嵐のボディも豊満
「おっと」
「うわっ!?」
ドンと、俺は廊下の突き当りで誰かとぶつかった。
俺の豊満ボディは全くビクともしなかったが、流石に相手は尻もちを突くくらいには体勢を崩していた。
廊下の突き当りで誰かとぶつかる、それは巻き起こる恋の序章……なんてことはなく、俺がぶつかった相手は洋介だった。
「大丈夫か?」
「っ……」
どちらが悪いかと言われればどちらでもなく、これはただの事故でしかない。
洋介に俺は手を差し伸べたが、彼は俺の手を取ることなくキッと睨みつけてから立ち上がってそのまま歩いて行ってしまった。
「……………」
さっきも言ったがどちらが悪いというわけではない。
しかし……流石に俺も悪かったくらいの言葉を求めても良いんじゃないかって思ってしまうけど、まあ色々と自覚した俺からすればどうでも良いことだ。
それから教室に戻る際にまた俺はドンとぶつかった。
「てめえ」
「大丈夫か?」
洋介と違って彼――斎藤は倒れなかった。
後ろにお友達が二人居るのだが、相変わらず俺のことを見下したような目をしているのだが、それに比べて斎藤の真っ当な敵意の目はあまりにも分かりやすい。
「大丈夫に決まってんだろうが」
「なら良かったわ。さっき別の人にぶつかって尻もち突かせちまったからさ」
「そいつが軟弱なだけだろ。一緒にすんじゃねえよデブ」
「はいはい。何もないなら良いんだよ」
相変わらず口は悪いが、以前のように意味もなく突っかかって来ることはない。
変にウジウジすることもなく、堂々としていればちょっかいを掛けてこないのは本当みたいなので、俺はこれからもこのスタンスを取って行けば良さそうだ。
俺とすれ違ってトイレに向かった斎藤をチラッと見た後、俺は教室に戻った。
「……ふわぁ」
眠たい……どうして学校っていう場所は昼を過ぎると眠くなるのだろうか。
最近は運動をしているのもあって夜更かししようと思ってもすぐに寝てしまうせいで生活リズムはバッチリのはず……それでも死ぬほど眠たくなる。
「ふわぁ……あ~」
何度も何度も出てきてしまう欠伸に嫌になっていると、ふと視線を感じた。
そちらに目を向けると白雪が俺を見ており、おそらく大欠伸をしている俺の顔が面白かったんだろう。
そんな彼女と見つめ合っているとまた欠伸をしてしまい、それを見て白雪は口元に手を当ててまた笑った。
(……そんなに俺はマヌケ面……してんだろうなぁ)
それなら笑うのもおかしくないかと自分で苦笑した。
その後は眠たいのを我慢して何とか時間を過ごし、放課後になったことでやっと俺は解放された気分になった。
「終わったぜぇ……よし、早速帰って着替えないとな」
今日は金曜日で明日はジムに行くことになっている。
しかし平日の運動習慣はずっと続いているので、今日も俺は軽くランニングをするつもりだが……なんと、今日は白雪も付き合ってくれるらしい。
「……ふへへ」
……嬉しいことを考えた時に出てくるこのキモ笑いどうにか出来んかね。
教室を出る際に白雪と軽くアイコンタクトを交わした直後、俺をかわすようにして洋介が教室に入った。
彼はそのまま白雪の元に向かったので、俺としてはやっぱり気になった。
「白雪、これから一緒に出掛けないか?」
「ごめんなさい。今日は用事があるんです」
「っ……最近そればっかりじゃないか」
「用事があるのだから仕方ありません。用件は以上ですか?」
すまねえな主人公よ、俺は少しだけの優越感を感じながら教室を出るのだった。
それからすぐに俺はアパートに戻った後、運動着に着替えて彼女と待ち合わせをしている公園に訪れ……そして。
「……あ」
俺と同じく運動着姿の白雪がやってきた。
学校で着る体操服とはまた違った新鮮味を感じるし、長い髪を一纏めにしているのも非常にグッドだ。
「お待たせしました」
「いや、俺もさっき来たばかりだから大丈夫だ」
「……ふふっ、デートの待ち合わせみたいですね」
「……………」
それ、実は俺も言った後に気付いた。
俺は照れを隠すようにそっと視線を逸らしたが、どうやら白雪には気付かれてないようで安心だ。
「それじゃあ早速始めるか」
「えぇ」
良い子のみんなは運動の前にちゃんとストレッチは忘れないようにな!
