デブだって動きます

 本来トコアイの原作において、洋介を取り巻く白雪と翡翠の関係性を揺るがすような出来事は起きなかった。

 そもそもがヤンデレという前提をメインとしているため、そのために不要となる要素は限りなく排除されているからである――少しばかりの横槍、主に嵐の介入だが他にも白雪を狙う生徒からの絡みはあったものの、全くと言っていいほど二人の関係に影響はなかった。


「……………」


 それはとある日の放課後のことだった。

 何を思ったのか俺はすぐに学校から出ることなく、適当に屋上からグラウンドで部活に勤しむ生徒たちを眺めていた時だ。

 いきなり扉が開いたかと思えば三人の男子生徒が現れた。

 俺は現れた彼らから見えない場所に居たため、逆にこっちがそっと覗ける位置だったのだが……なんとそこに現れたのは洋介だった。


「おい小泉、なんでお前みたいなのが鳳凰院さんの傍に居るんだよ」

「なんだって……昔馴染みだから」

「昔馴染みだからとかそんなのはどうでも良いんだよ。言わねえと分からねえか、お前みたいなパッとしない奴が近づくなって話なんだよ」


 うわぁやだやだ、まさか現実でこれを目にするとは思わなかったよ。

 確かにトコアイの回想シーンでも少しこういう話はあったが……これを目の前で見るというのはこういってはなんだけど中々に新鮮だった。


(昔馴染みなんだから放っておいてやれよ……というか、絶対こういう奴らって噛ませ的なポジションで居るよなぁ)


 奴らの存在は物語を少しばかり彩るためのファクターでしかないが、色んなアニメや漫画でこういったシーンを見る度に思うのは放っておいてやれという一言しか俺は持たない……だってそうだよな。


(あの人には相応しくないだとか、あの人が困ってるとか勝手に言ってさぁ……それを決めるのは当人たちだろうに)


 嵐として生まれ変わった俺は確かに白雪や翡翠に出会えて嬉しいし、何なら彼女たちともっとお近づきになりたいと思っている。

 更には洋介に対して嫉妬もしているしそのポジション変われよとも考えることは少なくないけど、だからってあんな風にわざわざ声を大にするつもりはない……そもそも、ああいった行為に対して白雪がどう思うのか理解出来てないのかよ。


「これ、俺が出て行ったところでな」


 現状だと洋介と俺は絡みがないし、何よりあの二人の男子に関しても同じクラスでもないので全く話したことがない。

 少しだけ薄情かと思ったが、俺は事の成り行きを見守ることにした。

 最悪暴力を振るわれそうになったら出て行くつもりだったけど、幸いに彼らは言いたいことを言っただけで屋上から出て行った。


「……くそっ、白雪に相手すらされてない分際で――」

「……………」


 ……おや?

 今の俺はおそらくポカンとしているだろうか……俺が居るとも知らずに洋介は壁を蹴って言葉を続けた。


「どうして僕が白雪の傍に居ることを他人にあれこれ言われないといけないんだ。そんなのを決めるのは僕たちだろう……そもそも、僕も白雪もお互いにお互いのことを理解しているくらいに分かり合ってる。邪魔をしてるのはあいつらだろ!!」


 あれ……洋介ってこんな奴だったっけ。

 まさか洋介も俺と同じなのでは、なんてことを咄嗟に思ったがどうもそうではないらしく、俺のように転生者だと言えるような発言は出てこなかった。


「……そうだ。白雪は僕と結ばれる……だってそれだけ仲が良いんだから!!」

「……………」


 取り敢えず一言よろしいか、こいつちょっと気持ち悪くない?

 まあでも、ゲームでは白雪や翡翠から向けられる重たい言葉と愛のせいで洋介はどちらかと言えば汚染されていくタイプだった。

 だからこそこんな洋介の姿が隠されていたものだとしたら……とはいえ、それでもちょっと気持ち悪いっていうか怖いぞ。


「ヤンデレってもしかして洋介も?」


 その後、洋介は屋上から去って行ったが俺は少しガッカリしていた。

 たとえゲームとはいえ自分が操作していた洋介があんなことを言うなんて……アニメや漫画でも特にあのような描写はなかっただけにちょっと複雑だ。


『でも、最近白雪も付き合いが悪いし……僕、何かしたのかな』


 これは最後に洋介が言っていた言葉だけど、まあ年頃だしそういうこともあるだろうさ。


「……うん?」


 その時、俺はまさかと思ったことがある。

 それは俺が白雪をジムに誘ったりしたのもそうだけどもしかしたら影響している?


