白雪が思うヤンデレ

「……であるからして、ここの公式は――」


 白雪と色々な意味で関係が深くなったこと、それは良い意味で俺の体に多くの変化を齎しているのか、勉強にもいつも以上に身が入るようだった。

 これこそ今の俺自身が充実している証なんだと思うと、それはそれで悪くない気分だし変わっていることを心から実感できる。


(……白雪と翡翠の二人と過ごす日々……か。どうなっちまうんだろうな)


 登校する時にも思ったが怖くはある……だがそれ以上にドキドキの方が大きい。

 それに……これは俺が嵐というキャラクターになってしまったからなのか、本来の相手である洋介の気持ちが成就することがないのだと実感すると、そのことに対して俺はざまあみろと思ってしまった。


(最低だよな俺って……でも)


 本来のルートを粉々にしてしまった罪悪感はある。

 しかし、白雪が傍に居ることが当たり前だと考えている洋介のことを考えると罪悪感はなくなるし、ずっと白雪と翡翠が抱き続けていた気持ちを考えれば、もう今の洋介では何もできないのだ。


「それじゃあこれで終わりだ。日直号令を」


 それからしばらくして午前の授業は終わった。

 俺は席を立って教室の外に向かうのだが、その時に白雪と視線を交わし、彼女が小さく頷いたのを確認した。


(……やっぱり良いなこういうの)


 それから俺が向かったのは屋上、しばらくして白雪が現れた。

 彼女が手に持っているのは弁当の包みで、実は今朝に今日も弁当を作ったのだと教えてもらい、それでこうして一緒に食べる約束をしていた。


「弁当の前に私をどうですか?」

「……いただきます」


 なんてことを言われて何もしないのは男として終わってる。

 とはいえ流石に学校なので過激なことはせず、俺は白雪を抱き寄せてその柔らかな体を思う存分楽しむ。

 こうしていると俺が明らかに変態みたいな感じなのだが、それ以上の雰囲気を醸し出しているのが白雪だ。


「あぁ素敵です。ねえ斗真君、こうやって段々と私たち無しじゃ生きていけなくなるんですからね。覚悟してくださいよ」

「それは覚悟って言うのか?」

「覚悟ですよ。あなたの心を私たちで全て埋め尽くす、そうして本当の意味での私たちの世界が完成するんですから」


 何物も入り込めない世界を作り上げる。

 ファンタジーのように世界を創造するわけではないのだが、俺が片時も彼女たちが居ないとダメになってしまうようにしたいと白雪は言う。

 それは究極的な依存の形、白雪と翡翠が俺の心を求めるが所以だ。


「ま、そうならなくても白雪たちが……白雪がこうして傍に居るだけで良いよ」

「っ……私もです。ただ斗真君が傍に居てくれるだけで良いんです♪」


 しかし、どんなに昏い感情を覗かせても白雪は真っ直ぐな女の子だった。

 別に気取るわけでもないし狙っているわけでもない、ただ俺は純粋に白雪に傍に居てほしいと伝えると、彼女は恐ろし気な雰囲気を引っ込めて頬を染める……ある意味でそのギャップも本当に可愛かった。


「さあ、お昼にしましょう斗真君」

「分かった」


 それから白雪もだけど、翡翠も手を加えた昼食を御馳走になった。

 俺と新たな関係になったということで、白雪も翡翠も俺が好きな肉類で献立を固めたい欲求に駆られるものの、体のことを考えて心を鬼にしながら野菜中心にしたとのことだ。


「ヘルシーで良いじゃんか。まあ俺からすれば作ってもらえるだけでも嬉しいよ」

「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいですよ」


 でも……これだけでこんなにも彼女たちの愛を感じるんだ。

 これから数週間、数ヶ月、それこそ数年が経った時に俺はどうなってしまうんだろうか……うん、やっぱり少し怖いかも。


「でも斗真君は本当に痩せてきていると思いますよ? 上手くいけば二学期が始まった頃には体型もかなり変わるんじゃないでしょうか」

「そうかな……そうだと嬉しいんだが」

「流石に一般の体型とまではいかずとも、今よりも絶対に細くなりますよ」

「……頑張る! めっちゃ頑張る!」


 女の子の言葉があると男ってのは単純だから頑張れるんだわ。

 それから昼食を食べ終えた後、当然のように俺たちはすぐに教室に帰るようなことはしない……何故なら、こうして二人っきりなのにすぐそれを終わらせるなんて勿体ないからだ。


