彼女はあまりにも妖艶すぎる

「……………」


 俺はただただ見惚れていた。

 振り返った先に居た鳳凰院翡翠、彼女の美しさはやはりその歳を全く感じさせないほどに若々しい。

 夢の中で口にしたけれど、それこそ大学生だと……若しくは二十代前半だと言われても疑う人は居ないだろう。


「えっと……?」


 突然話しかけられて振り返ったわけだが、何故か彼女はボーっとしており、今度は俺の方が首を傾げる番だった。

 それはまるで以前に白雪を初めて見た時に酷似しており、そんな表情すらも親子で似ているなと不思議な気分にさせる。


「あぁそういうことね。こういう形であなたは……ふふ、白雪ったら私に黙っているんだもの」

「……どうしたんです?」

「いいえ何でもないわ。話を戻すけど、こういう場所は初めてなの?」

「そう……っすね。その、この体を絞りたくて」


 今もずっと周りの利用客から笑われているお腹を触りながら俺は口にした。

 なるほどと翡翠はクスッと笑ったが、そこには俺を馬鹿にするような意図が全く感じられないようにも見えたのが不思議だ。


(しっかし……ヤバいなこの人は。リアルで見たからこそ伝わるエロさ、人妻でありながら欲求を持て余す美魔女という言葉が良く似合う……そう言われてたけど)


 けどなんで彼女はここに居るんだろうか。

 基本的に翡翠とのイベントは全て鳳凰院家か、或いは外に食事に行った時などのレストラン程度で……スポーツジムでの描写は確かなかったはずだ。


「色々と思う部分があるということかしら。偉いじゃないの」

「あ……」


 翡翠は一切馬鹿にしたりすることはなく、良いことだと褒めてくれた。

 ニコッと微笑んだその姿はやはり白雪に通じるものがあり、どこまで行っても白雪と翡翠は親子なんだなと俺は改めて感じた。

 ちょっと待っててと言って翡翠は窓口に向かい、何かを女性と話していた。


(……何を話しているんだろうか)


 それからしばらく待っていると、翡翠は話を終えて戻ってきた。


「利用するのでしょう? お金などはもう払っておいたから入りなさいな」

「……え?」

「これから私も少し運動することにするわ。アドバイスというわけではないけど、まずはプールで泳ぐことから始めるのも良いかもしれないわね」

「は、はぁ……」


 確かにダイエットに水泳というのは効果的だと見たことがある気がする。

 しかし……この醜い体を多くの利用客に見せるとなると少しあれだが、まあ気にしても居られないか。


「大丈夫よ、私も傍に居るから――頑張る人の努力は報われるべき、それを笑うなんて言語道断。自信を持ちなさい」

「っ!」


 その言葉は俺に勇気をくれた。

 というか今更気にして何になるんだと自分にツッコミを入れ、この体は改めて嵐の物なんだと客観的に考えれば気は楽になった。


「……ありがとうございます」

「良いのよ。それじゃあ待ってるわね♪」


 そう言って手を振りながら翡翠は更衣室に向かった。

 ……って、これってつまり一緒にプールで落ち合う流れなのか? 待ってるなんて言われてしまったし……翡翠の水着……たぶんジム指定の水着だろうけど、ここで俺のスケベ心が働いてしまったのは言うまでもない。

 逃げ出したりすることはなく、俺は水着になってプールに赴いた。


「……ふふっ」

「お相撲さん?」

「おっきい!」

「こら!」


 ええい、好きなだけ言うと良いさ!

 というかお相撲さんと言われるほどじゃないだろう失礼な……まあそれでも、でっぷりと出たお腹は本当に醜いか……はぁ。


「こっちよ!」

「……おぉ」


 ヒラヒラと手を振っているのは翡翠だ。

 俺よりも先にプールに来ていた彼女は、異性だけでなく同性からも視線を集める肢体を見せ付けている。

 水着によって体のラインがくっきりと見え、大きな胸やお尻も綺麗な曲線美を描いており……って、彼女のフェロモンを感じたのかプールから出られなくなった男共が居るぞ。


「……どうもっす」

「簡単にストレッチはしてね。足が攣ったりしたら大変だから」


 言われた通りに俺はストレッチをした後プールの中に入った。

 ひんやりとした気持ち良さに全身が包まれ、これがプールの感覚だなと懐かしい気分にさせられた。


(高校生になってからはプールもそうだけど海とかも無縁だったからな)


