34話 最強の殺し屋と柊紫苑
俺は再び香純のいる組織へと足を運んでいた。香純に用があるのはもちろんのことだが、俺にはもう1人用がある人物がいた。柊紫苑だ。あいつの言葉に嘘はないように聞こえるが、いかんせんあいつは子供だ。突き放されたからという単純な理由で組織を裏切り、命を狙われる覚悟があるのかということを、しっかりと問わなければならない。俺も人のことを言えるわけではない。だって俺は情が湧いてしまったから組織を裏切ることになったのだ。だが、紫苑とは違って俺には実力があった。基本的には何があっても切り抜けることのできる実力が。でも、紫苑には無いだろう。確かに紫苑は普通の人間に比べたらかなり強い。女というハンデすらないように感じる。ただ、相手が相手だ。小百合という女…いや、化け物を相手にするんだとしたら、人間をやめなくてはならない。何を言っているんだと思う人もいるかもしれないが、小百合は人間の強さの範疇を超えている。最初は俺の方が強かったのに、気がつけば追い抜かされていた。だからこそ俺はわからなかった。何があいつをあそこまで掻き立てるのか。何があいつの原動力なのか。
話が脱線したが、とりあえずは紫苑に話を聞きにいかなければならない。紫苑はこの組織の一部屋を使って生活しているらしいので、この建物内にいるのだろう。
そうしてしばらく歩き続けると、柊紫苑と書かれている扉を見つけた。少しだけ朝早いが故に寝ている心配もあるが、この時間まで爆睡しているようでは覚悟が足りていないのではないかと思ってしまう。だから俺は躊躇うことなくノックをした。すると、少しだけ期待をしていたがゆえか、期待通りに部屋から紫苑が出てきた。顔を見るに随分と早くから起きていたようだ。
「おはよ、紫苑。」
「あ、えっと…おはようございます。蘭様。」
なぜこいつが俺に対して様付けなのかというと、こいつを育てたのは俺と香純と小百合の3人で、こいつはその3人に様をつけているからだ。
「その…何の用でしょうか?」
「そうだな。ここで話すことでもないしロビーに行こう。ゆっくり話がしたい。」
「は、はぁ。」
俺たちは少しだけ離れたロビーに行くために、歩き出した。気がつけば季節は冬になり、廊下であるここで息を吐くと、それは白くなって空に登っていき、消える。
ロビーに着くと、温かな空気が出迎えてくれる。そして、つくづく思うのだが、ここの組織は本当に大きい。元の組織に比べれば小さいが、ホテル一個分くらいの大きさのこの建物をどうやって用意したのか。そして電気代も払っているとなるとかなりの金がかかっているのだろう。組織を作る才能というのは、俺にはない才能なので、少しだけ羨ましい。
ロビーに座り、俺たちは向かい合う形になる。俺直々に呼び出されることが初めてなのか、紫苑は少し緊張しているようだ。俺としてはそんなにガチガチにならなくても良いと思うんだけどな。
「さて、じゃあ単刀直入に聞くけど。」
「は、はい。」
「紫苑は覚悟があるのか?小百合の組織を裏切るってことは命を狙われる可能性が出てくるんだ。命を狙われる覚悟が、お前には本当にあるのか?」
わずかに表情を曇らせ、少しだけ俯く紫苑。確かに、俺にも気持ちはわかる。小百合と俺と香純は言ってしまえば、紫苑にとっては育て親のようなものだ。命を狙われるなんて実感が湧かないだろう。そして何より、育て親のようなものを裏切るのが辛いのだろう。紫苑がここにきた理由は、確か突き放され、我慢できなくなってしまったから。確かに裏切る動機としては十分だし、今までの対応上紫苑の我慢の限界が来るのなんて時間の問題だった。だとしても、実の育て親を裏切るのは心に来るのだろう。だから俺は待った。紫苑が自分の言葉で結論を言うのを。
それから数分が経ち、紫苑は俯かせていた顔をあげ、俺の方を見てきた。
「決まったか?」
「はい。」
その顔に迷いはなく、決意に満ちた表情をしていた。その表情に安心しつつも、俺は再度問いた。
「お前には覚悟があるのか?」
すると、紫苑は即答した。
「あります。」
「………ほぅ?」
「確かに子どもみたいな理由かもしれません。ですが、私を認めてくれなかった小百合様を、私は見返してやりたいです。命を狙われようが構いません。そもそも、蘭様たちに拾われていなければ死んでいた命です。無くなっても構いません。」
「その言葉を聞いて安心したよ。お前の中の決意はどうやら確固たるものになったらしいな。」
………てか紫苑はさっき育て親を裏切るのが心に来るとか言ってたが、あの時なんで俺を殺そうとしたんだ?……まぁなんとなくはわかる。小百合の命令に逆らえなかったのだろう。誰だってあの化け物に命令されたら逆らえない。普通に怖いし。
「安心しな。お前とはなんやかんや長い。俺が守ってやる。」
「………え?なんで私なんかを?」
当然だ。命の危険の覚悟の話をしていたのにいきなり守ると言われても普通は困惑するだろう。紫苑なら尚更だ。前に殺そうとした男に守るなんて言われても困惑してしまうだけだろう。
「お前を育てたのは誰だと思ってるんだ?小百合と香純がほとんどもしれんが、少なからず俺も育てていたつもりだ。言ってしまえばお前は子供みたいなもんだ。守らなくてどうするんだよ。」
その瞬間、紫苑の頰を涙が伝った。
「いや、なんで泣いてんだよ。俺に子供って言われるのショックだった?」
「いえ……違います。ただ嬉しくて……。守るなんて言われるの初めてで……。」
その様子を見て顔が綻ぶ。そして、小百合に対してドン引きした。守るって言われるの初めてってどんな教育してたんだよと。
俺としても守る人が多くて大変だが、それはそれで良いだろう。その方が負けられなくなるし、勝ちたくなる。俺は零と、居場所を作ってくれた香純と、自分の子供のような存在である紫苑を、心の底から守りたい。だから俺は今決意しよう。新たな目的を追加しよう。こいつらを絶対に守るって。
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