37話 最強の殺し屋の過去

 車をできる限り早く走らせること数十分、俺は元いた組織に辿り着いていた。森の中にあり、高級なホテルのように大きなその建物は、殺し屋の組織なんていう事実を感じさせないような雰囲気だった。でも、その建物の中にいるのは全員殺し屋関係の人間だ。


「………行くぞ。」


 俺が端的にそう言うと、紫苑と香純は即座に頷き、俺たちは走り出した。森の中に車を停めたので、すぐに気づかれるということはないだろう。だが、それも時間の問題だ。組織の内部に入ったら嫌でも戦闘をしなくてはならない。きっとすぐに小百合に連絡が行くのだろう。零がどこにいるのかわからない以上迂闊に行動できない。だが、急がなければいけない。零の身に何かがあってからでは遅いのだ。俺は零を命に変えてでも守らなければならない。それは昔から…零を連れ帰った時から覚悟していた。ただ、こんなに急にその可能性がある時が来るとは思わなかった。


「……私たちで勝てるのでしょうか……。」


 走っていると、隣から心配そうな紫苑の声が聞こえた。確かに心配する気持ちもわかる。だけど、今心配している暇はないのだ。それに、勝てなかった時の覚悟だってしているはず。もしかしたら殺される可能性があることも覚悟しているはずだ。


「……それはわからん。が、負けた時のことも覚悟しなきゃダメだぞ。死ぬ覚悟もな。」


「……分かってます。けど、実際にその可能性があるところに来ると実感が湧かないっていうか……。」


 正直俺も実感は湧いていない。この森を抜けてあの聳え立つ建物に入ったら殺し合いが始まるなんて、未だに理解できていない。それもこれも、全てが突発的すぎるせいだ。もう少し時間をかけて何かを仕掛けてくるのだったら実感が湧くのかもしれない。が、そんな時間すらなく、すぐに小百合は仕掛けてきた。それも零を誘拐すると言う、俺がされることの中でトップレベルに嫌なことをしてきて。


「本当にあいつは性格が悪い。」


 あいつの言っていた作戦が今回のことだと認識するたびにイライラが、憤りが心の中に積もっていく。仕方がないだろう。俺は零を俺から卒業させるために少しだけ冷たい態度で接していたが、実際は大切に思っていたのだ。そこに恋愛感情なんてないはずだが、それでも守らなければならない存在として大切に思ってきた。だからこそ俺なんかに縛られずに自分の幸せを見つけて欲しかった。その道を作ってあげるのは俺の義務なのだが。


「………着いたか。」


 しばらく走り続け、俺たちはついに組織の目の前に到着した。このまま正面突破をするべきか、それとも何か別の入り口から入るべきか悩むが、正面突破をしても全くの無意味だ。


「回り込むぞ。ここから入ったら数の差で死ぬかもしれん。」


 玄関から入った途端全方位から射撃とかしれたらたまったもんじゃない。少しでも危険は回避するべきなのだ。だから俺たちは周り込み、小さな扉を見つけた。そしてドアノブに手をかけ回すが、ガチャリという音がしてドアノブは回らなかった。


「どうするの?一縷ってピッキングできるっけ。」


 そんなことを聞いてくる香純に俺は自信満々にこう返した。


「安心してくれ。ピッキングは俺の専売特許だ。」


 常備している針金をカギのような丸い形にして鍵穴に差し込み、しばらくカチャカチャといじる。しばらくすると、ガチャという音と共に鍵が開く音が聞こえた。


「本当になんでもできるじゃん……。」


 昔にそういうことをする機会があったなんて言うわけがなく、俺たちは中に入っていくのだった。そして、そのままこっこり進み零を解放しようとそう思っていた。のだが、現実は非常でそんなにうまくことは進まなかった。入っていった扉のすぐ近くに人がいたせいで、鍵の開く音で周りに報告をされてしまっていたようだった。周りには人だかりができていた。


「……やむおえない…か。」


 できれば目立ったことをしないで進みたかったが、いかんせんこいつらが戦闘を仕掛けてきそうな気配を醸し出していたので、俺たち3人は臨戦体制に入る。そして………





 一瞬でその場は片付いた。そもそもとして、俺という人間がいながらただの組織の人間が戦いを挑もうなんて馬鹿なことなのだ。俺は周りに倒れている奴らを一瞥してから一息つく。


