捕まえた

「……やべえ、全然眠れないどころか清々しいまでの目覚めだぜ」


 日曜日の朝、俺の目覚めは完璧だった。

 全く眠たくなく、二度寝しようとも思わない、それくらいに俺の頭は完全に覚醒しており、そして何がとは言わないがビンビンだった。


「……ふむ」


 昨日のことは本当に忘れられない。

 正直夢だったと言ってもらった方が色々と整理が付くのだが、しかしながらアレは夢ではなく現実だ。

 全て任せれば良いと言われ、まるで翡翠に甘えるかのように俺はしてほしいと口にしてしまった……そして夢にまで見た、それこそゲームのワンシーンにもあった咥えると挟むの合わせ技を俺は実際に体感した。


「……ふへ」


 おっとキモ笑いが出て……いいや止まらねえぜ。

 でも今日くらいは許してほしい、だってあんな経験をしたんだぞおかしいとかマジかよとか思う前に余韻に浸らせてくれってんだ!


「……………」


 しかし、そうはいっても考えてしまう。

 翡翠がどうしてあんなことを……確かに彼女のキャラで言えばあの行為自体は別に珍しくもないというのが正直な感想だけど、それでも今の俺は嵐であって洋介ではない……あれ、そうなると本当に謎しか残らないぞ。


「俺は白雪だけでなく翡翠とも親しくなったのは間違いないと思う。でも……」


 だからといってあれは本番じゃなかったとしてもエッチな行為だ。

 親しい間柄でなければ決してすることはない行為……俺の記憶通りなら、翡翠は確かにエロの権化みたいな存在ではあるものの決してビッチではない。

 白雪と同じように愛すると誓った者のみを愛し、体を許し、そして愛というなの牢獄に閉じ込めるのだから。


「翡翠は……俺のことを?」


 あり得ない、あり得ていいはずがない……そう言いたいのに、そうも言いづらいのがこの現状なのだ。


『リラックスして? ほら力を入れずに……はい、出して?』


 ダメだ、本当に頭から離れない。

 翡翠にしてもらっている時の俺は確かに恥ずかしかったし、何をやっているんだと疑問は持っていた……それなのに翡翠の放つ雰囲気に圧倒され、吞み込まれ……俺は欲望の丈を全て放出した。


「また……してくれるのかな」


 ボーっとしながら俺はそう呟いた。

 いつでも言ってほしいと、いつでもしてあげるからと別れ際に言われて……またの機会を俺は心から望んでいることに気付く。


「……こいつめ」


 俺は自分自身の分身を見て馬鹿野郎と心の中で罵倒する。

 というかこういう状態になった時に思うことなんだが、嵐は中々に立派な物を持っているし翡翠にしてもらった時も一回で収まらなかった。

 流石エロゲに出てくるキャラクター、一歩間違えたら竿キャラになっていたわけだしポテンシャルは持っているのかもしれない。


「全然嬉しくねえよ……」


 取り敢えず、普段は翡翠と出会うこともないし整理することが大切だろう。

 幸いに今日は日曜日だしゆっくりと寝転がりながら過ごして気持ちを落ち着かせ、そして学校で白雪を見て癒されることにしよう。


「……?」


 今日の方針を決めたその時だった。

 スマホがブルっと震え、何だと思ったらメッセージが届いていた。


『おはようございます嵐君』

「っ……」


 送り主は白雪だ。

 俺はどうしてか今この瞬間に白雪からメッセージが届いたことにドキッとし、同時に翡翠から言われたことをまた思い出した。


『白雪にはすぐバレると思うけど』


 ……これ、バレてんのかな?

 白雪の立場になって考えてみたらマジでヤバい、だって実の母親と級友がそういうことをしちまったんだぞ最悪じゃん。


「……はっ?」


 突然だけど今日こっちに来ても良いかという内容だった。

 翡翠が今日は朝から居ないらしく、一人で居てもつまらないからだと……俺には断る理由がないし何より、彼女と一緒に居られるのなら良いかと考え、バレるとかバレないとかそういうことを忘れて良いよと返事を送った。


