ちょい痩せた?
「……あ、泣きそう」
俺は今、感動していた。
朝になって目を覚ました後、ふと体重計に乗ってみたのだ……すると、必ず痩せてやると宣言してから四キロの減量が成功していた。
「……いや、四キロって喜んで良いのか?」
考えると少しばかり微妙なところではあるが、これは大きな一歩と言えるだろう。
体系の変化で分かりやすい部分はないが、それでもこうして実際に数字として出ているのは嬉しいことだ。
「つっても起きたばかりで腹が空いているのもありそうだが……」
いやそれは考えないでおこう。
俺がこの体になってからまだ一月も経っていないが、それにしてはかなり達成感があった。
ダイエットというのはただただ痩せるためだけではなく、少しずつではあっても体を丈夫にし、体力も付けていけるので一石二鳥どころではない一石三鳥だ。
「……それにしてもまさか、ダイエットが順調に進んでいるだけでこんなに清々しい気分になれるとはなぁ」
この気分を白雪に……それこそ翡翠にも伝えたいと俺は思ったのだが、流石にこれくらいのことで話を振られても彼女たちに悪いかな。
とはいえ、こんなことを考えられるくらいには俺と彼女たちの関係は悪くない。
むしろ良い方だと思えるくらいにはなっているんじゃないか? 当初は嵐として生まれ変わったことに絶望し、この世界の主人公である洋介に対して嫉妬していたことも僅かにあったが……うん。
「俺が嵐になったことで……というよりも中身が変われば当然対応も変わる。白雪も変わろうとする人を笑わない、その人自身を見るって言ってたしな」
やっぱり……彼女はどこまで行っても鳳凰院白雪ということなんだろう。
「よし、準備を済ませるか!」
それから朝食と身支度を整えて外に出た。
「あら、おはよう」
「おはようございます」
最初の内は他の住人たちと言葉を交わすこともなかったが、こちらから挨拶をしているとあちらも返してくれるようになった。
一番最初に挨拶をした時、ほぼ全員が目を見張るように驚いていたのを見るにどれだけ嵐は閉鎖的だったんだと苦笑する。
「……全て充実、しかし友達は居ない……よなぁ」
前世での大学生活はそこまで友達が多かったわけではない。
それでも仲の良い連中だけで集まって飯を食いに行くだけでも楽しかった……この世界でもそんな風に心から笑い合える友達が出来るだろうか。
「ま、俺の行動次第ってとこか」
つってもまだまだクラス内での立ち位置は嫌われキャラなので、その夢が叶うのは遥か先にはなりそうだ。
「いや、嫌われというよりは単に関わりたくないだけなのか」
それはそれで悲しいけども……っと、そんな風に考え事をしながら学校に向かっていた時のことだ。
「……?」
俺の視線の先、一つのベンチに女の子が座っていた。
僅かに吹く風に白銀の髪を揺らす彼女……そう、白雪だ。
「何してんだ?」
ちなみにそこは以前に白雪が洋介と登校していた場所の手前なのだが、彼女は何をするでもなくジッと鞄を胸に抱いて動きを止めている。
もしかして洋介と待ち合わせをしているのかと、そう思って周りを見渡すがそれらしい人影は見えず、逆にこっちがどうしようかと迷う。
「……取り敢えず、俺としてはそのまま歩くしかねえわな」
覚悟を決めて足を進めると、彼女はそっとこちらに視線を向けた。
目が合った瞬間、彼女は立ち上がりゆっくりと俺の方へ……どうやら俺に用があったようだ。
「おはようございます郡道君」
「……おはよう白雪」
「……どうしました?」
「いや、なんでここに居るのかって」
「ここで待っていたら郡道君が来るかなと思いまして」
「……………」
彼女は親しい相手以外の前ではあまり笑うことはないキャラだ。
だけど、今そんな彼女が目の前でペロッと舌を出すように笑っている……俺は彼女から伝えられた言葉よりも、それよりも今の表情に完全に心を撃ち抜かれた。
(……あぁヤバいなぁ。この笑顔を見れば見るほどどうして俺は嵐なんだと呪いたくなるし、主人公になりたかったなと考えちまう)
俺はそんなマイナスな感情を振り払うようにして彼女と目を合わせた。
「それならわざわざ待たなくても連絡してくれれば良かったんじゃ? もし俺が寝坊とか、いつもと違うルートを使ったらここで待ちぼうけだぞ?」
「それは……ふふっ、それもまたいつもと違って良いんじゃないですかね。私、あまりに優等生過ぎるので」
「だからって自分から不良っぽい道に向かわないように」