「こいつらを倒したことも既に知られてるんだろうな。」


「誰かしらがすぐに報告したでしょうからね。仕方がないことですよ。」


 いきなり現れた奴らを倒し終わり、ここに止まる理由はなくなったので、俺たちは再び進み出そうとした。その時だった。奥にある階段からゆったりとした歩調の足音が聞こえた。何か嫌な予感がした。終始感じているこの感覚だが、いつも以上に俺の中で警告を鳴らしていた。そして、その足音の正体は俺たちの前に姿を現した。


 その瞬間だった。その正体を確認した途端、俺の中に燃えるような憎悪が渦巻き、凍えるような殺意が身体中に巡った。だって、そいつは


「久しぶりだなぁ。蘭一縷ぅ。元気してたかぁ?」


 そう俺の名前を呼ぶそいつの名は


「古着……京………」


 古着京(ふるぎきょう)。それがそいつの名前だ。そいつと俺は昔、知り合いだった。あるところで一緒に暮らしていた。そして、俺が大切な人を手にかけた原因を作り出したのはこいつだった。


「あれ?昔みたいに古着さんって呼んでくれねぇの?生意気になったじゃん。また躾けてやろうか?あの時みてぇによぉ。」


「あの……蘭様?あの方は一体何を言ってるのですか?」


 その紫苑の問いに答えたのは俺ではなく、古着京だった。


「あぁ、別に昔の知り合いだよ。と言ってもただの知り合いじゃねぇけどなぁ。少し訳ありの知り合いって感じだよ。なぁ?蘭一縷ぅ。」


「…………………。」


「一縷?どうしたの?倒さないの?」


「…………………。」


 言葉が出ないとはこのことだろう。なぜこいつがここに居るんだ?少なくとも俺がこの組織にいた時こいつはここにいなかった。だったらその後にここにしたのだろうか。だとしても疑問は残る。こいつは俺たちが育ったあの場所が好きだったはずだ。力さえあれば何をしようが勝手なあの場所。古着京には力があった。誰もを暴力で屈服させることのできる力が。そして、その力に屈服させられていたのは俺だって同じだった。





〜10年前〜



「おい蘭。例のアレは?」


 目の前にいたのは古着京という男で、僕よりも何歳か年上でかなり大きな体をしていた。そして、僕はこの男が薬物を吸うのを手伝っていた。手伝っていたというのは、薬物を何処かから盗んでこの男に渡さなければならないから。そして、手伝わなければ半殺しにされる。ここは法律なんていうものが存在しない。己の力で生き抜かなければならない場所だった。そして今、俺は薬物を要求されていた。いつもだったら渡せていた。だが、今回は渡せなかった。いつもある場所に無くなっていたのだ。渡せないのが怖くて、僕は必死になって探した。けど見つからなかった。


「……その……ありませんでした。」


「………は?何言ってんの?お前。」


 僕が無いという事実を告げると露骨に不機嫌になる古着京。その態度が僕は怖くて、萎縮していた。


「す、すみません……急いで探してきます!」


 僕は怖くなり、すぐに探しに行こうと身を翻した。そしてその場をさろうとした途端、ものすごい力で肩を掴まれた。


「逃げんの?」


「………すみません…。」


 そして、その日僕は一方的な暴力を受けた。正直な話、1週間に一度はこうして殴られ蹴られる。僕じゃ無い人も、この古着京という男には殴られたりしている。本当かは知らないが、こいつは少し前、ある家族を殺したという噂も広まっていた。そこからいつも以上に古着京へ対しての恐怖心は強まった。


 それから、薬物を渡せない日々が続いた。当然のように暴力を受け、僕の体はボロボロだった。だが、そんなある日、別のことを命令された。


「女を連れて来い。できれば俺と同い年くらいの。お前なら連れてこれるだろ。ガキの中じゃ強い方なんだし。」


 当然自分の身が大切だった僕は、女の人を毎日古着京のところへ連れて行った。それまでは良かったんだ。


 僕には大切な人がいた。自分の身が一番大切だと思ってしまうこの場所でも、その人のためなら全てを捨てることができると思うほど、僕はその人が好きだった。女を連れて来いという命令になってからは、殴られることは減って行った。だが、悲劇というものは突然やってくるもので、古着京は僕の大切な人を連れて来いと言うようになった。当然僕は連れてこなかった。僕はいつものように殴られたりして終わりだと思っていた。けど、それは違った。


 その僕の大切な人は、古着京に攫われた。それも僕の家族と共に。家族には古着京と関係があることを伝えていなかったため、かなり驚いたと思う。


 僕は大切な彼女を救うために、古着京がいつも居る場所にやってきた。が、少しだけ遅かった。古着京は彼女を既に襲い終えていて、僕の家族は怯えていた。彼女は虚な目をしていた。


