これが貫録

 結局、あの白雪に抱き着かれるという事件の後にすぐ別れた。

 俺としては正に夢のような時間ではあったものの、翡翠の時にも思ったが彼女の豊満な肉体をそこまで感じることが出来なかった……その理由は単純、俺の方が彼女よりも豊満ボディだからだ。


「……はぁ」


 学校に着いて早々にため息を吐く。

 彼女が居たことがない俺にとって、女性に抱き着かれるというのは翡翠の時もそうだったがあまり経験がなかった。

 だからこそ抱きしめられた時に感じる柔らかさというのは一種の憧れなのだが、それを満足に感じられない己のナイスバディに恨みが募る。


(馬鹿がよぉ……この肉めが)


 自分の体に纏わりつく贅肉が恨めしい。

 そんな風に辛気臭い顔をしていると、陽キャの連中に捕まるのも当然で……以前にデブだと罵ってきた斎藤が傍に来た。


「よおデブ、今日も学校に来てんのかよ」

「義務教育……あぁいや、高校は義務じゃなかったな。これでも一応、未来のビジョンは考えてるからよ。学校には来ないとな」

「……………」

「オラつくのも良いけど将来のことを考えてある程度は抑えとけ。意外なところで内申点を落とす可能性もあるからな」

「お、おう……」


 俺の言葉に斎藤は押されていた。

 まあこうやって今までの嵐が彼に対して言葉を続けたことはないだろうし、オドオドとした喋り方に比べてハッキリと受け答えはしてるからな……つうか、なんだよそのポカンとした顔は。


「……お前、本当に郡道か?」

「この腹を見て郡道嵐以外に見えるのか?」

「清々しいほどぽよぽよ……ってそうじゃねえよ! なんか調子狂うな……」


 なんつうか……高校生と大学生というのはそこまでの年齢の開きはない。

 しかし俺からすれば元々の年齢より彼らは四つくらい下になるわけで……そう思うと多少の暴言なんざ可愛いもんだ。


(……ってあれ? そうなると白雪は当然年下ってことになるのか……う~ん、それなのに彼女に引っ付かれてデレデレしていた俺ってやべえなぁ)


 ……まあでも!

 今の俺は高校二年生の郡道嵐だし良しとするぜ……そこまでではあるけど、体に精神が引っ張られる瞬間も若干あるわけだしな!


「デブさぁ――」

「そのデブってのを止めろや」

「デブさぁ、土曜日にスポーツジム行ってただろ? 入ってくの見て俺ら爆笑してたの気付かなかったか?」

「そうなのか? 初めての場所で緊張してたからなぁ……それに、中に入ってすぐに綺麗なお姉さんとプールに行ったからそりゃ気付かないな」


 そう言うと斎藤はめっちゃ聞きたそうにしていたが、すぐに舌打ちをして俺に背中を向けた。

 斎藤はそうでもないが、どうも周りの連中はあっけらかんとしている俺の姿が気に入らないようで睨んでくる……あいつら、完全に嵐のことを揶揄うというかイジメの対象としか見てないだろマジで。


「郡道君」

「ひゃい!?」

「……だからどうしてあなたはそんな風に驚くのですか」


 それはだって……ねぇ?

 いつの間にか傍に居たのは白雪で、彼女はその手に日誌のようなものを持って俺に差し出した。


「さっき気付いたのですが、今日の日直は私と郡道君です。なのでさっき職員室に行って日誌を受け取っておきました」

「……あ」


 そう言われて黒板に目を向けると確かに日直の場所に俺たちの名前があった。


「すまん」

「いいえ、取り敢えず渡しておきますので名前を書いておいてくださいね」

「分かった」


 それだけ言って白雪は席に戻っていった。

 彼女の友人たちがこっちをジロジロと見ながら白雪に何かを言ってるけど、きっと俺みたいなのと日直なんて最悪だねとか話してるんだろう。


「……あ」


 今日の日直欄に自分の名前を書こうとして俺は手を止めた。

 何故なら郡道嵐という名前ではなく、前世の俺自身の名前だったからだ……こういう時にヘマをするからこの先気を付けないとだ。


(しっかし……やっぱり堂々としてると見方は変わるみたいだ)


 さっきの斎藤とのやり取りだけど、オドオドしていたり下を向いてばかりならきっと良いように言われて揶揄われ続けたはず……しかしそれとは逆に堂々とした姿でハキハキと喋れば、それだけ相手も俺の隙を見つけられなくてあんな風になってしまうのは良い発見だった。