俺と白雪は揃って軽くストレッチをするのだが……やっぱりチラチラと彼女のことを見てしまう。
運動着と髪型は新鮮として、今の白雪は帽子も被っている。
眩しさをある程度軽減するためとはいえ、それにしては帽子一つで人の見方はこうも変わるのかと逆に驚いていた。
「そんなに気になりますか?」
「あぁいや……なんつうか、帽子一つでかなり変わるんだなって」
「なるほどです。実は自分でも少し驚いているくらいですよ」
それくらいの変化ってことだ。
ストレッチを終えた後、俺と白雪は並んで走り出す……うんうん、彼女が隣に居るのもそうだけど単純に運動をするっていう習慣は悪くないなマジで。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ!」
息の仕方も中々に様になったようで、よっぽど無理をしない限りはすぐに息切れをすることもなくなった。
まだまだ体は重いので、あまり無理をして足を痛めないようにするのも俺がしっかりと考えないといけないんだが、どうも俺より白雪の方が気遣ってくれる。
「そこまで行ったら少し歩きましょう」
「分かった」
そろそろ休憩を入れるかと、俺がそう思った時に先んじて白雪がそう言うのだ。
汗をダラダラと流す俺とは違い、白雪はまだ汗を掻いては……いや、額に僅かに掻いているだけで全然余裕そうだ。
「……あ~」
「お疲れ様です。一旦休憩しましょう」
近くのベンチに俺と白雪は腰を下ろした。
言葉数は少なめに一先ずは息を整えることが大切ということで、息を吸って吐いて俺は深呼吸を繰り返す。
「……よし、もう大丈夫だ」
「その意気です。では続きを――」
ベンチから腰を上げて走りだそうとした時、俺はとある二人を目撃した。
「……あれは」
それは嵐の記憶の中に刻まれていた人物……そう、嵐の兄だった。
郡道
家族からも将来を期待されている……そして、嵐に関しては同じ家族とも思っていないらしい。
(隣に居るのが加奈の言っていた恋人か)
チラッと見えるけど確かに美人で気品を感じるが……それでも俺からすれば白雪や翡翠の方が素敵だとしか思えない辺りどんだけ好きなんだよって話だ。
「あの二人……男性の方がお兄さんですか?」
「……良く分かったな?」
「嵐君の様子を見ていれば分かります。大丈夫ですよ嵐君――私にとっては特に知らないあの人よりも、近くでずっとその努力を見続けている嵐君の方が素敵だと思っていますから」
「っ……」
だからなんでこの子はこんなにも嬉しいことを言ってくれるんだよ!
でも……そうだな、そんな一言に俺はもっと頑張ろうってなるあたり凄く単純なんだろうけど、今はその単純さが俺を動かす動力源になってくれている。
「な、なあ白雪」
「なんですか?」
「もっと言ってくれ! もっと頑張れるからさ!」
「何度だって言いますよ。嵐君の方が素敵です――頑張りましょうね?」
「うおおおおおおおっ!!」
人間、単純な方がやっぱり悪くないな!
彼女の言葉一つにドキドキするのもそれはそれで悪くない、けど嵐という見た目のキャラはこれくらい単純な方が良いだろうどう考えても。
「あ、白雪」
「え?」
近くを走っていた自転車から白雪を庇うように腕を引いた。
ぼふっと音を立てて彼女は俺の体に引っ付いてしまったのだが、流石にここまでしなくても良かったかなと恥ずかしくなった。
「す、すまん自転車が来てさ」
「分かっています。いえ、そうでなくても優しい部分がまた出ましたね?」
「……だから普通だって」
「そういうことにしておきましょう」
それから俺たちはまた走り出した。
そして、とある店の前を通った時に件の二人……兄貴と女性の前を通り過ぎる時があったのだ。
「……あ? 嵐?」
突然のことに俺も驚いたが、そんな俺を止まる必要はないからと言わんばかりに手を引いたのが白雪だった。
俺にとって嵐の家族に対しての思い入れは全くないけど……そうだな、俺はそんなことよりもこの腕を引いてくれる彼女のことを見ていれば良いんだと、俺は強くそう思うのだった。
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