それは嬉しい言葉
俺は手に持った冷たいオレンジジュースのことが気にならないくらい、目の前で悠然と立っている白雪に目を奪われていた。
風に白銀の髪を揺らすその姿は神秘的で、ジッと見つめてくるその青い瞳があまりにも綺麗で……やっぱり俺は彼女のことが、鳳凰院白雪のことがとてつもなく大好きなのだと実感する。
(……でも結局、彼女は主人公の元に行く……そして俺は嫌われキャラだ)
そんなどうしようもないことを考えて気分が沈む。
大好きな世界に生まれ変わったとしても、その立場が違うだけでこの想いはどうしようもなく無意味なモノへと変化する。
それならば原作の嵐のように彼女を襲えば良いと、どうせダメながらその豊満な肢体を貪れば良いと醜い声が脳裏に響く。
(確かにそれもありっちゃありだ。だけど……言っただろうが、俺は白雪のことが好きで、彼女を傷つけることはおろか嫌われるのもごめんだってな)
それが俺の信念であり、ずっと変わらない想いでもある。
ま、既に嫌われているので後半の願いは叶わないが……それでも俺はこれから何があっても彼女を傷つけるようなことはしないんだ。
「……つうか、なんでここに?」
色々と考えたが、ようやく俺は彼女に問いかけた。
白雪は相変わらず何を考えているのか分からない表情だけど、それすらも綺麗なのだからとてつもない美人ってのは凄まじい。
「運動している姿を見かけたのです。ですが、よくよく考えれば痩せようと頑張っている人に対してオレンジジュースはダメでしたね」
「……あ」
舌をペロッと出して笑った白雪は俺からジュースを取り、いつの間にか持っていたもう一本のペットボトルを差し出した。
「糖分少なめのスポーツドリンクです。どうぞ?」
「……おう」
俺は唖然としながらも彼女からスポーツドリンクを受け取った。
一応飲み物を買うために小銭は持ち歩いていたのだが、まさか白雪から飲み物をもらうとはな……俺はありがとうと口にした後、ありがたくいただくことにした。
蓋を開けてゴクゴクと熱くなった体を冷ますために飲んでいく……すると一瞬で半分以上が俺の胃の中に消えて行った。
「……うめぇ」
ただのスポーツドリンクがこんなに美味しいと感じるが来るとは……俺の様子をジッと見ていたらしい白雪も喉が渇いていたのかオレンジジュースを飲みながら、美味しいとこれまた可憐に呟いていた。
「私、オレンジジュースのようなものはあまり飲んだことはありませんでした。ですが少し心境の変化がありまして、良く嗜むようになったのです」
「……へぇ?」
……これ、夢なのか?
郡道嵐としての俺は彼女と普通に会話が出来ているぞ……もしかしてまだ原作は始まっていないから大丈夫とか? いやいや、嵐としての記憶の中にはちゃんと彼女に拒絶された光景が残っているからそれはないはずだ。
……分からん、マジで分からんぞどうなってるんだ?
「郡道君」
「ひゃぃ!?」
突然名前を呼ばれて俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
恥ずかしくなって下を向いてしまったが、どうも今の俺の反応に白雪は無反応だったらしく特に様子は変わらなかった。
「ジョギングは確かに効果的かもしれません。しかし、無理に走るとただでさえ体重が足に掛かってしまって痛めてしまう危険性もあります。それに郡道君、その疲れ方を見るに明らかに運動不足ではないですか?」
「運動不足……です」
この体を見れば誰だって分かるだろうそれくらいは。
たぶんだけど白雪は直接口にするのを避けて疲れ方と言ったのだろうか、彼女が今の俺を気遣う理由はないはずだが……まあそう思えばちょっとは嬉しくなるな。
「それならまずは無理に走るのではなく歩くことから始めてみては? それか駅前のスポーツジムなどが良いかと」
「……あ~」
駅前のスポーツジム……それは確か、ゲームでも出てきたな。
主人公が少し体を鍛えたいと言って白雪に紹介されたのがそこなわけだが……確かに一人で無理やり痩せようとするよりは少しばかり誰かに見てもらって運動をするのも良いかもしれない。
「駅前のスポーツジムか……そうだな。ちょっと考えてみるよ」
「はい。是非そうしてみてください」
分かってたけど、主人公に言ったみたいに一緒に行きますかとは言ってくれないんだよなぁ流石に。
そのことに苦笑しながら、俺は改めて彼女に聞いてみた。
「なあしら……こほん、鳳凰院」
「名字だと長いでしょう? 白雪で構いませんよあなたなら」
「……え?」
「おかしなことを言いましたか? そもそも今まで何度も呼んでいたでしょう」
「……それはそうなんだが」
これは……名前呼びを改めて許可してもらったということで良いのかな?
