嵐の日常は正に大嵐の予感

 それは不思議な空間だった。


「あなたは私のモノ、私はあなたのモノ……いえ、モノという言い方は良くないですね。私たちは互いに互いを愛している恋人なのですから。でも今のは嘘でも何でもなくて、それだけあなたのことを愛しているということです」


 彼女が……白雪が俺に抱き着いてきた。

 嵐としての醜い体ではなく、本当の俺とも言うべきか……だからこそこれが現実であり得ることのない夢だと認識出来る。


「あなたはどうですか? 私のこと、好きだと言ってくれますか?」

「好き……だ。どれだけそれを願ったかも分からない。だって俺たちは出会うことは出来ないんだから」

「でも今、私たちは出会えていますよ?」

「夢だからな……夢ならいくらでも出会える」


 そう言うと目の前の白雪は少し頬を膨らませた。


「それでも人は望んで夢を見ることは出来ません。ですから今はせっかくの奇跡に身を委ねるのも良いではありませんか」

「……良いのか?」

「はい。というよりも、あなたは何度も私に好きだと言ってくれた。愛していると言ってくれたではないですか。まさか、あの選択肢は本当の気持ちではないとでも?」

「そんなこと……って、やけにメタが過ぎるだろ白雪さんや」

「うふふっ♪」


 この夢……何を意味しているんだろうか。

 まあ嵐に生まれ変わったことさえも夢みたいなもので、その果てに実際の白雪を見れたのもまた夢みたいなものなんだが……それなら夢の三乗、いくらでも好きなことをしても罰は当たらないか。


「俺は……白雪が好きだ。友達には好きすぎるだろって苦笑されたけど、まあ推しキャラみたいなものだからな」

「その推しキャラが今、あなたの目の前に居るのです。さあ、あなたは私をどうしたいですか?」

「それはもうエロいことをめっちゃしたいに決まってんだろ!」

「……正直ですね。ですがそれは私も望んでいます♪」


 白銀の髪を手で掬うその姿が美しい。

 深紅の制服を脱ぎ捨て、その下のシャツのボタンを一つずつ彼女は外していき、その隠されていた豊かな膨らみが姿を現した。


「っ!?」

「目を逸らさないで、夢なのだから好きなだけ堪能してくださいね?」

「……ぬおおおおおおおっ!!」


 そうだ、これは夢なんだ……夢なら好きなことをしても悪いことはないはずだ。

 それから俺は無我夢中で彼女の体を貪った……そんな俺に応えるように、白雪もまたゲームで見せていた表情の全てを見せて俺を興奮させ、同時に彼女もまた俺のことを求めてくれた。

 そして、全てが終わった。


「情熱的でしたねとても」

「……なあ白雪、本当に良かったの――」

「女々しいですよ?」

「っ!?」


 俺の口元に指を置いた彼女は強くそう言った。

 突然の雰囲気の変化に俺はビックリしながらも、鋭い視線を向け続ける白雪を俺は見つめることしか出来ない。


「あんなことまでしてそのような言葉を私が望んでいないことくらい分かるはずですが言わないとダメですか? 分かってほしいと、わざわざ言わないとダメですか?」

「……………」


 そう言えば、これも白雪だったなと俺は苦笑した。

 彼女はただのイエスマンではない、主人公に対して至らない部分があればきちんと叱責をする厳しさも持ち合わせているのだが……そこもまた飴と鞭、全てを持って包み込む彼女らしい。


「……そうだな。悪かった――最高だった白雪」

「それで良いのです。私も良かったですよとても♪」

「……やっぱり良いなぁ」

「え?」


 俺はボソッと恥ずかしながら呟いた。


「可愛いんだよとにかく。笑顔は可愛くて凛とした表情は綺麗で……それでいて重くはあっても一途で……あはは、やっぱり俺は白雪が大好きだ」

「……っ」

「あ、照れた」

「照れるに決まってるでしょう!? 何をいきなりイケメン面して嬉しくなることを言ってくれてるんですかこの! この!」


 トントンとそれなりに強く胸を叩いてくる彼女が可愛くて仕方ない。

 けどこれは結局夢の邂逅でしかないのが悲しいところだけど……ま、嵐として生きる以上、彼女の嫌われていることを受け入れられる心のゆとりにはなるかな。


「取り敢えず飲み物でも飲んで落ち着きましょう」

「そんなものまであるんか……」

「ありますよ~? はい、あなたの好きなオレンジジュースです」

「サンキュー!」


 って、この子俺の好みまで把握しているのか……ちなみにオレンジジュースは元の俺が一番好きなジュースである。

 やけに俺に都合の良い夢でずっとこれが続けばいいだなんて思うけど、生憎と何度も言うがこれは夢だ――目覚めの時は一瞬だった。


▽▼


「……っ!?」


 パッと目を開けた時、目の前に白雪の姿はなかった。

 俺はどこに行ったんだとすぐに体を起こし……起こせなかった。


「重い……クソッタレが!」


 腹の肉が邪魔をして簡単に起き上がることが出来ない……ったく、どれだけこの体は肥満体なんだよ!

