鳳凰院白雪
(……本物だ……本物の鳳凰院白雪だ!)
この体になって初めて俺は外に出て彼女に出会った。
トコアイのヒロインにしてヤンデレ属性マシマシの美少女、腰まで長い白銀の髪は神秘的で顔立ちも非常に整っており、青い瞳は宝石の美しく……そして何より、彼女は高校生でありながら非常に優れたスタイルを誇っている。
(感動だ……まさか現実で彼女を見ることが出来るなんて……っ)
そう、俺は内心で感動していた。
しかし、同時に今までの郡道が彼女にやっていたことが全て脳裏に思い起こされてきた。
『し、白雪さん……俺と、俺とデートしてほしいんだ』
『しません。何度も言っているはずです――これ以上私に関わらないでください』
ただデートの誘いを断っただけ、そしてその後に続いたのは嵐に対する完全なる拒絶の言葉だ。
俺自身が言われたわけでもないのに、真っ直ぐに目を見つめられて告げられた記憶はバッチリと脳裏に残っている……っていうかそうだよな、俺はもう彼女に嫌われている郡道嵐その者なんだ。
「ぶつかって悪かった……それじゃあ」
憧れでもあり、大好きだった白雪に会うことが出来た。
だが俺はさっき家で決めたように彼女を苦しめたくはないし、何より無駄かもしれないが嫌われるのはもっと嫌だ……くそっ、なんで俺はこんなクソデブ野郎になっちまったんだよ。
(……今の自分に当たっても仕方ねえ。取り敢えず、この世界で自分にやれることを俺はするだけだ。まずは痩せる、この醜い体からオサラバするんだよ)
白雪に背中を向けて歩きだそうとした時、バサッと何かが落ちた音がした。
何だろうと思って振り向くと、そこに居るのはもちろん白雪なのだが……彼女は手に持っていた鞄を地面に落したまま、微動だにすることなく俺を見つめている。
「……?」
変わらず俺を見つめてくる彼女に流石にどうしたのかと困惑する。
周りを歩く通行人たちも俺と白雪に対して何事かと視線を向けており……確実に俺が彼女に何かをしたんじゃないかと疑っている視線すら感じる。
(……確かに嵐は白雪に酷いことをするわけだけど、まだ何もしていない状態でこんな目を向けられ続けたら……そりゃ歪むよな)
とはいえ、俺は聖人君子ではない。
なので嵐にどんな過去があろうとも、俺の大好きな白雪を傷つけようとしたことは問答無用で許されることではない――つまり、俺は嵐が嫌いなのだ。
「っ……」
俺は周りから集まる視線に耐えられず、そしてもしも彼女に棘のある言葉を言われたら嫌だと思いもう一度背を向けた。
そしてそのまま歩き出してすぐ、白雪が俺に声を掛けた。
「待ってください。郡道君」
「……え?」
また俺は振り向いた。
確かゲームでは白雪は決して自分から郡道に話しかけることはなかったことも覚えているので、それもあって俺は驚いたのだ。
(郡道って言われても振り向いたことを考えると、もう俺はやっぱり郡道嵐だな)
そんな当たり前のことに苦笑していると、彼女はそのまま歩いてきた。
何をするのかと思っていると彼女は懐からハンカチを取り出し、そして手を伸ばして俺の頬に触れた。
「……何を――」
「ジッとしてください。少し汚れが付いていたのですよ」
「……はぁ」
この子……本当に白雪か?
「……やっと、現実でお会い出来ましたね」
「は?」
「何でもありません。それでは郡道君、さようなら」
「あ、あぁ……」
何が何だか理解する前に彼女は歩いて行ってしまった。
現実でお会い出来ました……とはどういう意味だ? 俺はしばらく彼女の背を見つめ続けた後、何も分からないままランニングを再開させた。
(けど……本当に白雪に会ったんだな俺は)
それはある種の感動だった。
現実で彼女を見るだけでなく、声まで聴けて俺の中のオタク魂が燃え上がって大変なことになっている。
そのおかげもあってか俺は二キロほど休みながら走ることが出来た。
「……死ぬってマジでぇ!!」
この体、マジで重すぎる!!