「……あら」

「どうした?」


 そんな中、白雪のスマホが震えた。

 どうやらメッセージが届いたらしく、その送り主は洋介とのことだ。


「どこに居るんだ、ですって」

「……どうするんだ?」

「無視ですよ。返す義理はありませんから」


 白雪は洋介を完全に突き放す勢いでそう言った。

 そのことに俺は酷いななんて思うことはなく、洋介よりも俺を優先してくれたことが素直に嬉しかった。


「衣替えになりましたけどまだそこまで暑いわけでもないですし、もっと斗真君とイチャイチャしたいですね」

「しようか……その、洋介が入り込む隙がないくらいに」

「えぇ♪」


 決してその気にならないのを心がけるように、俺は白雪との時間を過ごす。

 ただ、その中で口にした彼女の言葉が俺に更なる独占欲のような……高揚感のようなものを植え付けることになる。


「斗真君」

「うん?」

「初めてエッチをした時……正確にはその前の時間ですけど、小泉君と電話をする私を斗真君は一心不乱に触ってくれました――あの時、独占欲がありましたか?」

「……あった」


 隠す必要はないので肯定すると白雪は嬉しそうにクスッと笑う。


「嬉しいですね。嫉妬や独占欲はあまり良くない感情ではありますけど、それでも私を求めてくれるあなたのことならどんな感情だって嬉しいものです。実を言うと、私たちの方もこの重たい気持ちを斗真君にぶつけて良いのかと悩んだものです」

「そうなのか?」

「はい。ですがその悩みも無用の物だと分かりました――だって斗真君、重たい私たちが大好きですもんね?」


 ニヤリと笑った白雪は正に悪女のような微笑みだ。

 全てを上手く運ぶために操作し、それは人の感情でさえも動かす……その思惑の全てを突き動かすのは彼女たちが望む未来の為だ。

 ヤンデレヒロインである彼女たちが好き……だからこそ、その白雪の問いかけに俺は頷くしかないじゃないか。


「こんな私たちが好きなのであれば遠慮する必要はないのです。とはいえ、自分が本来決められた存在であることを理解した時、ヤンデレとはどういったものかを母と調べたんですよ」

「へっ?」


 ポカンとする俺に白雪は言葉を続けた。


「ヤンデレというのは人によって解釈が変わるようで、調べれば色んな作品が出てきて目にすることが出来ました。包丁を持って脅しをかけたり、相手を殺したりと物騒なものまで……正直、それを見た時に私と母は鼻で笑いました」

「そうなのか?」

「えぇ。痛みを伴う、血の流れる愛なんて愛ではない。斗真君だってきっと、私と母が包丁を手にあなたを殺して私も死ぬ、なんてことを言い出したらきっと好きにはならなかったでしょう。どんなに容姿が優れていても、どれだけ斗真君好みにおっぱいが大きくエッチな女だとしても」


 そこまで言わなくて良いからね……。

 でも、確かにヤンデレという解釈は人によって違うし、白雪が言ったように殺人に走るようなヤンデレも数多く見てきた。

 もしも白雪と翡翠がそうだとしたら俺は好きにならない……俺が二人を好きになったのはれっきとした理由がある。


「そんなものよりも、ただ相手を愛するだけで良いんです。深い沼に沈みこませるように、相手が永遠に浸りたいと思わせる愛を提供すれば済む話なんです。私と母は痛みを与えることなんてしない、私たちが与えるのはなんですよ」


 そう、彼女たちが与えるのは圧倒的なまでに重たい愛なのだ。

 それこそこちらから捕まりたい、浸りたい、ずっと包んでほしい、見ていてほしいと願ってしまうほどのドロドロで重たい愛なのである。


「そもそも、本来の私たちがそうだったわけですが……ふふっ。とはいえ、従来の私たちに比べれば遥かにパワーアップはしていますよ? ずっと恋焦がれ、ようやく本当のあなたに会えたのですから――これからが楽しみですね♪」


 白雪はそんな言葉を残し、チュッとキスをしてくるのだった。

 でもあれだな……ここに翡翠が加わると思うと、ドキドキはするけど恐怖は感じるかもしれない……だって、どんな風に愛で壊されるのかと考えるからだ。

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