30話 最凶の気配

 スーパーを出て、飯を作るために家に帰ろうとしたのだが、零が何やら言いたそうにしていた。


「どうした?何かあったか?」


「う〜ん。なんか外食したいな〜って。一縷と外で食べたこと今までで一回も無いじゃん?」


 そう言われて考えみる。零と会ってから早何ヶ月か経った今、俺が買い物をして零が家でご飯を作る。たまに外に一緒に出かける事はあったとしても、外食をした事は記憶の限り無かった。


「そうだな。確かに一回も無いけど、どこか行きたいところでも見つけたのか?」


 すると、零はすぐそこにあった飲食店を指差す。


「私はお寿司食べた事ないんだよね。食べてみたいんだけど……ダメかな?」


 別に断る理由なんて全くないので、快く承諾する。


「構わないよ。てか、今どき寿司食べた事ない人なんているんだな。初めてみたよ俺。」


 今この国に生きていて、貧困な生活を送っている人以外で寿司を食べたことのない人なんて、零を除いているのだろうか。あんなに美味しくて新鮮な魚や刺身を食べれるというのに。勿体ない。寿司を食べたことのない人は人生の半分以上損していると思うんだ。盛ったかな?


「そんじゃ行くか。オムライスは今度作ってくれ。」


「オムライスは一縷が作るんだよ?」


「マジかよ……」


 驚愕である。まさか俺が作る羽目になるとは、想像すらしていなかった。


 店内に入り、店員に席に案内され、席に着く。今の寿司屋はほとんどタブレットで注文をする。ゆえに席の奥にはタブレットが置いてあった。そして、零がタブレットの一箇所をじーっと見つめていた。それに釣られて俺もそこを見つめる。


「なになに。カップル限定割引キャンペーン?………いや待て零。やろうとしてないよな?俺たちはカップルじゃないぞ。」


 すると、零は今までで数回しか見たことの無いような満面の笑みを浮かべて、タブレットのその場所をタップした。


「おいおい……俺らが恋人じゃないことがバレたらどうなるんだよ……。」


「何いってるの?一縷。私たちは恋人だよ?」


「意味がわからん……。」


 本当に、全くもって意味が分からん。何で俺たちが恋人なんだ。……てか、何なんだよこのまんざらでもないような気持ちは。かなり前まであんまり嬉しくなかったのに今では少し嬉しいような…………いやいや、待て俺。嬉しく感じてなんかダメだ。俺が零に好かれるのは仕方がない事かもしれないが、俺に零を好きになる権利は無いのだ。そして、その好意に対して幸せや喜びを感じることすらもダメなのだ。


 そう考えていると、零がいつの間にか頼んでいたのであろう寿司が次々とレーンに乗っかって運ばれてくる。俺は自分の心に対してのため息をつきつつ、俺も寿司を頼み始めるのだった。




「ふぃ〜。食った食った。」


「くるじぃ………。」


 俺は久しぶりの寿司だったので、限界を超えて食ってしまい、今現在苦しさに苛まされている。そして、零は初めての寿司だったからか、かなり食べていて今現在苦しさを感じているというわけだ。側から見たら俺たちはアホだ。


 寿司屋から出て、俺たちは歩きだした。家に帰っても良かったが、せっかくの休日だ。このまま外をぶらついても良いだろう。家に引きこもっていても時間を無駄にするだけだしな。


「どうだった?初めての寿司は。」


「美味しかったけど喉が渇く……」


「ハハッ。わかるぞそれ。」


 寿司を食べた後、猛烈に喉が渇くあの現象。恐らくは醤油のつけすぎとかで引き起こされる現象なんだろうが、不快感がすごい。何杯水を飲んでも治らないし。


 そんな苦しさを感じながらしばらく歩き続け、今俺たちは公園で休憩をしていた。右手には、喉が渇いていたせいで天然水が握られている。当たり前である。


「あぁ。この退屈で有意義な時間を金輪際永遠に過ごしていたい。」


「私が養ってあげようか?」


「今現在お前の発言と今のお前の立場は百八十度真逆だけどな。」


「揚げ足を取る男は嫌われるよ?まぁ私的にはそっちの方が都合良いけど。」


「悪いが俺はお前のものにはならないぞ。俺の気持ちの問題もあるし、俺にも色々事情があるんだ。」


 そう、俺にも事情があるのだ。二階堂零という女を好きになれない事情があるのだ。しかも、この何ヶ月かの間、自分の親が死んだ本当の原因を思い出さなかったのは奇跡だ。このこともいずれか言わなければならないのだろう。俺は正直、嫌われようとも零が俺無しで生きていけるようになるならそれで良い。そのためなら真実を伝えるのもありなのだろうが、いかんせん今の俺にはそれを伝える度胸が無い。昔の無情な人間性は既に消え失せてしまってるような気がする。


 その後も色々と雑談を交わしたりして過ごし、気がつけば夕方になっていた。時刻は6時くらいだろう。


「んじゃ、そろそろ帰るか。」


「わかった。」


 そうして俺たちは立ち上がり、家への帰路を辿るのだった。帰路を辿るはずだったのだが、俺は急に路線変更をした。感じ取ったのだ。ある不穏な気配を。


「………悪い。俺は急に森に行きたくなった。」


「えぇ…?何急にどうしたの?」

 

 当然のように零に心配されるが、心配されるような内容では無い。もしかしたら不味いかもしれないが。


「平気だよ。急な心変わりだ。零は先帰っててくれ。」


 我ながらもう少し良い言い訳はなかったのだろうかと思ってしまうが、もう手遅れだ。


「わ、わかった。早く帰って来てね?」


「………あぁ。」


 そうして零は家に帰って行った。俺は目の前の森に視線を向け、その方向へ歩き出した。森というのは人目が全く無く、近くに生えている木々が音を吸収してくれる。


 しばらく歩き続け、少しだけ開けた場所に出た。そして、背後から殺気を感じた。この殺気はついさっき零と別れた時あたりから感じていたものだ。


 勘のようなものだった。俺はその殺気を回避すべく首を右に傾けた。瞬間、発砲音が鳴り響き、俺の頭の真横を、白い煙の軌道を残した銃弾が通過した。


 俺はゆっくりと振り返りながら言った。


「俺を殺すにはもう少し殺気を抑えねぇと無理だぞ?」


 そして、俺に向けて銃を放った人物の名を言った。


「腕が鈍ったんじゃねぇか?さんよ。」


 

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