「は~い」
……この子、どんな表情もどんな声も似合ってるんだから凄いよな。
天は二物を与えないって言葉があるけど、白雪の前では嘘だな絶対に。
「っと、そうだ聞いてくれよ白雪!」
俺は彼女に問い詰める勢いでそう言ってしまった。
もちろん内容としては体重が落ちたことに対する喜びを聞いてほしかっただけなんだが、これくらいのことで一々報告してどうするんだと考えていたはずなのに、彼女の顔を見た途端言わずには居られなかった。
「……ごめん、やっぱり何でもないわ」
突然声を上げたので白雪は驚いた様子だったし、本当に何やってんだよ俺は。
そんな風に視線を逸らした俺に彼女は待ってくださいと、続きを話してくださいと促した。
「さっきの表情、何か嬉しいことがあったのでしょう? あそこまで言って何も言わないのは卑怯です。教えてくれるまでここを動きませんからね?」
「……えっと」
俺は少し考えた後、分かったと頷いて話すことにした。
「そんな……大したことじゃないんだ。その……今朝、ちょっと気になって体重を測ったんだよ。そしたら四キロ落ちててさ……それで嬉しくなって、白雪や翡翠さんに伝えたいって思ったんだけど――」
流石にこの程度で喜ぶのはダメだよな、そう言葉を俺は続けようとした。
だが、彼女はそこで俺の手を取った――両手で包み込むように、優しく俺の手を撫でるように彼女は握りしめた。
そして、俺の目を真っ直ぐに見つめてこう言ったのだ。
「良かったじゃないですか。それはあなたの頑張り、努力が実った結果でしょう。確かにまだまだ喜ぶには小さな数字かもしれません。しかし、私と母はあなたの頑張りを知っているのです。だからこれが小さな一歩だとしても、自分のことのように私は嬉しいですよ?」
「……白雪」
あ、ちょっと泣きそうだ……。
俺はサッと視線を逸らし、どうにか涙を流さないようにと踏ん張り……けれども白雪はクスクスと笑っていたのでもしかしたら無駄だったかもしれない。
「これからもまだ続けるんですよね?」
「もちろんだぜ。もっともっと痩せて……それで、今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやるさ」
「それ、本心です?」
「え?」
「今の郡道君はそんなことを考えるようには思えないんですよね。あくまで痩せるのはついでで、もしかしたら何かあるんじゃないかと思っています」
「……それは」
……ワンチャン、変わった俺が君や翡翠に良いように思われないかなって打算は確かにあるけど、流石にそれを知られてしまったら待っているのは破滅なので言わないぞ絶対に。
「今は聞かないでおきましょうか。それでは郡道君、学校に行きましょう」
「お、おう!」
ただお互いのことを考えて以前のように途中まで一緒だ。
俺はふとそこで彼女にこんなことを質問した。
「そういえば今日はあいつ……小泉と一緒じゃないのか?」
「はい。彼は先に行きましたよ」
一瞬、白雪の雰囲気が重くなったような気がしたが……俺は気にせずそうかと言葉を返し、洋介に関してこれ以上は聞かなかった。
「あ、そうでした。実はずっと言いたいことがあったんです」
「な、なんですか?」
「そんなにビクビクしないでくださいよ」
「ずっと言いたいことって言われるとビビるだろ……だって俺はさ」
「ですから今のあなたには……こほん、私が言いたいのはこれです――私もあなたのことを名前で呼ばせていただきます」
「……そんなことか」
でも確かに言われてみれば俺の方が一方的に彼女のことを名前で呼ぶだけだった。
良いですかと問いかけられ、そのことに対して俺はダメだということもなく頷くと白雪はそれではと一泊置いた。
「嵐君」
「……………」
一言よろしいか?
翡翠に時に思った以上に、俺は白雪に名前で呼ばれたことに感動を覚えた……まあ呼ばれたのは嵐としてだけど、それでも今のこの体は俺の物だし素直に嬉しかった。
「あぁそれと」
「まだ何か?」
「今日のお昼、屋上に来てくれませんか? お弁当を作ったんです」
「お弁当を……お弁当!?」
「はい」
どうやら聞き間違いではなかったようだ。
「胃袋を掴むのは定番ですよね。うふふ、徐々に逃げられないようにしていきますから覚悟してくださいね♪」
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