29話 最強の殺し屋の休日

 朝起きると、右腕に違和感を感じた。なんだと思いながらも仰向けの体を横に起こすと、全てを思い出す。俺は零と、昨日の夜から一緒に寝ていたのだ。


「………起きるか。」


 疲れもほとんど取れ、眠さも全くなくなった俺は、零を起こさないようにそっとベッドから降りるのだった。


 リビングに着き、ソファに座りながらコーヒーを飲み一息つく。こういった時間をとるのはかなり久々なことなので至福の時間である。テレビをつけても新聞を読んでも、護衛の時の事は全く書かれていないことから、伊集院家はうまく隠蔽したようだ。それからはしばらくぼーっとして過ごしていたのだが、起きてから少し経っているせいか、空腹を感じてしまった。朝だが、ガッツリしたものを食いたい気分だった。そんな時、神がかったタイミングで部屋の方からもの音がした。恐らく、零が起きたのだろう。


「おはよう一縷。」


 零はそう挨拶をしておれの隣に座る。何やら寝起きで眠そうにしているが、俺は腹が減った。だが、寝起きの零に頼むのも気が引ける。


 長考の末に導き出した結論は


「なぁ零。腹が減ったから一緒に飯を作ろう。」


 というお誘いだった。自意識過剰かもしれないが、零は俺のことが大のつくほど好きだ。ゆえに、俺の頼みなら基本的になんでもこなしてくれる。だから俺はこの誘いも受けてくれるとそう思ったのだが、零は不満そうだった。


「散々心配かけたんだから一縷が作ってよ。私眠い。」


「……わがままになったな。」


「一縷のせいだよ。」


 どういうこと?と思いながらも、零がご飯を作ってくれないことを理解した俺はキッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。空だった。しばらく家を空けていたせいで食材を調達できていなかったのだ。横をチラリと見る。そこには今にも食べて欲しそうなカップラーメンが置いてあった。俺の腕は自然にそのラーメンに手が伸び、あと少しで掴むことが出来るというところで、俺の腕はがしりと掴まれた。


「ダメだよ。体に悪い。買い物行くよ。」


 零はカップラーメン反対派のようだ。美味しいのに。零を見ると、何やらすでに出かける支度を始めている。時計を見ると10時になっていた。この時間だとすでに店も開いているだろう。


「わかったよ。」


 面倒くさいと内心感じつつも、俺も零と買い物に行くために支度を始めるのだった。そして香純に買い物に行くから、俺たちの周囲をしっかり護衛に見張らせておけという連絡も、忘れずにしておいた。これで安心安全だ。


 しばらくして着替えを終え、俺たちは家を出た。雲一つない快晴で、気持ちの良い風が吹いていた。あの鎖で繋がれていた地下牢とは全く違った空気に思わず感動する。


 俺たちのことを見張る気配を確認してから、俺たちは歩き出した。繁華街までは結構近いため、歩いていれば時期に着くだろう。


 話は変わるが、俺は好きな人はできたことがあるが、相思相愛になった事はない。つまり、恋愛の経験が全くない。殺し屋戦闘に関しては長けているが、恋愛については点でダメなのだ。だから、今俺はわからないのだ。俺に向けて差し出されている手の意味を。


「……これ何?」


 零が差し出してくる手の意味がわからず俺はそう聞くが、零は当たり前といった表情をしている。手に何かついているのだろうか。虫かなんかか?


「手繋いでよ。」


 全然違ったし見当違いだった。でもなんでだろう。なぜ手を繋がないといけないのか。デートじゃあるまいし。


「デートじゃん。」


 ナチュラルに俺の心を読む零。怖い。


「これってデートなの?」


「デートだよ。」


 どうやらデートらしい。俺は全くそんなこと考えていなかった。ていうかデートってどういう定義なんだろうか。俺の中では恋仲にある男女か、好きな人同士でのお出かけのことをデートと呼ぶのだが、果たして零はどうなんだろうか。


「零のデートの定義って何?」


 すると零は即答し出した。まるで俺の質問内容を事前に把握していたかのように。面接の準備してた回答を答える時みたいな感じに。


「一縷とのお出かけ。」


「多分それお前だけだぞ。」


 俺とのお出かけ全てがデートとか、考え方を改めた方が絶対良いに決まってる。だって俺はデートだと考えてないら。まぁ、零の定義だからなんとも言えないのだが、それでもやめた方が良いだろう。ていうかその定義でいくと、俺に彼女が出来るとして、その後に零と俺が出かけても、それはデートになるって事だろう。それは色々とまずい気がする。


