31話 最凶の警告

「腕が鈍ったんじゃねぇのか?柊小百合さんよ。」


 俺がそう告げると、その影はゆっくりと木陰から拳銃を構えながら姿を表した。そして、俺も懐から銃を取り出して構え、一歩一歩と歩を進めて行った。そして、俺とそいつはかなり近づき、互いの胸元に拳銃を突きつけ合った。


「ふふ。久しぶりね。何ヶ月ぶりかしら?」


「さぁ、数えてすら無いな。そんで、いきなり再開して後ろから銃ぶっ放すとか、お前やばいぞやってること。」


 クスリと笑う小百合。


「仕方がないじゃない。私たち組織はルールに則ってあなたを殺さなければならないのだから。可哀想よね。無罪の子を殺さなかっただけで殺されなきゃならないなんて。それに、あなたの場合事情も事情だしね。この道を選んだのはあなたなんだから、後悔しても無駄だなんて言えないのよね。」


 俺の過去を全て知っている小百合だからこそ、全てを知っているような、こんな発言ができるのだ。


「そうだとしても、組織のルールに違反したのは俺なんだけどな。まぁ、言い訳すら聞いてもらえないのは少し悲しいが、それがお前の組織だ。良くも悪くもルールに忠実なのがお前の組織なんだ。数年間あの組織に居たんだから、嫌というほどにわかってるさ。」


「そうね。わかってなければおかしいまであるわよね。それに、軽口を叩いているけど今現在の状況をあなたはしっかりと理解してるの?あなたは今殺されかけているってことに。私が引き金を引けばいくらあなたとはいえ死ぬわよ。だって銃口が胸元に突きつけられてるんだもの。銃弾を避けることができるあなただとしても、例え私だったとしても避けれるわけがないわ。」


 そう。いくら銃弾の軌道を見ることができ、さらには避けることができる身体能力と動体視力を持つ俺でも、密着した状態で銃弾を避けるなんて事はできない。避ける以前に必ず着弾してしまうから。だが、俺には小百合が銃を今撃つことがないということがわかっていた。それはなぜか、簡単だ。


「別に撃っても良いが、俺のことを撃ったら俺も死ぬがお前も死ぬぞ。俺はお前が引き金を引いた瞬間にこの銃の引き金を引くことができる反射神経をもってるからな。ま、お前も同じなんだけどな。」


 俺がそう言うと、小百合はゆっくりと銃を構える腕を下に下ろした。それを確認してから俺も腕を落とした。そして、少しだけ距離を取り、もし不意打ちで銃を撃たれたとしても対処できるくらいの空間を作っておく。


「それもそうね。実際焦って殺す必要は無いし私も死にたく無いし、それに今殺す必要もないのよね。」


「その割にはさっきいきなり銃ぶっ放してきたけどな。」


「あんたなら避けるって確信しての行動よ。」


 この女、柊小百合は頭のネジが何本かぶっ飛んでしまっている。辛い過去や過酷な環境で過ごしたことが無いくせに、俺と同等の実力を誇っている。それ自体がおかしい事なのだ。他にも、人殺しの経験が無い癖に初任務の時にやけにあっさりターゲットを始末したり、情が全く湧かなかったり。上げ出したらキリがない。


「………で、俺を殺しに来たんじゃ無いってことは別の目的があったんだろ?それは何なんだよ。宣戦布告か?それとも殺すのをやめてくれるとか?」


 妖艶な笑みを絶やさずに首を横にする小百合。


「いいえ?そのどれでも無いわよ?」


「じゃあ何だよ。」


 小百合の言葉の意味が分からずに俺は思わず聞き返す。小百合がここに来た理由が全くもってわからなかった。前から思っていたが、考えが全く読めない女だ。何を考えているのか、何を目的として行動するのか、そういうのが全く理解できないし想像すらできない。


