ヒロインを襲って人生が終わる男に転生したのに何かがおかしい件

みょん

転生、出会い、絶望

「……まさか、こんなことになるとはなぁ」


 俺は鏡を見てそう呟いた。

 呆然とした様子で鏡に映る男は太っていた……それこそ、高校生なのに百キロはあるんじゃないかと言わんばかりの巨体だ。


「……いてっ」


 その巨大な肉の塊に手を当てて抓ると痛みが走る。

 この醜いぶよぶよとした体は間違いなく自分のモノなんだと、俺にどうしようもないほどに思い知らせることとなった。


「……はぁ」


 一旦状況を整理するために、落ち着くとしようか。

 まず、この体は俺のモノではない……こんなことを言うとお前頭大丈夫かと間違いなく言われてしまう案件だけど、本当にその通りなのだ。


「なんでこうなったんだ? 直前の記憶が全く……いや」


 その時、俺は思い出した。

 今こうして意識がしっかりする直前のこと、それこそ以前の俺が終わる瞬間のことを鮮明に――。


「っ!?」


 大きな音が鳴り響いたと思えば体に激突した巨大な何か……あれはトラックか。

 別に道路に飛び出したりしたわけでもなく、信号待ちをしていたところに突っ込んできたので居眠りでもしていたのか、はたまたスマホを触っていたのかはもう俺の知る由じゃない。


「つまりこれは転生って奴なのか? まさか俺がそんな立場になるなんてな」


 人間不思議なモノで、到底受け入れがたいことでも実際に経験すると勝手に頭が受け入れてしまうらしく、今の俺はこの新しい体になったことを半分以上は受け入れていた……って、それは良くてもう一つ問題があったのだ。


「この体……この顔……郡道ぐんどうあらしじゃねえか」


 郡道嵐、それがこの体の持ち主の名前だ。

 まあ見た目もそうだけど、この体に宿っている記憶が俺と同化したことでそれが分かったことでもあるんだが……まさか郡道嵐とはなぁ。


「常闇の愛であなたを包む――通称トコアイの噛ませであり悪役キャラなんだよな」


 俺も以前の世界で何度もプレイした少しばかり重たい愛が描かれるラブコメメインのエロゲーであり、漫画やアニメなど色んな展開を見せた作品だ。

 特に複数ヒロインが居るというわけではなく、主人公の同級生である女の子がメインヒロインであり、サブヒロインにその子の母親が居るといった感じで、ルートによっては親子丼を味わえたりして中々にエッチな作品だった……エロゲだから当然か。


「……はぁ」


 正直に言えば、俺はこのゲームが大好きだった。

 重たい愛を持つ女の子全般に言われるヤンデレというジャンルを俺が気に入っていたのもあるし、何よりヒロインの子とその母親がとてつもない魅力に溢れている。

 主人公に一途なのはもちろんのこと、ただのイエスマンではなくダメなことはダメだと口にし、主人公を叱ることの出来る強さも併せ持ち……そんな全てが合わさっての重たい愛ということで、本当に魅力溢れる作品だった。


「突然のことで驚いたよそりゃ! けど……けどこういうのって普通は主人公に転生とかじゃないのかよ神様! なんで悪役なんだよ……っ」


 こんな見た目でありながら、郡道嵐はヒロインに歪んだ愛を持った少年だ。

 エロゲで言うならこういう悪役のことを竿役とでも言うだろうが、郡道嵐はあの手この手でヒロインに手を出そうとするが失敗し、最終的にナイフを手に殺そうとしてそれを主人公に阻まれて警察に捕まり退場と……まあそんな奴だ。


「……俺はそんなことしないけどさぁ。でも……はぁ」


 醜い嫉妬の行き着く先はいつだって不毛なモノだ。

 俺は郡道嵐の生き方をなぞる気は更々ないし、気に入ったヒロインである彼女たちを困らせたりはしないし……嫌われるのも言語道断だ。


「って……確か今までも何度かちょっかい出してたからヒロインには嫌われてるんだっけかこいつって。もう詰んでんじゃん」


 拙者、既に詰んでいたし夢も希望もなかったでござるの巻。

 確かにこのゲームをプレイしていた身としてはしょっちゅう出てきたキモデブくらいの認識から始まったけど、喋り方も行動も全部が執拗に気持ち悪くてとっとと退場しろって何度も思ったくらいだ。


