28話 最凶の殺し屋 始動

「へぇ……あの屋敷の任務を終えるんだ。」


 組織の最上階、私は自室で色々と情報の書かれているパソコンを眺めながら、少しだけ面倒くさげにそう呟く。私としては蘭一縷という男はここで殺せているはずだった。それくらい完璧な計画だった。が、蘭一縷が予想以上に優秀だった。それか紫苑かあの脅した護衛リーダーがしくじったか。紫苑は捕らえられる前に逃げて来ているので、恐らくこのあと報告に来るだろう。逃げても良いのかと思う人がいるかも知れないが、紫苑を通報してしまってはあの屋敷であった出来事や過去の事件、または蘭一縷の拷問が全て露見してしまうだろう。だからこそ、紫苑が捕まる心配はしなくても良い。


「本当につくづく面倒くさい男ね。あいつは。」


 私が忌々しげにそう呟くと、部屋の扉がノックする男が響き渡った。パソコンから目を離し、その扉の方へと向け、私は入室を許可する言葉を投げかける。ガチャリと音を立てて開く扉。予想通りというべきか、その扉からは紫苑が出てきた。


「も、申し訳ございません……。小百合様。」


「別に私は謝罪なんて求めてないわよ。あんたなんか初見駒だったしね。今回の任務で殺せたらラッキーだった程度にしか思ってないわよ。」


 表情を暗くし、顔を俯かせる紫苑。


「……そうですか。」


 そんな紫苑を置いておき、私は報告をせかす。


「それじゃ早く報告をしてくれないかしら。私も暇じゃないんだけど?」


「は、はい………。蘭一縷は想定以上の強さでした。私と護衛リーダー2人でかかっても手も足も出ませんでした。」


「でしょうね。勝てないのがわかってるからあの作戦を言い渡したのよ。拷問から脱走した時点であなたたちの負けは確定していたのよ。あぁ、安心して。別にあなたをどうこうしようとは思ってないから。ただ少し評価が落ちただけだから。」


 そう言い私はパソコンに視線を再び落とした。頬杖をつき、気だるげそうにマウスを動かしながら仕事に戻る。その間紫苑がその場に佇んでいた。何か声をかけてあげれば良いのだろうが、生憎と私は仕事で忙しいし任務で失敗した部下に慈悲の言葉をかけてやるほど優しくはない。


「……あの……期待に添えなくて本当に申し訳ございません。」


「笑わせないでくれるかしら。別に私は元々期待なんてしてないわよ。だから失敗しても何にも思わないし謝罪なんて求めてない。仕事の邪魔だから出て行ってくれるかしら。」


 自らの非を認めて謝罪してくる紫苑を私は。謝罪を受け入れている暇など無い。


「………はい。」


 そうして紫苑は申し訳なさそうにしながら出て行った。ため息をつきながらも、私は少しだけ気分が高揚していた。確かに今回の任務を失敗して少しだけ面倒くさくなってしまったのは事実なのだが、既に次の作戦には差し掛かっている。今回の作戦、蘭一縷に勝ち目は全くないのだ。私がそう予想するのだ。蘭一縷よりも優秀な私がそう言うのだ。絶対に成功するに違いない。そもそもとして、今回の作戦、失敗の仕方がわからないのだ。少しだけ無理矢理かもしれないが、絶対に蘭一縷を殺すことが出来る。


「ふふ。」


 私は気だるげな表情から一変、頬を綻ばせて微笑みを浮かべる。



 私は意味深にそう呟き、再び情報収集という名の仕事に戻るのだった。窓から見える空は暗く、不穏な空気を醸し出していた。遠くから登ってくる朝日という名の一筋の光は、蘭一縷がまるで敗北という運命に抗っているかのように見えた。

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