今度は誘うことにした、そしてこうなった

 街で困った人を見つけた時、その人に手を差し伸べることは偽善だろうか。

 少なくとも俺はよっぽど見た目が厳つい人だったり、見るからにヤバそうな人には近づかないけど、それ以外で困っている人が居れば声をかけることはある。


「よおおばちゃん、手伝うよ」

「ありがとうねぇ」


 今日は日直の仕事もあって少し帰るのが遅くなったため、残念ながらランニングの時間を取ることは出来なかった。

 ただそれで帰ってからのんびりしていたところ、冷蔵庫の中が寂しくなっていたことに気付いてこうして買い物に出たわけだ。


「よっこらせっと」


 買い物袋からリンゴなどの丸い物を落とすというテンプレをしたおばちゃんの代わりに俺はテキパキと集めていく。

 そうすると屈んで拾うことになるのだが、少し贅肉を圧迫するようでちょっと苦しくなったものの、俺はおばちゃんの代わりに落ちた物を全て拾った。


「ありがとね坊や」

「良いってことよ。気を付けるんだぜおばちゃん」


 ひらひらと手を振って俺はおばちゃんと別れた。

 今のやり取りに大した意味はなく、自分に対して見返りがあるわけでもない……それでも誰かを助けるという行為をした後は気分が良い。

 嵐の記憶の中だと近づくだけで鬱陶しそうにされる視線が大半だからこそ、純粋にお礼を言ってくれたおばちゃんの様子はある意味で新鮮だった。


「さてと、取り敢えず野菜を買って……後はそうだな――」


 適当に日用品でも見繕うか。

 家族から見放されたとはいえ、生活費は送られているので生活するだけなら特に困ることはない……それに俺にとっては異世界とも言える現状において、近くのスーパーなどの知識が予め残っているのは本当にありがたい。


「……カップラーメンだと?」


 スーパーに入って買い物籠を手にした俺の前に誘惑を放つ物体が現れた。

 それは多種に渡る味付けのカップラーメンで……一人暮らしのお供とも言える最高の食事なんだが、今の俺にとっては天敵に等しい。


「……くそ……沈まれ俺の手!」


 作るのは簡単で食べても美味しい最高のカップラーメン、しかし今の俺はダイエットの申し子であるため手に取ることは出来ない。

 必死に理性をフル動員して伸びていた手を引っ込め、俺は野菜コーナーに向かう。


「キャベツ……レタス……ニンジン……ナスビ……」


 大学生になって一人暮らしの経験があったため簡単なものなら料理が出来る。

 まさかその経験がこんな形で最大限に活かせることになるとは思わなかったが、それにしても嵐は随分と不摂生な生活をしていたようだなぁ。


「冷蔵庫に野菜類ねえんだもん。カップラーメンの容器が山になってたし、完全にインスタント食品中毒だぞこいつ」


 それならこんな体になるのも納得というものだ。


「よし、これで良いな」


 買いたいものをレジに持って行き、会計を終えて俺は店を出た。

 少し暗くなってしまったなと思っていると、この体に植え付けられた記憶が刺激される声が聞こえてきた。


「それでさぁ、あたしはアンタなんか好みじゃないって言ったの」

「っ……」


 その声に脳裏にある存在が思い浮かんだ。

 俺にとっては初めて聞いた声のはずだが、そんな俺が思い浮かべたのは嵐の妹だ。


(この声……嵐の妹か。ゲームとかでも全然出てこなかったんだよな)


 家族構成についてはこうして嵐に生まれ変わってようやく知れたことなので、嵐の家族についての情報はそこまであるわけではないが、ただ一つ分かるのは嵐が家族から嫌われていることだけだ。


