ジムで二人

「嵐と……誰だ?」


 それは彼にとってあり得ない光景だった。

 郡道義也にとって不出来でありながら醜い見た目の弟である嵐、それは弟であると認識するのも嫌になることだった。

 父と母も、そして妹すらも見放した弟……むしろ、ここ数ヶ月は弟なんか居たっけかと思うほどに無関心でもあった。


「あれは……」


 隣に居るのは義也の新しい恋人であり、最近になって付き合い始めた女性だ。

 彼女は去っていく二つの背中……いや、正確には嵐とは別の背中を眺めて目を丸くしている。

 さて、話を戻すが何が義也にとってあり得ない光景だったのか……それは嵐が女子と一緒に居ることである。


(……帽子を被ってて目元は分からなかったが、あれは凄まじい美人だぞ)


 たとえ顔の全貌が見えなくても彼女――白雪からは圧倒的なまでの魅力が漂っており、それは男女関係なく視線を集めるほどだ。

 それは義也にとっても例外ではなく、自然と視線を吸い寄せられた。

 自分よりも年下だと思われる女の子に目を奪われたことは良いとして、それよりも彼が気になったのが何故あのような子が嵐の傍に居て、しかもその手を引いているのかというのが疑問だった。


(嵐が何かしたのか? 確かにあいつは醜くて愚図だがそんな度胸はないはずだ)


 嵐に対する評価は最低だが、それでも嵐のことを理解している証だった。

 自分の弟は決して女子にモテることはなく、ましてや会話さえもぎこちないはずなので尚更疑問が大きくなる。


「やっぱり……鳳凰院さんだわ」

「鳳凰院……?」


 その名前は義也にも聞き覚えがあった。


「鳳凰院白雪さん、以前にパーティでお会いしたことがあるわ。とても高校生とは思えないほどに大人びた方で……うん、間違いない」

「さっきの子がその子だって言うのか?」


 一体何がどうなっているんだと、義也は再び去っていく二人の背中に目を向けた。

 どうしてそんな子が嵐の傍に居るのだと、まさか何か弱みを握って脅しているのかと義也の中で無用の正義感が働く。

 スマホを手にして嵐に連絡をしようとしたが、何気に察しの良い隣の彼女がそれを制した。


「待って」

「なんでだよ。あれは明らかに……」


 ガシッと手を掴んで彼女はこう言葉を続けた。


「白雪さんは誰かに脅されるような人じゃないわ。ただ美しいだけじゃない、ただ愛らしいだけじゃない……あの人はお母さまに似てとても怖い方なの。自分よりも圧倒的に体が大きな異性であっても、あの人は逆に全てを飲み込んでしまう怖さがある。だから変に正義感を働かせて関わるのはダメなのよ」

「……………」


 鬼気迫るような表情でそう言われては義也としても動けない。


(……何がどうなってやがるんだ?)