「ハハッ。遅かったなぁヒーローさん。もう終わっちまったよ。そしたらこいつなんて言ったと思う?死にたいだってさ!ははは!」


 呆然とする彼女を指差しながら笑う古着京。当然殺したかった。でも、僕には古着京に勝つ力がなかった。


 すると、古着京は突然こんなことを言ってきた。


「こいつ死にたいって言ってたからさ!良いことを思いついたんだよ!」


 嫌な予感がした。心の底から吐き気を催すほどの悪寒を感じた。そして、古着京は告げた。その良いこととやらを。


「お前がこの女を殺せよ!殺さないんだったらお前の親を殺すからさ!」


「………は?」


 意味がわからずに変な声が口から漏れる。当然だ。意味を理解することなんて不可能だ。こいつは今何を言ったのだろうか。僕が彼女を殺す?殺さなければこいつが僕の親を殺す?


「……一縷……もう私……死にたい…。」


 突如として、僕の彼女はそう呟いた。


「だからさ……殺して?」


 両親は黙って震えていた。こういう時に大人が対処をするはずなのだが、こんな場所ではそんなのも意味がなかった。


「ほら蘭!こいつもそう言ってるぞぉ!!ほらほら、早くしないと俺がお前の親を殺すぞぉ!?」


 そして、そして、そして、


 僕は彼女を殺した。首を絞めたことによる絞殺だった。彼女は首を絞められてから死ぬまで、辛そうな楽そうなよくわからない表情をしていた。


 結局親もこいつに殺されて、自分の命以外全てを失って、俺は決意した。もう何も失わないくらい強くなると。そして、古着京にバレないように特訓をして、何度も修羅場をくぐり抜けて来た。そんな時、俺は柊小百合に拾われた。その時の小百合はまだ強くなかった。そして、今に至る。




〜現在〜


「なぁ、蘭一縷ぅ。俺は思うんだよ。お前の目の前であの女を殺したらどうなるんだろうってなぁ。仕方がないと思わないか?俺のおもちゃだったお前が突然消えたんだ。久しぶりに再開したお前で遊んでやりたいって思うのも当然だと思うんだよぉ!!」


 古着京の目は始終狂っていた。瞳には光が無く、すでにこいつは人間じゃなかった。そして、俺という存在がいるからこそ、小百合に誘われた時にこの組織に入ったのだろう。俺で遊ぶことができるし、気に入らなかったら俺を殺すことができるからと。


「あのトップの女にはお前はまだ殺すなって言われてるからよぉ、捕らえるだけで良いんだとさ。だが、捕らえた暁にはお前の目の前であの女を犯した後にぶっ殺してやるヨォ!!」


 醜悪に満ちた笑みを浮かべながら、そう叫び俺に言葉を放ってくる古着京。


「ここで大人しく俺に連れ去られるか、それとも俺に抵抗して痛い目見てから連れ去られるかどっちにするんだぁ!?」


 そして、古着京が放つ叫び声を聞いていた俺は、ある確信を得た。こいつは俺が世界最強と呼ばれていたことを知らない。


「……蘭様……落ち着いてください。殺意が抑えきれていません。頭を冷やしましょう。」


 隣で俺に落ち着くように促してくる紫苑。傍観者の立ち位置にいる香純。目の前で俺という存在で遊ぼうとしている古着京。そして、零が誘拐されて、目の前の古着京という男を見て、過去にないほど憤っている俺。


 そんな中、少しの間静寂が訪れて、やがて俺は一言発した。


「何様だよ……お前。」


 そう俺が言葉を発した瞬間、俺は既に地を蹴り、古着京の首を締め上げていた。


「がぁ……おま……え。」


 苦しそうに、なんとかといった風に言葉を絞り出そうとする古着京。そんなこいつに、俺は冷酷に、無情に告げた。


「お前は俺のことをまだ雑魚だとか玩具だとか思ってるかもしれないが……計算を誤ったな。俺は過去世界最強って呼ばれてたんだ。そんな俺に、お前ごときで勝てると思ったのか?」


 俺は首を絞める力を強めながら、言った。


「俺にお前を殺す勇気なんて無いと、本気でそう思っていたらしいが、生憎と俺は今ブチギレてるんだ。自分で何をするのかすら、わからないくらいにな。そんで、お前は俺の目の前に現れてくれた。タイミングが良かったよ。だって、俺のいくつかある目的の中の一つは」


 そうして、俺は幾つかある目的の中の、本命の、過去ずっと前から決意していた目的を告げるのだった。


。」

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