36話 最凶の殺し屋が零を誘拐!?
「………は?」
口からは素っ頓狂な声が漏れる。家の中は荒らされており、強盗や空き巣が入ったかのような惨状になっていた。壁には引っ掻き傷があったり、カーテンが破かれていたり、家具が倒されていたりと、何者かが暴れたような……まるで何かから抵抗したかのような跡が残っていた。そして、その惨状はあることを意味していた。そして、スマホを急いで見ると、『助けて』という零からのメッセージが届いていた。
「……零が……誘拐された?」
恐らくだが、零は何者かに誘拐されたのだと思う。だが、なぜ?なぜこのタイミングで誘拐されるんだ?周りにいた護衛は何をしていたんだ?そして、なんで俺は零からのメッセージに気がつかなかったのか?と、そこまで思考が回って、俺は真実に気がつく。気がつけば俺は走り出していた。
「………クソがっ!」
吐き捨てるようにそう言い捨て、全速力で俺は外に出た。
「ちょ…どこ行くの!?」
香純がそう叫ぶが、そんなの知らない。俺はここがアパートの2階ということすらも関係がないかのように、階段を使わずに飛び降りる。周りを歩く人からは人間じゃないかのようなものを見るかのような視線を向けられたが、気にしない。俺は急いで車に乗り込んでエンジンをかける。そして、直後に慌てたように入ってくる香純と紫苑。
「いきなり何が起こったの!?説明して!」
状況がわかっていないかのように叫ぶ香純に対して、俺は車を発進させながら説明をし出した。
「零が誘拐されたんだ。そして、なんで誘拐されたのか。それは小百合の作戦だ。」
俺の言葉に呆然とする香純。
「お姉様の……作戦?」
その問いに俺は首肯を返す。小百合の作戦はこれから始まるのではない。既に始まっていたのだ。それも、かなり昔に。
「でもなんで誘拐できたの!?家の周りには護衛がいるはずでしょ!?」
確かに、その護衛がいる限りすぐに誘拐をするなんてことはできないだろう。たとえ小百合がここに来たとしても、誰かしらが連絡を入れるはずだし、それが可能なはずだ。でも、香純に連絡は来なかった。それどころかGPSも壊されていて、零の危険を知らせる通知がくることはなかった。つまり、何が言いたいのかというと
「あの護衛は全て小百合についていたんだ!」
「………は?どういうこと?」
状況がいまいち飲み込めていない様子で辺な声を漏らす香純に、俺は車をできる限り速いスピードを出しながらも、懇切丁寧に説明をした。
「あの護衛はかなり前から小百合側についていたんだ。だからお前に連絡が行かずに零を誘拐することができたんだ。恐らく護衛の中にはピッキング術に長けているやつがいたんだろう。だからこそ鍵を開けて中に入ることができた。」
「つまり……裏切られたってこと?」
絶望的な表情と声色でそう呟く香純に、俺は肯定をした。あの護衛全員が小百合側だとわかった今、仲間は俺と紫苑と香純の3人だけで、他は全員敵だということが理解できた。その状況を理解したのか、紫苑も香純もこれでもかというほどに絶望的な顔をしていた。
「そうだ。……クソ。俺がメッセージに早く気づいていれば間に合ったかもしれないのに……。」
俺は懺悔の言葉を口に出す。が、ぼやいていても状況は変わらない。俺がやらなければいけないのは小百合の組織に行き零を取り返すことだ。
想像できなかった。零を誘拐することが作戦の一部だなんてわからなかった。俺は世界最強と呼ばれたことがあるがゆえに、なんとかして取り返すことができるかも知らない。だが、零を人質に取られてしまったらどうなる?恐らくだが、何もできない可能性が高い。
もし俺が死ねば零を解放すると言われたら俺はどうするのだろうか。小百合の目的は俺を殺すこと。そう言った取引をしてきてもおかしくないのだ。だが、結果なんてわかってる。俺は恐らく、そう言われてしまったら死を選ぶ。それが多分零のためにもなるし、何よりも罪滅ぼしになる。言ってしまえばただの自己満足だ。
「ねぇ……展開が急すぎて追いついていけないんだけど……今からお姉様と戦うってことで良いよね?」
「……あぁ。俺たち3人は今から小百合の組織と戦わなければならない。正直絶望的だ。なんせこっちは3人しかいないんだからな。」
言葉の通り、こっちには3人しかいない。でも、なぜだろう。普通の人たちが沢山いたところで、負ける気がしない。俺は元々世界最強と呼ばれていた。香純は姉に比べれば見劣りするが、天才だ。そして紫苑も小百合に厳しく育てられていたせいで普通の人間なんかよりも何倍も強い。小百合が実際に来なければ負けることはないだろう。ただ、負けることは許されない。零を取り戻して、俺の目的を達成するまでは、零を人質に取られない限り死ぬことは許されないのだ。
「……なんか……一縷が慌ててるの初めて見た。」
こんな緊迫した状況下でそんなことをいきなり言い出す香純。確かに俺が慌てるようなところは、昔を除いて人には見せたことがないかもしれない。だが、俺は冷静だ。冷静だからこそ状況を分析できるし説明をすることができる。だけどそれ以上にあることを感じていた。
そう。俺は今まで以上に、過去、大切な人を手にかけてしまったあの時と同じくらい
悔しくて、憤っていたのだ。
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