「それで――」


 俺が声の方向に振り向いたのがマズかったのか、彼女と目が合った。

 中学三年生ということで可愛らしい見た目の女の子で、嵐と同じ血が流れているとは到底思えないほどの美少女っぷりだった。


(……郡道加奈かな


 目が合った彼女――加奈はジッとこちらを見つめ返している。

 隣に居るのはおそらく友人だろうけど、その友人は俺を見て誰なのかと首を傾げている様子だった。


「……きもっ」


 聞こえたわけではない、それでも加奈の口がそんな風に動いた気がした。

 彼女はそのまま友人を連れて歩いて行ったが、やはり記憶の中にある嵐が嫌悪されているというのは間違いではないらしい。


「……やれやれ、困ったもんだぜ」


 ただまあ、俺としてはやっぱり他人事のようにしか思えなかった。

 それからアパートに帰るまでの間、俺は改めて刻まれた記憶を掘り起こすように家族のことについて考えた。

 嵐の両親は健在で兄と妹が居る。

 兄は大学二年生で妹は中学三年生……この中で嵐だけが異端というか、まあ良いと思われる部分を全て兄と妹に奪われたような感じだ。


『どうしてお前はそんなにダメなんだ』

『恥ずかしいわ。あなたみたいなのが息子なんて』


 ……俺は白雪が推しキャラだからこそ、彼女に迷惑をかけた嵐を許せない。

 しかし幼い頃からこんな言葉を両親を含め、兄妹から言われ続けて生きてきたことに関しては同情する。


「だからか……」


 だからこそ、初めて庇ってくれた白雪に嵐は歪んだ感情を持ったのだ。


「でもまあ……越えちゃいけない一線ってのはあるからな」


 嵐は白雪を呼び出して本能のままに襲い掛かろうとした。

 結局それは未遂で終わり、その時点で嵐は物語からフェードアウトして二度と表舞台に出てくることはなかった。

 過去にどんなことがあったにせよ、やっぱり女の子を襲うのはダメってもんだぜ。


『同じクラスの仲間でしょう? どうしてそんな酷いことが出来るのですか?』


 記憶に残る悠然とした彼女の姿……うん、かっこいいねぇ。

 ヤンデレという属性に染まった白雪とはいえ、ただ甘やかしたりするわけではなくしっかりとダメな部分はダメだと口にする……言葉を悪くするなら尻に敷かれるって感じだけど、やっぱり良いよなぁ白雪って。


「……ハーレムルートだとここに翡翠も加わるんだからヤバいよな。たぶんだけどトコアイのせいで性癖ぶっ壊された人とか多いと思うわ」


 もちろん俺は白雪だけでなく翡翠も大好きだと自信を持って宣言するけどな!

 根本的な部分で自分が嵐ではないと分かっていても、記憶として残っているせいで家族に対する不快感を一ミリも感じないということはないが、やはり白雪たちのことを考えると笑顔になれる。


「……そう言えば明後日は休日か。またジムに行くかな」


 明後日の木曜日が休日になるのでジムに行くことにしよう。

 白雪が誘ってほしいと言っていたし……その、正直俺なんかが彼女を誘うなんてことをしても良いのかと不安になるけど良いよな?

 思い切って白雪に電話をする……するとまさかのワンコールで彼女は出た。


『もしもし』

「……もしもし、白雪?」

『はい。早速電話をくれましたね?』

「まあな……早速用件良いか?」

『どうぞ? 察してはいますけど、あなたの声で聞かせてください』


 ……この子、本当に同年代かよと考えてしまうほどに声が落ち着いている。

 彼女の前に嘘も何もかもが無駄だと思い知らされる錯覚を抱くほど、彼女の声に微塵も逆らおうという気持ちが浮かんでこない。


「今決めたんだけどさ。明後日の休みにジムに行こうと思うんだ」

『分かりました。一緒に行きましょう――どこで待ち合わせをしますか? 直接ジムで待ち合わせにします? 何時が良いですか?』


 一気に来ますね白雪さん。

 白雪はどこでも良い、何時でも良いと言ったので昼から落ち合うことに。


『……私だけです……え? ……油断も隙もない』

「どうした?」

『なんでもありません。それじゃあ木曜日の午後で待ち合わせです』

「あぁ。ありがとうなマジで」

『気にしないでください。むしろそれは私の台詞ですよ』


 その後、簡単に話をして電話は切れた。

 学校以外で……それこそ自宅で彼女の声が聴けるとは思わなかったので俺のテンションは爆上がり、もしかしたら明日学校に行った時もニヤニヤしっぱなしかもしれないなぁ。


「……ワンチャン、痩せたら白雪にアプローチとか出来ない……かな?」


 なんてことを考えてしまうのはおそらく、俺みたいな転生者特有の悩みなんだろうなと俺は苦笑し、諦めるようにそのことを忘れるのだった。


▼▽


 そして学校を挟んで約束した木曜日の午後、俺は二人の女性と向かい合っていた。


「……実は聞かれてしまっていまして。それで母も来ることになりました」

「数日振りね?」

「は、はい……」


 俺の目の前に白雪と翡翠が並んで立っていた。

 髪の色が違うだけで顔立ちはとても似ているあまりにも美しすぎる美人親子、俺はそんな二人をただただ呆然と見つめていた。

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