように離れて行った。
っと、そのようにして兄貴や加奈との出会いはあったが翌日を無事に迎えた。
「……ごくりっ」
つい言葉に出るくらいには唾を吞み込んだ。
俺の目の前に立っているのは大きな家……いや、もはや屋敷と言っても相違ないほどに立派な家だ。
ピンポンとインターホンを鳴らすと、門の向こうで扉が開き白雪が現れた。
「おはようございます斗真君、ようこそいらっしゃいました」
「……おはよう白雪」
そう、俺はついにこの家にやってきたのだ。
ゲームやアニメ、漫画の全てで必ず使われていたとらわれの館というワードが表す彼女たちの巣に。
「さあどうぞ?」
白雪に手を引かれて俺は中に入った。
こうして彼女たちの住む家を見るのはもちろん初めてではないが、リビングや寝室といった部屋以外は全てが新鮮だ。
俺が白雪に連れられた場所は翡翠が待つリビング……実を言うと、俺はここに来るまでにずっと白雪から言われた言葉が頭から離れなかった。
『覚悟していてください。お母さんはもう待ちきれないようですから』
ガチャリと音を立てて扉を開け、リビングに足を踏み入れた瞬間だった。
脳を痺れさせるほどの甘い香りが鼻孔をくすぐり、意識しなくてもこの部屋に充満した女の香りを嫌でも感じさせる。
「おはよう――よく来たわね斗真君」
「っ……」
会わなかったのは一週間程度だ。
それなのに……この女性は今まで俺が会っていた翡翠なのかと思うほどに、彼女はあまりにも妖艶で恐ろしかった。
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