とはいえ流石に学校で彼女の名前を呼ぶのはご法度だろう……もし呼んでしまったなら最後、周りの目がどんなことになるのか分かったもんじゃない。
(主人公も色々あったからなぁ)
物語におけるお邪魔虫は別に嵐だけではなく、二人の仲を認めないとちょっかいを出してくる者たちも当然居た。
その筆頭が朝に俺のことをデブだとなんだの言ってきた連中だけど、それだけ白雪という少女は人気者であり、同時に男からすれば喉から手が出そうになってしまうほどの美少女というわけだ。
「……どうしてだよ。今まで俺は君に――」
鬱陶しいことを何度だってしてきたはずだ。
それこそ、この見た目を負のモノだと考えずに接してくれたにも関わらず、嵐はそれを勘違いして白雪に迷惑をかけたはずなのに……もちろんそれは俺ではない、しかし今はもうこの体は俺なので無関係ではないからこそ気になった。
「郡道君、私は鋭い方だと思っています」
「……え?」
「今、そうやって体を動かしているのは現状を変えたいとそう思っているからなのではないですか? 今までしなかったことをするというのはつまり、何らかの変化があなたの中であったということでは?」
「それは……」
明確に彼女は俺の現状を言い当てた。
もちろん俺が本来嵐ではないことに気付いては当然いなさそうだけど、それでも俺はこの世界で初めて……自分の変化に気付いてもらえた気がした。
「数日前までのあなたには確かに困らせられていたのも確かです。しかし、今のあなたからは……こう言ってはなんですが、あのやましい気持ち悪さを感じないのです」
「……………」
えっと……そう言ってくれるのは非常に嬉しかった。
しかし俺は君と思う存分エッチをする幸せな夢を昨日みたばかりで……当然それは彼女に言えないけど俺の中では申し訳なさが半端ない。
「郡道君」
「っ!?」
そして、気付けば彼女は俺の目の前に来ていた。
その青い瞳に映るのは俺だけ、彼女は真っ直ぐに俺を見つめてこう言った。
「私は頑張る人を否定はしませんし、何より努力を嘲笑うこともしません」
「……………」
「私だって何度も何度も……何度も何度もやり直しました。けれどずっとこの手に掴むことが出来なくて、何度も泣いたものです」
彼女は真剣な面持ちでそう告げた。
彼女ほどの存在だとしても手に入れられない何かがある……それはおかしくないことかもしれないけど、それほどに彼女が求めるモノって何なんだ? この口振りからするに主人公のことではないもんな?
「私を幸せにしてくれる言葉を幾度となく囁いてくれるのに、それでも永遠にずっと迎えに来てくれず……そしてまたやり直して同じことを繰り返す」
「……白雪?」
「……すみません、少し語り過ぎてしまいましたね」
「いや……それは良いんだけど」
今の彼女の様子……ちょっと怖かったな。
その後、彼女は頑張ってくださいと一言残して去って行ったが、俺としてはまさかの展開に困惑もそうだが後になって興奮がぶり返してきた。
「……ふへ……まさかこんな風に話せるなんてな……夢じゃねえよな?」
とはいえ、だからといって彼女に対してどうこうという気持ちはなかった。
ただただ俺は彼女と話せたことに感動し、同時に俺の変化に僅かであっても気付いたくれたことに感謝した――初めて気付いてくれたのが白雪か……何だろう、それがどうしようもないほどに嬉しいんだ。
「よし、取り敢えず無理はせずに軽くジョギングだな……慌てて体を壊したらそれこそ無駄になっちまう」
さあジョギングだと、疲れも吹き飛んで歩きだそうとした時だった。
「……?」
強烈な視線を感じたような気がして振り返ったが、そこには誰も居なかった。
俺は首を傾げた後、改めて体を動かすのだった。
そして翌日、凄まじいほどの筋肉痛に襲われたのは言うまでもない。
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