 そんな意味のない思案を繰り返しながら快晴の空の下をダラダラと歩いていると、人気の多い繁華街までやって来た。そして、奥に黒い服を着た護衛を発見する。おいもう少しちゃんと隠れろよ零に気づかれるぞマジで。零は何やらそこら辺の人以上に気配に敏感らしい。だからかもしれないが、俺が家からいなかったりすると気づくらしい。殺し屋の才能があると思ってしまう。なってほしくないけどな。


「この時間は混むぞ。」


 朝10時半。しかも今日は土曜日。午前中に買い物を終わらせたいという考えの人が多発する時間帯。この時間はレジに列ができている。大体が待ち時間だけで15分くらいかかる。そのせいで俺は買い物に行くのが好きじゃない。人が多いと疲れるし。だが、そんな俺の考えなんて全く知らないかのように、楽しそうにスキップをしながら歩く零。こいつは俺とデートができる事で浮かれてるらしい。悪い気はしないんだけど、もう少し俺から距離を離した方が良いと思う。このままだと俺から卒業できないから。俺なしで生きていけなくなってしまうから。


 スーパーに入り、店内を見渡すが、予想通りというべきか、混んでいた。人混み疲れる。モウマヂムリ。カエリタイ。


「ご飯は何食べたい??一縷??」


 ノリっノリで聞いてくる零。そのテンションに苦笑をするが、悪い気はしない。


「オムライスで。夜ご飯はカレーでよろしく。」


「は〜い。」


 カレーのルーと卵やらバターやらをカゴに詰め込んでいく零。なんかふと思ってしまうことがあるんだが、こういうことをしているのってまるで夫婦みたいだな。


「幸せにね〜新婚さん!」


「ん?」


 後ろから何やら妙なことを言う人物がいたので俺は振り返る。そこにはニヤニヤした目でこちらを見つめる香純にがいた。元の組織の小百合は多忙で買い物なんてしてる暇無かったのにこいつは随分も暇なようだ。


「お前って暇人だよな。だからこんな冷やかしをするんだろうけどな。」


「何をいってるんだい一縷君。私は暇じゃない。でもなんで遊べているのか、そんなの一つしかないだろう。」


 一拍をおいて告げる香純。


「部下に仕事をやらせているのだよ!」


 本当に、心の底からこいつは組織のトップをやめた方が良いと思ってしまうのは俺だけなのだろうか。そもそもとしてサボってる人間が良く小百合を潰そうだなんて考えるよな。


「お前ってあの組織潰す気あんの?」


「何?やる気がないって言いたいの?」


 むすっとしながら聞き返してくる香純に俺は首肯しながら即答する。


「そうだよ。」


「即答!?」


 即答されるとは思わなかったのだろうか。今の状況を例えるならアレだ。部活で試合に勝ちたいとかいってるのに自主練に行かないやつ。それそっくりだ。


「わかってないねぇ一縷君。君がいるから私はサボれているんだよ。ふっふっふ。」


 何でそこで威張れるのか一切合切わからないが、一つだけ言いたいことがある。


「お前……他力本願にだけはなるなよ。そんなんであいつの組織には勝てないぞ。」


「わかってるわかってる。今日だけだからサボるのは。明日からはちゃんとやるから。」


 本当にわかってるのだろうか。いや、そんなはずがない。人間ってのは一回でもサボってしまうと癖がついてしまう。つまり、こいつはサボり癖がついてしまう可能性が高い。そんなのが組織のリーダーなんて俺は嫌だ。


「そんじゃ、早く帰れ。俺は今零と買い物中なんだ。お前と話してるところを見られたら修羅場が発生しちまう。」


「それはそれで面白そうだけどね。」


 そう言い残しながらも、香純はどこかへ去っていった。そして、ちょうどのタイミングで零が買う予定のものをカゴに入れて戻ってきた。


「…………女の匂い。」


「しない。しないよ。いやしないからね?」


 俺の服の匂いをまるで猫のように嗅ぎ始める零。こいつは動物なのだろうか。ていうか、女って嗅覚が鋭いよね。女の匂いとか普通わかんねえもん。て、ちょっと待ってどこ触ってんの?


「お前、逆セクハラだぞ。」


「男が女にするよりマシだよ。」


 どことは言わないが、ドコかを触ってきた零に俺は逆セクハラを訴えるが、効果は今ひとつなようだ。零に対して効果のある脅しって何なんだろうな。と、少しだけ考えるが、全く思い付かず、結局何もわからないままレジに進んでお会計が終わるのだった。


 うん。腹減った。



 

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