囚われの王子様

「それで……何を……あん♪ 話していましたっけ?」

『どうしたんだ? ちょっと様子がおかしくないか?』

「そんなことはありませんよ。私はいつも通り、どこもおかしくはありませんから」


 俺は今、無我夢中で白雪の体に手を這わせていた。

 彼女が昔馴染みであり、この世界の主人公でもある洋介と通話中だというのに、俺は白雪の服だけでなく下着すらも脱がしてその豊満な膨らみに手を添えていた。


「……ふへ」


 安定のキモ笑いが出たが俺は止まらない。

 白雪は全然抵抗しないし、それどころかずっと俺に引っ付いたままだ……それに、彼女は俺を待っていたとそう言ってくれた。


『ずっとずっと、あなたを待っていたんですよ斗真くん』


 前世での名前を囁かれた瞬間、俺の中で何がが変わった。

 それはメラメラと燃え上がる炎のように膨れ上がり、通話越しに聴こえる洋介の声が火に油を注ぐがごとく更に燃え上がる。


「白雪……白雪……っ!」

『あれ? 誰かと一緒なのか?』


 一緒だよ、お前が好きな女の子を俺が今好きにしてるんだよと、そう声を大にして叫びたいほどだった。

 それでもそうしないのは、それ以上に白雪にひたすらに溺れていたいという感情に突き動かされているからだ。


「どうでしょうね。それでは小泉君、私は忙しいのでそろそろ切りますね」

『ちょっと待って……』


 そこで洋介の声は聞こえなくなった。

 白雪はスマホの電源を切ってテーブルの上に置き、今度は俺を押し倒すようにした。

 彼女よりも大きな俺の体は容易く押し倒され、その上に白雪が跨るようにして上になった。


「……ぷふっ」

「な、なんで笑うんです?」


 ちょっと吹き出すように笑ったのは仕方ないんだ。

 だってこう言ってはなんだけど、俺の腰に跨る白雪はなんというか……バランスボールに乗っている風にも見えたからである。

 一瞬とはいえ洋介に対する嫉妬、白雪に対するドキドキが吹き飛ぶくらいには和んだ。


「むぅ、また余裕を無くさせてあげますよ!」


 そう言って勢いよく彼女は俺の顔に近づき、その柔らかな唇でキスをしてきた。

 俺が一方的に白雪の体に触れるだけではなく、白雪の方からももっとしてほしいと求めるようにキスの雨を降らしてくるので、俺はやり返すように彼女の唇を割るようにして舌を入れた。


「っ♪♪」


 それからはもう蜜のように甘い時間だった。

 俺と白雪は互いが溶け合うかのように何度も何度もキスを交わし、息が絶え絶えになるほどに舌と舌を絡ませ合い……そして息継ぎの為に顔を離してもすぐにキスをするのだから。


「斗真君……」

「白雪……」


 俺の体は嵐だというのに、もう俺は自分が嵐だという認識ではなかった。

 この世界で絶対に呼ぶことのない本当の俺の名前を呼んでくれた白雪、彼女のことしか見えない。


「色々と疑問はあると思うんです」


 白雪はポケットから小さな箱を取り出した。

 蓋を開けて中からピンク色の何かを手にしたのだが、それが何か俺にはすぐに分かった。


「でも今は自分の感情に従いませんか? ねえ斗真君、今から何がしたいですか?」

「俺は……白雪としたい。ずっとずっと、そう思っていたんだ」

「私もです。ずっとずっと、あなたとこうしたかった……小泉君なんかではなくあなた自身としたかった!」


 したい……でもそれだけじゃない。

 俺は君と多くのことがしたい……でも今はそうだな、その言葉に従うように俺も自分の抱く感情に素直になろう。

 そうじゃないと……今にも爆発してしまいそうだ。


「これ、付けますね? 前に特濃ザー……こほん、機会があってその時にどれくらいかは知っています。ちゃんと入るはずです」

「……なんか、聞き逃しちゃいけないことを聞いたような?」

「気にしないでください。別に付けなくて中にいただいても構わないんですが、流石に斗真君のプレッシャーになると思いますので」


 プレッシャーというのはおそらく、出来てしまった時のことを言っているのかな。


「ずっとずっと、やり直すたびにゼロに戻っていました。しかし、私と母は奇跡を信じてその度に動いていたんです。斗真君と一緒になる際、何をせずとも無尽蔵に溢れる経済的余裕の中で、ただただ私たちに愛されてもらうために」

