白い粉雪のように昏い嫉妬心
「……最高に清々しい朝じゃないか」
土日が明けて月曜日になり、いつにない最高の目覚めを経験した。
それというのも土曜日にスポーツジムに行って体を動かしたからなのか、僅かに筋肉痛のような痛みはあるものの体の調子は充実していた。
「まあ二人を想像して色々と……ぐへへ」
だからその笑いを止めろって思うのに出てしまう……おのれ嵐の肉体め!!
二人のことを想像して何をしたのか、言ってしまうと思春期男子が良くするであろうアレになるわけだが、現実に白雪と翡翠を見ただけでなくいやらしい夢まで見てしまい、尚且つ翡翠のあの水着姿……これは逆に抜かねば無作法というもの。
「よし、準備するか」
いつもより早いが学校に行くとしよう。
「……?」
この肉体になって数日は起き上がるのだけでも気合を入れていたのに、心なしか普通に起きれたな……別に体型が変わったわけでもないんだが、もしかしたら小さな変化は起きているのかもな。
「そう思うとダイエットってなんつうか……満足感というか達成感が良いなぁ」
これで分かりやすく何十キロと体重が落ちた時、そして目に見えて体が細くなった時は満足感は果たして……うん、今から想像してもワクワクするぜ!
俺はこれからの自分の変化に期待を抱きつつ、そして翡翠の水着姿と抱きしめられた時に感じた柔らかさを思い出してニヤニヤしつつ、気分の良い出発になった。
「……?」
しかし、その出会い……いや、出会いというより目撃したのは突然だった。
もう少し歩けば学校が見えるかといったところで、前を歩く二つの背中を俺は見つけた……それは男女の背中、しかも片方は白雪だった。
「……あれは」
そしてそんな白雪と一緒に歩いているのは男で……彼こそがこの世界、トコアイにおける物語の主人公だった。
「……背中から幸せ醸してんなクソが」
おっと、お口ワルワルになっちまった。
トコアイの主人公である
嵐と洋介だとキャラの濃さでは嵐に軍配が上がるものの、年頃の少年らしい優しさと正義感は持ち合わせており、特に角が立たずプレイヤーが感情移入を出来る主人公ではあった。
(俺たちは今高校二年で物語が動くのは三年になってからだからなぁ……確か現状だとまだ白雪は洋介のことを意識はしていないはずだ)
だからなんだって話だけど、これから洋介と接することで白雪は彼から向けられる想いに感じるものがあり、そこから徐々に独占欲と親愛がごっちゃになって洋介に襲い掛かる……はぁ羨ましいったらない。
「何話してんだろうなぁ……」
元々幼馴染に近い関係性もあって仲が良く、洋介の回想でも昔から淡い想いを白雪に向けていたことは描写されていた。
だからなのかさっき俺は幸せそうだと思ったのである。
「……………」
洋介と白雪のカップリング、そこに翡翠が加わるかどうかは別にしておそらくはそれがベストな光景だと言えるだろう。
しかし……俺からすればやはり面白くない光景なのも事実だ。
どうして俺は嵐なんだろうか、どうして俺は白雪と決して結ばれることのない人間なんだろうか……どうして、そうずっと考え込んでしまった。
「……はぁ。ったく、困ったもんだぜ」
「何が困ったもんなんですか?」
「何がってそりゃ……あん?」
あれ、俺は今誰と言葉を交わしたんだ?