「ふふ。私がここに来た理由はね。」


 そうして小百合は告げた。ここに来た本当の理由を。その内容は俺を絶句させるのには十分な内容だった。


「警告よ。あんたを絶対に殺すから覚悟しなさいっていう警告。」


「………というと?」


「私の今回の作戦は完璧なのよ。あんたを絶対に殺すことができる。その確信があるから、今こうして警告をしてあげてるのよ。せいぜい足掻いてもらうためにね。」


「………それを言うためだけにここに?」


「当たり前よ。逆にそれ以外何があるのか教えて欲しいわね。」


 そんなことを言うためだけにここに来るということは、相当な自信があるに違いない。絶対に俺を殺せると言う確信があり作戦が成功すると信じているに違いない。だが、そんな堂々と宣言されてしまうと、それを捻じ曲げてしまいたくなるのが俺と言う人間だ。だったら俺が返す言葉は既に決まっている。これしかあり得ないと言う言葉が、もう俺の中にはある。だから俺はその言葉を言った。小百合のように、自信満々に堂々と、高らかに宣言した。


「抗う?違うな。勝ってみせるさ。お前のその作戦とやらにな。」


「ハッ。何を言い出すのかと思えばそんな馬鹿げたことを。諦めた方が身のためよ?」


 俺の宣言を聞いて、小百合は嘲笑をした。馬鹿にするように息を吐いた。正直な話、俺も逆の立場だったらそうなるだろう。勝ちを確信している自分と、自分より格下の相手。そんな相手が勝ってみせるなんて言ったら笑ってしまうだろう。それと同じだ。


「悪いが俺に諦めるなんてことはできないな。なんせ俺には守んなきゃならねぇ奴がいるからな。」


「あぁ、あの女ね。何であなたがあの女を守るなんて言うのか分からないけど…………もしかして罪悪感でも感じてんのかしら?」


「ま、そういうことだ。まぁ、それともう一つあるけどな。罪悪感だけじゃ本気で守ろうとなんてしない。」


 俺がそう言うと、小百合は全てを悟った表情をして、ニヤリと笑った。その目は全てを見透かしているような気がして、少しだけ不快感を感じた。


「そういうことね。のね。本当に弱いわよねあんたって。」


「その弱さあってこそ俺だ。それに、そんな弱さがあったとしても、一時は世界最強とまで呼ばれたんだ。知ってるか?弱さは時には強さにもなるんだぞ?」


「知らないわね。弱さは所詮弱さでしかないわ。」


 そういう考えこそがお前の一番の弱さだぞという言葉は謹んでおく。言っても新たな火種を投入することにしかならない。


「……ま、そういうわけで、これが最後の警告よ。あんたを近いうちに必ず殺すわ。せいぜい足掻きなさい。」


「ま、足掻きながらも最終的には勝ってやるさ。」


「ふん。勝手にしなさい。」


 そう言って小百合は去って行った。俺は夜空を見上げ、その星空や月を見据え、あたりの新鮮な空気を仰ぐ。正直不安だ。恐らく俺より強いであろう柊小百合が、俺を殺せることを確信しているのだ。現世界最強にそんなことを言われ、不安にならない人などこの世に存在しないだろう。だが、だからこそ俺は勝ってみせる。あいつが俺の負けを確信しているのなら、俺はその運命を覆してみせる。だって、俺には命に変えてでも守らなければならない存在がいるのだから。そいつは今はまだ俺無しでは生きていけないかもしれないが、いつかは変わるはずだ。変わって自分の幸せを見つけるようになるはずだ。だったら、両親を殺してしまった俺はその道を作ってあげることが役割なのだ。あいつが俺に惚れようが関係ない。俺はその愛を受け取ることができないし、逆に俺はあいつを愛す権利など無いのだから。


「………これからはもっと荒れるだろうな。」


 1人森の中でポツリとそう呟く。これからは俺の命が常時狙われるようなものだ。警戒を解くわけにはいかない。まぁ、だとしてもとりあえずは家に帰ろう。そこには俺の守らなければならない存在がいるのだから。

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