 基本的に体育でプールに入ったりしたのも中学生までで、高校生にもなるとそんなことはなかったし、彼女も居なかったから大学生になってからも本当に縁がなかったのだ。


「気持ち良いっすねぇ」

「でしょう? あ、そうだわ」

「?」


 水を掻き分けるように俺の傍に翡翠は近づき、手を握りしめてこう言った。


「こうして知り合ったのに自己紹介をしてないと思ってね。鳳凰院翡翠、よろしくお願いするわ」

「あ、よろしくです。郡道嵐です」


 自己紹介をした後、簡単にお互いのことを話した。

 俺は当然知っていたが彼女が白雪の母であることから始まり、俺が白雪と同級生であることも伝えておいた。

 本来の流れでは嵐は翡翠と出会うことは全くなかったので、ちょっと今の状況を傍から見たらかなり目を疑うような光景だ。


「鳳凰院さんは――」

「翡翠で良いわ。流石に長いでしょうから」

「……白雪と同じことを言うんですね」

「親子ということかしらね。さあ呼んでみて?」

「……翡翠さん」

「それで良いの♪」


 この人……一々仕草が色気を振り撒きすぎるんだってマジで。

 俺は彼女の水着の内に秘められた裸体を見たことがあるのでそこまでだが……いやそんなことはないか、俺は今必死に下半身の一部分に血液が行かないよう心掛けているのだから。


(無心だ無心になれ……無の境地!!)


 必死に自分の中でそう呟き、俺は煩悩を頭の外に消し去った。


「よし――」


 いざ泳ぐとするか、そう思った時だった。

 突然頭の後ろに手が回ったかと思えば、そのまま誰かに抱き寄せられてふんわりとした膨らみに顔が包み込まれた。


「っ!?」

「頑張ってね嵐君。応援しているから」


 誰かなんてわざわざ言う必要もない……俺は翡翠に抱きしめられていた。

 そのまま軽く頭を撫でられた後、俺たちは別れてお互いに泳ぎ始め、気付けばその高揚を忘れるくらいには運動に没頭していた。


「ふぅ……悪くないな」


 体を動かすというのは体力を消費するものの、走ったりするよりは体への負担はそこまでなさそうで良い……まあだからといってランニングを否定するわけでもなく、この辺りはあくまでメリハリという奴だろう。


「しっかし……」


 俺はチラッと泳いでいる翡翠に目を向けた。

 翡翠に関して白雪ほど情報が開示されているわけではないが、亡くなった旦那さんが婿入りする形で結婚し、それから鳳凰院グループを大きくしたのは知っている。

 あのやり取り……もしかしてこのジムも鳳凰院が手を付けた系列だったりするのだろうか。


「っ……」


 なんてジッと見ていたのが悪かったのか、翡翠は泳ぐのをやめて俺に気付く。

 クスッと笑った彼女はそのまま俺の元にまた水を掻き分けるようにして歩いてきたかと思えば、あっと声を漏らして俺に寄り掛かった。


「ごめんなさい。ちょっと足がもつれたわ」

「……いえ」


 思いっきり翡翠が抱き着く形になり、俺の豊満ボディの上で彼女の豊満バストが形を歪めている。


(白雪と揃ってこんな人がヤンデレに覚醒して迫って来るんだろ? しかも怖さは無くてただただ愛の沼に落そうとしてくる……こんなの、主人公じゃなくても逃げられないだろ……)


 白雪と翡翠のイベントは鮮明に思い出せる。

 その全てのイベントに彼女たちの魅力が敷き詰められ、同時に主人公の分身であるプレイヤーにすらその気にさせてしまうほどの魅力が彼女たちにはある。


「これがあなたの……あぁ♪」

「翡翠さん?」

「……何でもないわ。大丈夫よ」


 体をブルっと震わせた彼女は頬が赤かった。

 大丈夫と言った後、僅かに聞こえた吐息の音は妖艶で……とにかく目の毒で俺はそっと翡翠から離れた。


「これからもここには来るの?」

「一応はそのつもりですね。ある程度痩せるまでは」

「そう。なら受付に話は全部通しておくからお金の心配はないわよ。白雪とも仲良くしてくれているみたいだし、これくらいはさせてちょうだいな」

「……良いんですか?」


 確かに俺には金がないけど……。

 悩む俺の肩に手を置いて翡翠は大丈夫だからと、まるで小さな子供を安心させる母のように言い聞かせ……俺は頷くのだった。

 その後、満足するまで俺は泳ぎに泳ぎまくり、翡翠とも雑談をしながら楽しい時間を過ごすのだった。


「それじゃあ嵐君。今日は楽しかったわ」

「こちらこそっす!」


 白雪に続いて翡翠にまで会えるとは……今日は本当に素晴らしい日だった。

 建物の前で別れ歩き出したその時、俺はふと向こう側に歩いていく翡翠を見た。


「……気のせいか」


 以前……そうだ。

 白雪と別れた後に感じた強烈な視線のようなものを感じたのだが、どうもそれは気のせいだったらしい。

 こうして俺は白雪の母である翡翠に会うことが出来たのだった。









「見つけたわぁ♪」

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