 そんな白雪と一緒に居る嵐は何故なんだと義也は困惑する。

 しかしそれ以上に彼が思ったのは……美しいという言葉だけでは足らない、あまりにも魅力に溢れすぎている白雪と一緒に居る嵐のことが面白くなかったのだ。


▼▽


「……ふぅ、今日はこんなもんかな」

「そうですね。お疲れ様でした」


 途中で兄と出会うなんてハプニング……いや、ハプニングでもないか。

 そんなことがあったけど特に何もなく白雪とのランニングは終え、俺たちは帰路を歩いていた。

 夕陽が綺麗だなとロマンチックなことを思いつつも、実は白雪と二人の時間にニヤニヤが隠し切れない。


「……ふへ」


 だからこの笑いどうにかしようぜマジで……。

 ちなみに、今のは白雪にバッチリと見られていたのだが……彼女は決して気持ち悪いとは言わず、逆に微笑ましそうに見つめられたので本当に恥ずかしい。


「それにしても……」

「どうしたんだ?」

「やっぱり心なしか痩せてきた気がしますよ?」


 そう言われたので俺はつい腹の肉を触った。

 まだまだブヨブヨの我肉体、来年にはシュッとした体型を目指したいところだけど果たしてどうなるか……ま、頑張るのが一番だな。


「う~ん、実は凄く良い運動があるんですけどねぇ」


 そこで白雪が何やら笑みを深めてそう言った。

 俺は気になったので彼女の顔をジッと見つめると、何故か運動の話なのに口元に指を当て、どこか妖艶な雰囲気を漂わせて彼女は言葉を続ける。


「凄く気持ち良くて、凄く心が満たされる運動があるんです。汗も掻けるし、体もそれなりに動かすので中々良い物なんです」

「へ、へぇ?」

「いずれ、一緒にやりましょうね絶対。楽しみにしていますから」

「……分かった!」


 なんでか良く分からないけど返事と一緒に頷いておいた。

 その瞬間の白雪の更なる微笑みと言ったら破壊力が凄まじく、下品だけど彼女のそんな表情に欲情しそうになってしまうほどだった。


「あ、それと今週のジムに関してなのですが……」


 そこで白雪は今週のジムに関しての予定を話してくれた。

 家のことで少し用事があるとのことで、今週は一緒に行けないとのことだ……ただもしかしたら翡翠は来れるかもしれないと言っていた。


「じゃあ家の近くまで送るよ」

「ありがとうございます」


 それから俺は白雪を家の近くまで送った。


「……?」


 するとスマホが震えてメッセージが届いており、白雪から無事に家に入りましたと届いていた。

 別にそこまでの気遣いは要らないんだがと思いつつ、それじゃあまた学校でと返事を返しておく。


「青春ってやつかな」


 俺はそれからアパートまでの帰路を歩く中、少し立ち止まって考える。

 今この段階で俺は白雪を含めて翡翠ともかなり良い関係を結べている……こうして運動にもそうだしジムにもそう、付き合ってくれる白雪はもしかしたら俺に好意を抱いてくれているのではとそう思えてならないんだ。


「……キモいかな流石に」


 そして翡翠もまた……やれやれ、俺も困ったもんだ。

 想像して嬉しいのやら悲しいのやら恥ずかしいのやら、そんな風に七変化のように表情を変えていた俺だがそこでまさかの人物を目にした。


(……え?)


 俺の視線の先に居たのは洋介だった。

 そう言えばこの近くにあいつの家はあったなと思ったのも束の間、まるで親の仇でも見るように洋介は睨みつけてきた。

 その後はアクションもなく去って行ったけど……もしかしたら、さっきまでのやり取りを見られていたのではと俺はハッとした。


「……いや、仮に見られていたからなんだってんだ? 俺はもう、自分のやりたいことをするって決めたんだ。俺は掴めるかもしれない未来を目指して頑張るだけだ」


 ……ちょっとだけ狡賢いことがあって、白雪だけでなく翡翠とも深い関係になれないかなと思ってしまうのはプレイヤー目線過ぎるな。

 確かに翡翠は凄く優しくてエロい女性というのは確かだけど、流石にこの現実において母親世代のあの人がガキの俺を相手にするかよって話なのだ。


「夢は見ちまったけどなぁ」


 ボソッと呟いてその通りだと頷く。

 白雪だけでなく翡翠とも深く繋がる夢……そして愛し合った夢はやはり明確に記憶の中に刻まれている。

 その時のことを思い出しながら、俺はアパートに帰った。


▽▼


 学校では白雪と変わらずだが、洋介からも何もなかった。

 ただ……俺が白雪と話をするのはかなり嫌らしく、教室が違うとはいえ廊下からチラッと覗いて目が合うことが増えてドキッとする。

 俺には男と見つめ合ってドキッとする趣味はないんだが、まあだからといって怖気づくことはなかった。

 そして、一人でのジムだと思われたその日……白雪がもしかしたらと言っていたように翡翠と一緒になった。


「ぅん……はぁ♪」

「翡翠……さん?」

「どうしたの? もう少し強くしようかしら?」

「……いえ」

「もう少しいけそうね。それじゃあグッと押すわよ」


 今日はプールではなく、突然だったがトレーニングルームでの運動になった。

 俺としては色々と初めての機械で触るのにビクビクしていたが、そこは翡翠が教えてくれた。


(これは……天国の入り口か!?)


 体を動かした後のストレッチ、グッと体を押し付けるようにして翡翠が手伝ってくれているのだが……これは想像以上に凄まじい。

 翡翠の若々しいとしか思えない豊満な肉体の感触と、漂う花のような香り……極めつけは悩まし気な吐息とトリプル役満だ。


(今日の翡翠……なんかいつもよりも……)


 取り敢えず……おっきくしないように気を付けないとだ俺は!

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