『ありがとうございます。すぐに行きますね』


 何やら色々と早まった気がしないでもないが……そこでピンポンとインターホンが鳴った。


「誰だ?」


 まさか白雪が? いや、今から来ると言っていたので流石にまだのはず……そう思って外を覗いてみると、そこには私服姿の白雪がジッと立っていた。


「な、なんで!?」


 まさかのまさかがまさかになった瞬間だ。

 ちなみに白雪とのやり取りが終わってから三分も経っていない、そこから考えられるのは最初から彼女はそこに居たということだ。

 俺はまだパジャマ姿だし、顔も洗っていなければ歯磨きもしていない。


「し、白雪? 俺まだ着替えもしてないんだよ――」

「開けてください嵐君」

「あ、はい」


 俺はすぐに鍵を開けてドアを開けた。

 白雪はスッと中に入り、ドアを閉めてガチャッと鍵を掛けて……そうしてニッコリと微笑んだ。


「おはようございます嵐君」

「おはよう……」


 こうなってしまっては仕方ないので、俺は恥ずかしさを堪えるように彼女を部屋に通した後、すぐに支度を済ませるからと身嗜みを整えるのだった。

 顔も洗って歯も磨いて、翡翠に選んでもらった服を着てバッチリだ。

 白雪の元に戻ると、彼女は特に何もすることはなく前だけを見ていた。


「おかえりなさい。早かったですね」

「そりゃ急ぐだろ。でも突然すぎないか?」

「早くあなたに会いたかったから」

「っ……」

「確認……するまでもないですね。この匂い、興奮の後……煽った報いですか」


 ふぅっと息を吐いた白雪はジッと俺を見つめた。

 彼女の瞳に宿っていたのはメラメラと燃える炎……気のせいかもしれないが、俺は確かにそれが見えた気がした。


(会いたかったから……ってそんなストレートに言うことかよ)


 そんな勘違いを促すような言葉を言うな、そう声を大にして言いたかった。

 けれども俺の心は喜び、翡翠のことと同時に白雪のことも求め始める……これはハッキリ言って異常だった。

 少し前まではこんな風にならなかったのに、あの翡翠との出来事が何かのスイッチを押したのか白雪を手に入れろと囁きが止まらない。


「今日は傍に居させてください……お願いします」

「白雪?」

「明日は学校ですからもちろん帰ります……でも、嵐君の傍に居たいです」


 そう言って白雪は俺に寄り掛かってきた。

 ふわっと彼女の綺麗な銀髪が舞い、僅かな衝撃と共に訪れる白雪の温もりと柔らかさ……そして鼻孔をくすぐる香りはとてつもなく甘く、昨日の翡翠を思い出させる花のような香りだった。


「白雪……何をしてるんだよ」

「分かりませんか? 嵐君に甘えているんです」


 白雪は顔を上げた。

 そして両手を広げ、両足さえも使って俺に白雪は絡みついてくる。

 上品で気高い彼女に似合わない、絶対にしないであろう仕草で彼女は思いっきり俺に体を押し付けてきた。


(何が……起きているんだ?)


 また昨日と同じ感覚だ。

 脳がハッキリと動作しない感覚に陥りながらも、ダイレクトに伝わってくるのは白雪から伝わる声と感触、そして匂い……自然と腕が白雪を包み込んだ。


「そうです……最初から遠慮なんてしなければ良かったんですよ。だって私はずっと待っていたんです。あなたと会えるのを待っていたんです――斗真とうま君」

「っ!?」


 またドキッと心臓が跳ねた。

 嵐ではなく別の名前を彼女は口にした……斗真、それは俺の前世の名前だ。


「なにを……なにを言ってるんだよ君は!?」

「あなたを待っていました斗真君……ずっとずっと、ずっとずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと!」


 壊れた時計のように彼女は同じ言葉を繰り返す。

 しかしそれは彼女が狂ったわけではなく、まるで今まで我慢していた全てを解き放っているかのような清々しい表情だ。

 どうして彼女は俺の前世の名前を知っている……何がどうなっているんだ。

 白雪から熱い眼差しを向けられる中、まるでこの時間を阻止するかのように白雪のスマホが震え……白雪はスマホを一度見てから通話に応じた。


「小泉君、どうしたんですか?」

『白雪、今日もダメなのか? 今日も一緒に居られないのかよ』


 距離が近いからこそ聞こえる通話越しの声、相手は洋介だ。

 その声を聞いた瞬間、まるで何かが俺の中で弾け飛ぶ……俺はスマホを耳に当てている彼女に遠慮の一切をすることなく、その胸元に顔を埋めた。


「あ♪ ぅん……ふふ」

『白雪?』

「何でもないですよ。用件は……っ……それだけですか?」

『なら少し電話がしたい。最近、本当に一緒の時間が取れないから』


 洋介の声が聞こえれば聞こえるほど、俺は奴に渡したくないという独占欲が漏れ出して止まらなくなる。

 自然に動く手は彼女の服に向かい、徐々にそのベールを剝いでいく。

 白雪は一切の抵抗をすることなく、洋介と通話をしながら瞳は俺を見つめていた。


「……………」


 白雪は笑っていたが……その瞳は明らかに昏く、闇に染まっていた。

 まるで、ゲームで見た彼女の本質とも言える色の瞳になっていたのだ。

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