下を向いていた俺の視線の先にあったのは手入れの行き届いた靴、そこからスカートまで伸びる足と太もも、キュッとしたお腹とその上には豊かな二つの膨らみ、そしてあまりにも綺麗すぎる少女のご尊顔が俺を見上げていた。
「……ぎょええええええええっ!?」
もちろんそこに居たのは白雪なのだが、俺はデカすぎる図体を忘れさせるような機敏な動きで彼女から距離を取った。
推しキャラである白雪から距離を取るのは言語道断だが、この状況においては驚いた俺は何も悪くない。
「……おはようございます白雪さん」
「おはようございます私を置いてジムに行って母に良くしていただいた郡道君」
「……………」
親子だもんそりゃ話をするよな……。
目の前の白雪は無表情で俺を見上げているものの、どこか機嫌が悪そうにしている気がしないでもない。
「……えっと、あいつは良いのか?」
「構いません」
「でもあいつは――」
「構いません」
「あい――」
「構いません」
「あ、はい」
「構いませ……はい」
あ、顔を赤くして俯いてしまった。
チラッとあちらを見ると洋介の背中はかなり遠くなっていたので、俺はそれだけ一人で考え事をしていたってことだろう。
「……いや、やっぱり朝に行こうかって思ったのもそうだし連絡先知らないからさ」
「そう……ですね。郡道君、連絡先を交換しましょうか」
「……え?」
「何を驚いているのですか? 連絡先の交換くらい普通でしょう」
白雪はスマホを手にそう言った。
俺は彼女の有無を言わさない圧に負けるようにスマホを取り出し、信じられない気持ちの中で連絡先を交換した。
「……………」
俺はジッと新しくアドレス帳に載った白雪の名前を見つめた。
俺の……というよりは嵐のアドレスに記載されている名前は極端に少なく、嵐を遠ざけた両親と二度と連絡するなと拒絶した兄妹の名前くらいしかない。
「どうしたんですか?」
「……いや、ありがとう白雪」
「……ふふ、どういたしましてです」
さて、連絡先の交換をしたということは今度は誘わないといけないのかな?
「今度は誘ってくださいね? 母ではなく私を」
「あ、はい」
……ちょっと怖かったぞ今の声音は。
まるで深淵から響き渡るような悪魔の声のようにも聞こえてしまい、少しビビったのだがそれもまたスパイスのように背中をゾクゾクとさせてくる。
「あいつとは行かないのか?」
「今はあなたと話をしているんです。小泉君は関係ないでしょう」
「……………」
……我が強いというか、こんな風にハッキリ言うのも白雪だったなぁ。
しっかし、こうして彼女と話すたびに俺は自分が嵐なのかと疑いたくなる……だってそれだけ嵐は白雪に嫌われているはずなんだ。
(こういう考えもゲームに縛られ過ぎていると言われればそれまで……調子に乗るわけじゃないけど、こうして接してくれる白雪には感謝だ)
この世界で嵐として何か出来ることはあるか……ぶっちゃけると白雪を眺められるだけでも幸せを実感できる。
でもやっぱり、こうして彼女と話を出来るのは大きすぎる。
「こっちの道を通りませんか?」
「え?」
「基本的に生徒はあちらの大通りを歩きますが、こっちはあまり居ないので」
「……はぁ」
流れるままに俺は白雪と歩き始めた。
こうして彼女と一緒とはいえ、何を話せば良いのか正直困る……そんな俺のことを分かっているのか、白雪の方から口を開いた。
「母が楽しそうに話してくれました。偶然知り合った郡道君と楽しい時間を過ごせたと、一生懸命に泳ぐ姿は素敵だったと言っていました」
「……腹の贅肉を揺らしていただけだぞ?」
「何を言ってるんですか。そこに郡道君の努力と頑張りがあるのは確かですから自信を持ってください。私は人の努力を笑うようなことはしませんよ」
「……………」
やっぱり白雪は翡翠の娘だなと改めて思う。
そこで何を思ったのか、彼女は手を伸ばして俺の腹に触れた……ぽよぽよとした腹を撫でるようにしながら言葉を続ける。
「大きいですね」
「大きいだろぉ?」
「なんですかその顔は……ふふっ、ちょっと抱き着いても良いですか?」
「……ふぁ!?」
「鳳凰院白雪、行きますねぇ」
ギュッと、彼女は俺の腹に抱き着いた。
流石に俺がデカすぎて彼女の腕は背中に回ることはなかったが、それでも彼女はグッと抱き着いて離れない。
「何をして――」
何をしてるんだと、そう言いたかったがふと白雪は顔を上げた。
「ジッとしててください」
「……………」
昏く濁ったその瞳に俺は言葉を失った。
何もできず、何も喋れず、何も反応できず……俺はしばらく、彼女に抱きしめられ続けるのだった。
(……何だこの感覚……なんで逆らえない?)
それは果たして、彼女に抱きしめられている故の嬉しさか。
それとも別の何かか……俺はそれに対して答えを出すことは出来ず、彼女にされるがままだった。
「必ず捕らえてみせますからねぇ♪」
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