「……それは」

「これはそのための序章に過ぎません。さあ斗真君、愛し合いましょうか」


▼▽


 それから数十分……いや、何時間そうしていただろうか。

 俺はあの夢が現実になってしまったかのように、ただただ白雪と繋がって思う存分愛し合った。

 ただ夢のように体は軽くないため、俺はすぐに息切れしてしまうのだが……そうなった場合は白雪がとことん俺を攻めたててくる。


「……ふふっ♪」


 そして、全てが終わった後白雪は俺の隣に横になっていた。

 お互いに裸で何も隠す物はなく、それこそ生まれたままの姿で俺と白雪は肌を寄せ合っていたのだ。


「気持ち良かったですか?」

「……あぁ。夢かと思うくらいに」

「私もです。たとえその体が本来の物でなかったとしても、私にとってはそこにあなたが居ると実感できています。だからもう嫌だなんて思いません」


 なあ白雪と、俺は彼女に問いかけた。

 白雪は頷いて全てを教えてくれた……それは決して信じられない話、まさかと思ってしまうような内容だ。


「あなたがやり直すたびに何度も私と母はゼロに戻りました。その度にあなたが居ると分かっていても、好きでもないどうでも良い人間と体を何度も重ね……それでも時折聞こえるあなたの声が私たちの支えだった」


 俺がトコアイをプレイしている時、どういう仕組みか分からないがずっと彼女たちは自我があったらしい……それこそ、プレイヤーである俺が居るのは分かっていても彼女たちは本来の道筋をなぞるしかなかったのだと。


「正直、いきなりこんな話を聞いても信じられないと思います。だってこんなことは非現実的なのですから」

「それは……そうだな」

「ですから――」


 俺はなおも言葉を続けようとする白雪を遮った。


「でも……嬉しいことに変わりはないよ。俺はずっと、どうして嵐としてこの世界に来たんだと思っていた。嵐はこの世界における悪役、絶対に白雪や翡翠とそういう関係になれないからだ」

「それは……」

「どうして洋介じゃないんだと、主人公じゃないんだと思い続けていた」


 最初はずっとそう思っていたし、白雪や翡翠に惹かれる度に気にしないように心掛けていても考えるようになってしまった。


「それでも嵐として君に嫌われるはずだった俺は何故か仲良くなって……それから一緒に運動したり、ジムに行ったり、家に来てくれたり……一緒に過ごすだけでどんどん諦めようとした気持ちが強くなったよ」

「……もしかしなくても、絡め取ろうと動いた結果が斗真君をヤキモキさせてしまったんですね」


 そうかもしれない……なんていうと彼女のせいにしてしまうのか。

 でも……こんなことがあるんだなと、俺は改めて自分の身に起きたことに驚きが隠せない。


「ずっと……洋介とすることが嫌だったのか」

「そうですね。何度も何度も殺してやろうと思いました。決められた道筋を進むことは仕方ないとしても、変わろうとしている今の世界の中で変わらずに私が自分の物だと考えている彼が気持ち悪くて仕方ないんです」


 ちなみに、洋介は白雪のように記憶は持っていないらしい。

 けど白雪だけでなく翡翠も同じなのはやっぱり、二人が俺に対して良くしてくれることの裏付けだったわけだ。


「斗真君、私たちしか居ない時はそう呼ばせてください」

「え? それは良いけど……」

「斗真君も忘れたくはないでしょ? もうこの世界で生きるしかないとしても、私たちは本来のあなたを失ってほしくないですから。斗真君としても嵐君としても、その全てを私たちは受け止めたいんです」

「……白雪」


 マズいなこれは……彼女と繋がっただけでも嬉しかったのに、それ以上に嵐だけでなく斗真としての俺も受け止めたいと言われたことが心から嬉しかった。

 誰も俺のことを知らないこの世界で、忘れなくてはいけないはずの俺を受け入れると言ってくれた彼女の言葉が嬉しいんだ。


「混乱も受け止めます。迷いも受け止めます――だからどうか、私たちに染まってくれませんか? もう私たちはあなたを離さない、ずっとずっと傍に居てください」

「……………」

「私と母もあなたの傍にずっと居ますから――愛していますよ斗真君」


 その日、全てが変わった。

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