 これは早急に痩せることを頑張らないといけないなと、俺は改めて強く決意をしたのだが、鏡で自分の顔を見て小さくため息を吐く。


「……あんな素敵な夢を見た後、元に戻れてたら更に良かったのに……そこまで都合良くはいかねえか」


 まだ五月で暑くもなんともないのに寝汗をちょっと搔いているし……やっぱり臭いが少しキツイな。

 自分の体臭ならある程度は我慢出来るかもだし慣れるんだろうけど、今の俺からすれば嵐の体の臭いは初めてに近い……かなりキツイ。


「って、学校だ学校!!」


 俺はすぐに立ち上がって学校に向かうための準備をする。

 適当にパンを焼いて食った後、着替えてからすぐにアパートを出るのだった。


「……不思議だな。この辺りもそうだけど、学校までの道のりもバッチリだ」


 中途半端に嵐としての記憶は脳内に刷り込まれているようだが、これさえも分からなかったら本当に大変だったので助かる。

 それから巨体を揺らし、汗を掻きながら歩いているとやっと学校が見えた。


「……おぉ」


 美都丘高校、それが俺の……嵐の通う学校だ。

 もちろん俺もそうだが白雪もそうだし、主人公も通っているはずの学校……まさか実際の目でこの学校を見る日が来るとはなぁ。


「よし、行くか」


 それから俺は教室に向かう。

 主人公は隣のクラスだが白雪は同じクラスで……つまり、あの夢を見た後に彼女の顔を実際に見るってのは中々にハードだな。

 とはいえ、そんなものが気にならなくなるのもまたすぐだった。


(……な~るほど、これが郡道嵐ってことか)


 二年Cクラス、その教室に足を踏み入れた瞬間に多くの視線が集まった。

 男子からは馬鹿にするもの、女子からは嫌悪と……まあ全員が全員というわけではないが、如何にこの郡道嵐というキャラが嫌われているのかが如実に表れている。


(俺たちプレイヤーにも嫌われてたし……ま、こうなるか)


 幸いなのが確かに俺は郡道嵐ではあるものの、転生した影響なのか今の状況をある程度は客観的に見ることが出来ている。

 俺は今の状況を嵐というよりは傍観者のような視点で見れているので、蔑むような視線を向けられても大変だなぁとしか思えなかった。


「よおデブ、今日も学校来たのかよ」

「汗掻き過ぎじゃない? きっしょ」

「臭わねえか? くっせぇ」


 おうおう、好き勝手言いやがれよクソ共がよ。

 今はこんなでも俺は嵐の生き方をなぞるつもりはない、絶対に痩せて吠え面搔かせてやるから覚悟しとけ。


『同じクラスメイトでしょう? そんなことをして恥ずかしくないのですか?』


 その時、ふと嵐としての記憶が脳裏に過った。

 昔から嵐はこうして傷つけられていたものの、それを見かねた白雪がこうして助けてくれた日があったらしく、その一度の出来事が嵐に歪んだ感情を植え付けたのか。

 確かにずっと誰にも相手されず、家族にすら馬鹿にされ見放されて……そんな中で少しでも自分を助けてくれる女の子が居たら惹かれるのもおかしくはない。


(その後の対応が最悪すぎて結局、白雪にも見捨てられたようなもんだが)


 結論として、白雪の厚意を踏み躙ったのは嵐本人というわけだ。

 それから俺は周りの雑音をシャットダウンして寝たふりをしながら時間が過ぎるのを待ち、そしてついに彼女がやって来た。


「おはようございます」


 涼し気な声で挨拶をした白雪は優雅に教室に入ってきた。

 彼女は次から次へと近づく友人たちに挨拶をしながら、チラッと俺の方に視線を向けた。


「っ……」


 その青い瞳が夢と被り、少しドキッとしたが彼女はあくまで現実の彼女……俺に近づいてくることはなかった。


「……はぁ」


 これが俺の日常、これが嵐の日常だと俺は受け入れるしかなさそうだやっぱり。

 周りから向けられる視線は棘もあり嫌悪もあるが、別にイジメというほどのことでもないため、その日は特に何も気にすることなく終わって放課後がやってきた。

 俺は以前運動をした時と同じように、すぐに家に帰って着替えた後、ランニングの為に部屋を飛び出した。


「……ふぅ……ふぅ……ぐぅ!!」


 しんどい……走るという行為がこんなにもしんどいなんて。

 何度もそう思いながら、止めたらそれまでだと俺は自分の体に鞭を打つように頑張って走り続けた。


「……休憩!」


 今日は三キロほど走った後、休憩のためにベンチに座っていた。

 すると、そこでまさかの声が響いた。


「今日も運動、頑張ってるんですね?」

「……え?」


 呆然としながら俺は振り向く。

 そこに居たのは声でも分かっていたが白雪で……どうして彼女がここに居るんだと俺は口をパクパクさせながら唖然としていた。


「また今日も汗が凄いじゃないですか。はい、水分補給をどうぞ?」

「あ、あぁ……」


 俺は彼女からを手渡された。

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