「……いや、まさかな」


 俺は頭を振り、それからすぐに教室に戻って学校を出た。

 何となく今日はランニングをする気にもなれなかったため、適当に街に出て時間を潰すことにした。

 見たことある顔であったりそうでない学生たちがこぞって遊び歩く中、俺はたった一人で寂しくブラブラと散策だ。


(なんつうか、やっぱり俺が居た世界とそこまでの変化はないよなぁ)


 繁華街などの賑わいは都心を思わせるし、特にこの世界ならではと言える建物は見られないので、俺の世界でも探せばあるんだろうなとすぐに受け入れられる景色だ。


「よし、ちょっと腹が引っ込んだ気もするし服でも見に行くか?」


 いやほんとだよ? マジで腹が引っ込んだ気がするんだわだから服を見に行く。

 安物でも良いので取り敢えず店へ……そう思った時だった――高級そうな佇まいの店の前で男が女性に絡んでいた。


「別に良いだろ? 絶対に損はさせないからさ」

「興味がないの。後悔する前に退いた方が良いわよ?」


 その声は明らかに威圧感があった。

 まさか女性がそのような雰囲気を出すと思っていなかったのか男は一歩たじろいだものの、それでもしつこく声を掛けている。


「……何してんのよ」


 その女性、ハッキリ言って知り合いだった……言っちまうと翡翠だった。

 後ろ姿でも分かる妖艶な雰囲気、というよりも俺はもう白雪と翡翠ならシルエットだけで分かってしまうくらいには彼女たちのことを目に焼き付けている。

 店の中からスーツを着た男が出てこようとしているので、放っておいても翡翠は難なく乗り越えてしまうだろうが……俺としてはどうしても、彼女に関して見て見ぬフリというのが出来ない。


(色々と気に掛けてもらったりしたんだ。見て見ぬフリはダメだよな)


 これはきっと白雪にも同じことを思うはずだ。

 俺は今の自分の姿を考えたものの、誰かを助けるために見た目なんざ関係ないと思って彼女の元に向かった。


「なあお兄さん、その人困ってるだろ?」

「あん? なんだこのデブは」

「あら♪」


 大学生か、社会人か、その辺りは分からないが男は俺を見て分かりやすく表情を歪めたものの、翡翠は俺の声が聞こえた瞬間に振り向いて笑みを浮かべた。

 彼女はするりと男から離れ、俺の傍に立った。


「ちょ、ちょっと……」

「言ったでしょう興味がないと。それに、他人に対して暴言を吐くような男と一緒に居たいと思うのかしら?」

「っ……てめえ」


 そこで男は俺を睨んだが、なんでこれで俺が睨まれるのか分からん。

 とはいえそれでも翡翠に対して俺が思うのはこうして絡んだ以上、俺は彼女を守りたいという気持ちだ。


「デブでも見栄を張りたいところはあるんすよ。それにこの人は俺の友人の母親でもある。助けに入らない理由はないぜ」

「……クソッタレが」


 店から出てきたガタイの良いおっさんも現れたので男は悪態を付いて去った。


「ありがとう。彼が助けてくれたから大丈夫よ」

「分かりました。本来ならもっと早く向かうべきでしたが」

「気にしないで。後はお願いね」

「畏まりました」


 ……凄いな、あんなガタイの良いおっさんを従えるなんてファンタジー世界に出てくる女王みたいだ。

 それにやっぱりここも鳳凰院の系列か……うん、お金持ち凄い。


「ありがとう嵐君。かっこよかったわよ」

「かっこいいなんて言わないでくださいよ。当たり前のことをしただけですし……それにあまり言うとニヤニヤしちゃいますって」

「……ふふっ♪」


 なんすかね、その微笑ましく子供を見るような顔は……。

 でもやっぱり……こういうのが母親から向けられる視線なのだろうか、そう考えるとこの点に関しては世の中の母親が居る人が羨ましいよ。


「嵐君はこれから何をするつもりだったの?」

「あ、なんか服でも見てから帰ろうかなって」

「へぇ?」


 そこで翡翠は何かを考え込んだ後、こんなことを言うのだった。


「これも何かの縁だし、是非付き合わせてくれないかしら? あぁ後、良かったら夕飯もどう? ヘルシーなお店を知ってるのよ」


 ニコニコと見つめてくるその瞳に俺はどうも首を横に振ることは出来なかった。

 こうして俺はひょんなことから翡翠と一緒に夕飯まで食べることになるのだった。








「もしもし、白雪? ちょっと仕事の付き合いで夕飯を御一緒することになってしまったのよ。悪いけど夕飯は一人で大丈夫?」

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