「……っと、名前名前」


 しっかり郡道嵐と書いて机の中に仕舞った。

 さて、それからの時間だが朝の堂々とした姿と、特に暗い雰囲気を出さないことを心掛けていたからなのか斎藤のように絡んでくる奴はいなかった。


「……ふぃ」


 時間は過ぎて昼休み、学食を済ませて俺は大の為にトイレに居た。

 俺の体重の全てを受けてもビクともしない便器に敬意を払いつつ、のんびりとしているとにわかに騒がしくなった。


「あ~、まだ昼だぜ……」

「眠たいよなぁ……」

「そうだね。結構今日は眠い日かな」


 おや、この声は……。

 いやいや、俺はこの三人の声を知らない……それなのにどうしてこんなにも気になるのだろうか、特に最後の男子の声が妙に耳に残る。

 これは一体何だろうかと思っていたその時、答えはすぐに出た。


「にしても羨ましいよ俺たちは」

「そうだぜ洋介。鳳凰院さんと仲が良いとか前世でどんだけ徳を積んだんだよ」

「……白雪とはそんなんじゃないよ。ただの昔馴染みだって」


 そう、俺が気になった男子の声はトコアイ主人公の洋介だった。

 ゲームだと声はなかったけど、確かにアニメはこんな声だったかなと思わないでもないが……ぶっちゃけ洋介に関しては本当にあまり印象がない。


(……白雪とはそんな感じじゃない? にしては話を振られて嬉しそうだけどな)


 もう少し聞いてみようか。


「ベタなところで小さい頃に結婚の約束とかしてないのか?」

「してないよ!」

「ふ~ん。それなら洋介はそこまで鳳凰院さんのことを気にしてないのか」

「……………」

「気にしてんじゃねえか」


 そりゃそうだろと俺は一人で頷いた。

 洋介の心情について語られていたので、彼が白雪に対して淡い想いを抱いていることは知っているし、そんな彼の一途な姿に白雪が感化され、そしてルートによってはそんな姿が翡翠の琴線に触れるのである。

 その後、彼らは騒がしくしながらもトイレから出て行き、俺もスッキリしてからトイレを出た。


(……妬ましい)


 洋介の立場が妬ましくて仕方ない。

 ……とはいえ、洋介が主人公であるからこそ俺たちプレイヤーが感情移入出来る場面は多いけれど、それにしては女々しい部分があったりしたのも思い出す。


「……ま、どうでも良いかもう」


 それから教室に戻り午後の授業が始まった。

 そして、授業が終われば放課後がやってくるものの、俺と白雪は日直なのですぐに帰ることは出来ない。


「ばいばい白雪」

「またね~」


 白雪に声をかけて友人たちが教室を出て行き、それ以外の生徒たちも部活に向かったりですぐに居なくなった。

 先生に提出するための日誌を白雪と書いていくのだが、彼女は手伝いながらも俺がペンを走らせている時はジッと顔を見つめてくるので緊張する。


「どうした?」

「いえ、綺麗な字を書くなと思いまして」

「普通じゃないか? 俺よりも白雪の方が遥かに綺麗だ」


 字を褒めるなら俺の顔じゃなくて日誌を見なさいよ日誌を!

 まあ字が綺麗だと褒められることは嬉しいけど、白雪の字に比べると俺の字の綺麗さなんて大したことじゃない。


「郡道君」

「なんだ?」

「改めて念押ししておきますね。今度ジムに行く時は私を誘ってください」

「……はい」


 圧が凄い……。

 彼女の瞳を真っ直ぐに見つめられない恐怖のようなものがありながらも、強烈なまでに感じるその視線にはやはり背筋がゾクゾクする。

 それはMだからとかそういう意味ではなく、彼女の視線を独占出来ている嬉しさによるものだろうか。


「あ、居た。白雪」

「……小泉君?」


 そんな時、教室に洋介がやってきた。

 彼は鞄を背負って向かってくるが、俺に視線を向けたと思えばすぐに逸らし、まるで白雪にしか興味がないと言わんばかりの様子だ。


「まだ時間がかかるの?」

「かかります。先に……あぁいえ、別に一緒に帰る約束はしていませんよね」

「それはそうだけど……一緒に――」

「見て分かりませんか? 日直としての仕事が残っていますので」

「……でもすぐに終わるだろ?」

「終わりません。諦めてください」

「……分かった」


 そこで洋介は俺を睨んだ。

 なんで俺を睨むんだよこいつは……もしかしてあれか? 俺がノロマだから白雪まで遅くなっているとでも思われたのか?

 教室から出て行った洋介の背中を見送り、俺は彼女に聞いてみた。


「昔馴染みなんだろ? 別に後は俺だけで済むし白雪は――」

「彼のことは良いんです。気にしないでください」

「……………」


 ……だからちょっと声の抑揚がないのが怖いんだってば。

 でもやっぱり今の段階だと二人の関係性はそこまでだし、白雪も洋介のことはそこまで考えていないのは確からしい。


「よし、終わったぞ」

「お疲れ様です。あ、後花瓶の水を換えないと」

「そうだな。ちゃちゃっとやってしまおう」

「はい……ふふ」

「どうした?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 白雪が言ったように後は花瓶の水を換えるだけか……しかし、いつもより遅くなったから今日はちょっと運動は出来そうにないな。

 夕飯を済ませた後に近くを走ろうか、なんてことを考えながら俺は白雪と最後の仕事に取り掛かった。








「そこにあなたが居ると分かっても、その体の中にあなたは居ない……分かりますかこの苦しみが。私が触れているのはあなたじゃない、それなのに私はずっと自分の体を何回も捧げ続けたのです――でももう、その輪廻は終わりました。私はもう、あなたを見つけている……逃がしはしません」

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