「完全にキモデブが寝取るフラグびんびんに立ってたけど、カテゴリーの枠にNTRはなかったからなぁ。それで安心してたくらいだもんな」


 それでも結局、主人公はヒロインたちと結ばれることになりめでたしめでたし……時間さえあれば何度もやりたいくらい面白かったけど、もうそれも無理な話か。


「……これからどうすっかな」


 俺はもう郡道嵐として生きるしかないのは確定事項だ。

 こうして転生したことでこいつの記憶をある程度理解したけど、親から少しずつの仕送りをもらうだけで繋がりはもはや絶たれているようなもの……そりゃあ親からしてもこんな息子は遠ざけたいってよな。


「ていうかこいつ兄と妹が居るのか。初めて知ったわ」


 ゲームでも漫画でもアニメでも、嵐のそういった部分は一切描写がなかった。

 記憶に残る限りだと兄からは不出来だと馬鹿にされ、妹からはこんな兄貴が居るのは恥だと罵倒もされているようだし……うん、これは確かに歪むとは思いつつ女の子に手を出して良い理由にはならないぜ。


「郡道嵐か……そうじゃなくて、主人公になって……それであの子に愛されたなら最高なんだろうに」


 鳳凰院ほうおういん白雪しらゆき、名前からインパクトがあるようにかなり裕福な家のお嬢様だ。

 父は幼い頃に他界しており、サブヒロインである母親と一緒に暮らしている。

 高校生とはとても思えない大人びた容姿はもちろんのこと、性格もかなり成熟していて本当に出来たお嬢様だ……分かるか? ここに圧倒的なまでのヤンデレ属性が加わってとことん愛されるんだ――ヤンデレ好きにはたまんねえよ。


「……はぁ」


 何度考えてもため息が出る。

 そんな大好きな世界で、大好きなヒロインが居るというのに既に俺は嫌われていてもおかしくはないという現状……何もしなくても、俺はただ傍観者として主人公とヒロインのイチャイチャを眺めることしか出来ないわけだ。


『私はあなたを愛しています。たとえどんな姿に、どんなに人間に……いいえ、それこそどんな存在に生まれ変わったとしても必ず私はあなたの元に参ります。私はあなたに全てを捧げ、全てを捧げていただきたいのです……あぁ愛おしい人、たとえ死が私たちを分かつとしても、絶対に私はあなたを愛し続け……そして輪廻転生の果てに再びこの愛をあなたに誓います。だから絶対に逃がしません――もう一度言いますからね? 私はあなたがどんな存在に生まれ変わっても必ず、この愛を誓いますよ』


 それがエンディングにおける白雪の言葉だった。

 何度もゲームをプレイしたからこそ、その言葉は何度も俺は聞いた……ハイライトの消えた目でありながら、確かな愛を感じさせる彼女の言葉を何度も何度も俺は聞いたんだ。


「……ま、母親を含めたハーレムルートも凄まじかったけど」


 あっちもあっちで破壊力は凄かった。

 ただでさえ愛の重たい白雪だけでなく、その白雪を産んだ母親も例によってヤンデレであり、どっちかと言えば白雪よりも圧倒的なほどに愛が重いのだから。


「それももう泡沫の夢か」


 俺はしょんぼりとしながらも、もうこの体で生きて行くしないのならそれを受け入れるまでだと腹を括った。


「俺は郡道嵐……逃げられないなら、全力で生きてやるさこんちくしょー」


 取り敢えず、まずはこの体をどうにかしようかと意気込んだ。

 元々の俺は平均的な体型だったのもあって、本当にこの大きな体は動きづらく、それこそ体内環境は最悪なんじゃないかと容易に想像出来る。


「まずは痩せるか。それで人並みの体を手に入れるとするぜ!」


 大好きなエロゲの世界に転生してまずすることの目標、それはダイエットだ。

 俺はすぐに汚い部屋の中を歩き回ってタンスに近づき、運動着に着替えて外に出るのだった。


「……帰ってから掃除もしないとな」


 この部屋汚すぎるだろ……良く住めるなこんな場所に。

 やることは山積みで嫌になるけど、これも全部嵐としての生き方を受け入れるために必要なことだ。

 年季の入ったアパートから飛び出し、俺は早速ランニングを開始……だがすぐに息が上がってしまい休憩しないと体は動きそうにない。


「ぜぇ……ぜぇ……しぬぅ」


 そんな風に息も絶え絶えになりながら歩いていたのがいけなかったのか、俺は一人の女の子とぶつかってしまった。


「おっと、すまな……っ!?」

「いえ、こちらこそ余所見をしていて……?」


 美しい白銀の髪が風に揺れていた。

 夏が到来する前の涼しい風が吹き抜ける道、そこで出会ったのは……まさかの相手だったのだ。


「……白雪?」


 この世界のヒロインである鳳凰院白雪が、俺をその青い瞳で見つめていた。

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