二キロという距離を大したことないと言う人はいるだろうが、それでもこの百キロを超える体での二キロはあまりにもしんどい。
「……痩せるの諦めようかな」
なんて弱気になったが、やっぱり諦めるわけにはいかない。
もしかしたら何日か経って元の世界に戻る可能性もゼロじゃないけど……って俺死んでるしその可能性はないか流石に。
「うっわぁ凄い体……」
「見ちゃダメだってぇ」
「あはは、ぶっさいくな顔だなぁ」
大学生くらいの女性が三人、俺の体と顔を見て笑いながら歩いて行った。
俺はそのことに憤るようなことはなく、逆にこいつにもっと言ってやれと投げやりになるほどだ……はぁ。
「白雪だけじゃなくて……母親――翡翠にも会ってみたいなぁ」
白雪の母である翡翠も恐ろしいほどの美人だ。
夫を亡くしてから欲求の不満も抱えており、彼女とのエッチシーンは白雪よりも遥かにエロかった。
『私があなたを支えてあげるわ。なんだってしてあげる、なんでも叶えてあげる。この寂しい心を埋めてくれたあなたを愛しているわ。娘と一緒に、ずっとずっと、あなたを愛するから――だからどうか、逃げてはダメよ?』
翡翠はとにかくそのドロドロとした母親としての愛で包み込むタイプだ。
周りのことがどうでもよくなるほどに、それこそ本来の母親すら忘れて翡翠にどっぷりと浸かりたいとプレイヤーにすら錯覚させるほどの魔性の女性だ。
前世があるならサキュバスじゃないのか、そう言われてしまうほどに色気を放つ未亡人なのである。
「……翡翠も白雪みたいに強烈な言葉を残すんだよなぁ」
思い出した台詞はこれだ。
『私も白雪と同じよ。あなたがどんな存在になっても見つけ出してみせる。何も私たちを分かつことなどできない……それは神であっても、悪魔であっても、私たちの繋がりを阻むことは出来ないのよ。だから安心して、必ず私たちはどんなことがあっても巡り合うことが出来るのだから』
もはや母子揃ってヤンデレの極みだ。
白雪と翡翠の母子ルート……つまりハーレムエンドの終わり方としては、普通に彼女たちにとことん愛されて終わるというハッピーエンド……なのだが、後に公式サイトで発表された言葉にこんなものがあった。
“白雪と翡翠は主人公のことをとにかく愛し尽くします。それこそ、二人のことしか考えられないほどに愛するんです。なので二人の住む家は【とらわれの館】と言っても間違いはないでしょう”
愛という名の牢獄に囚われるからこその言い方だった。
何それ幸せ過ぎないかよと俺を含め多くのヤンデレ愛好家たちは主人公のことをそれはもう羨んだ。
「……この世界に居るであろう主人公を呪い殺したい」
そんなことを思いながら、俺はまた帰りを頑張って走るのだった。
汗だくになりながら帰ると待っているのは部屋の掃除……巨体から流れ出る汗のせいか臭いもかなり酷く、さっき白雪に何を思われてしまったか考えるのも怖くて仕方ない。
「……はぁ」
ちゃんと痩せることが出来るのか、俺は嵐として生きることが出来るのか、多くの不安要素を感じながらもなんとか掃除を終えた。
今日は日曜日ということでまた明日からは学校が始まる。
ある意味で別世界の学校というのもそうだが、白雪たちが居るということに怖さと同時にワクワクも抱いている。
「……ぐふふっ、色んなことを思ったけど……やっぱり白雪はエロいなぁ!」
おっと、大変気持ち悪い笑みが零れてしまった。
この笑い方は嵐の笑い方なので、どうにか人前で出さないようにしないといけないなと、俺は心がけることにした。
ただ、この体の持ち主である嵐がどんな風にクラスメイトに思われているのか、それを俺は他人事ながら思い知ることになるのだった。
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