26話 最強の殺し屋の本気

「手を貸そうか?」


 俺が戦いを始めようとすると、隣にいた香純がそんなことを言い出した。が、俺は首を横に振った。


「馬鹿言うな。これは俺の戦いであり任務だ。お前たちは黙って傍観してろ。」


「はぁ〜い。」


 そうして戦場には俺と紫苑とフェイドだけが残った。俺が懐から香純が届けてくれたナイフを取り出すも、紫苑はナイフを取り出し、フェイドは銃を取り出した。ナイフ相手に銃とは、容赦がない。ここで俺を本気で殺すつもりだろう。だが、俺もそのつもりだ。手加減なんて甘っちょろいことをするつもりはない。人を騙したんだ。だったらお灸を添えてやらなければならない。


「蘭さんは世界最強と呼ばれていたそうもしれませんが、私たちは現在2対1です。そんな不利な状況で勝てると、本気で思っているのですか?」


 フェイドがそんな言葉を言い、それに紫苑は頷いている。本当だったら2対1というのは絶対的に不利な状況だ。それは何においてもそうだ。戦闘でも、ゲームでも、はたまたテストの点数勝負だってそうだ。だが、そんな不利な状況だったとしても、絶対に覆らない理がこの世界にはある。それは、どんなに小さなものが集まったとしても、強大な一つの力には敵わないと言うことだ。こいつらは一回でも最強だとか天才だとか言われたことがあったのだろうか。例え一回でも言われたのだとしたら、少しは勝機はあるだろう。だが、無いだろう。本当に最強やら天才やら呼ばれたことがあるのなら、こんなところで足元を掬われていないはずだ。


「生憎と、俺はお前らとは違って世界最強と呼ばれたことがあるんでね。負けるビジョンが見えないんだ。」


 俺がそう発言した瞬間、フェイドが俺の頭めがけて発砲する。恐らく銃の訓練を完璧にこなしているのだろう。その狙い方には迷いがなかった。そして、狙う位置も綺麗だった。だが、狙う位置が綺麗すぎたがゆえに、俺には予測ができた。だから俺はその弾丸を避けながら2人への距離を詰めていく。ナイフと銃というのは相性で言えば最悪だ。遠距離対近距離だと言う意味もあれば、仲間だったとしても最悪な相性だ。銃を発砲している間はナイフを持った人間は近づけない。ゆえに、フェイドが銃を撃っている間は俺とフェイド、または俺と紫苑の一騎打ちになるのだ。


「……っ!!あなたは何なんですか!!どうして銃が避けれるんですか!?」


「銃を避けることに驚いてたら永遠に俺なんかには勝てないぞ?」


 俺がフェイドの目の前まで距離を詰め、そんなことフェイドが叫んでいるうちに、俺はナイフの間合いまで距離を詰め、構の重心となっていた右肩を深く切り付けた。


「うぐっ…」


 呻きながらも即座に銃を持つ手を右から左手へ変えるフェイド。その動きには無駄な動作がなくてすばやく、流石は護衛のリーダーを務めるだけはあると思った。が、俺にとっては遅すぎた。フェイドが持ち手を変更するのを終える前に、俺はもう片方の肩を深く切り付け、フェイドが呻いたその隙に勢いに任せた回し蹴りを繰り出し、フェイドはものの見事に遠くの壁まで吹っ飛ばされていった。


「っと!!」


 気がつけば眼前にまで接近してナイフで切り付けてきた紫苑の攻撃をギリギリで避け、俺は懐に入り込み、鳩尾を握りしめた拳で殴り飛ばす。


「がはっ!」


 短く呻いた紫苑もフェイド同様壁まで吹っ飛ばされていく。重く綺麗な一撃が入ったため、しばらく起き上がっては来ないだろう。そしてフェイドも両肩が使えなくなった今、抵抗する手段はないだろう。


 俺は2人の真ん中に立ち、高らかに告げた。


「俺の勝ちだ。」


 直後として香純の能天気な拍手の音が鳴り響き、俺たちの戦いは幕を閉じた。あの時に本気を出せば結末は違ったのかわからないが、結果オーライと言うやつだろう。あとは貞明のところに行って真実を伝えるだけだ。だが、その前にやらなければいけないことがもう一つだけある。それは、こいつらへの事情聴取だ。紫苑は動機があるとして、フェイドがなぜ裏切り者になったのか、その理由が一切合切見当がつかないのだ。


 俺は壁に寄りかかって俯いているフェイドの所まで行き、聞いた。


「なんで裏切り者になったんだ?お前の忠誠心は本物じゃなかったのか?」


 バツの悪そうな表情をするフェイド。そんな表情をしたところで意味なんて全くないのだ。すると、フェイドは語り出した。


「私には金が必要なんです……私の妹は難病を患っているのです。だからこそ、給料が高く、また私の戦闘能力を活かせる護衛という職につきました。ですが、そんな護衛になってから数年経ち、そこの女性、柊紫苑さんが護衛としてこの屋敷に来たのです。そして、言われました。これから来るだろう蘭一縷という人間を殺せば、妹の治療費分の報酬を支払うと。だからこそ、私は裏切り者になりました。護衛が全員体調を崩したのも、あなたを護衛として来させるためであり、あなたを殺すための口実でした。」


 紫苑がここに来たのは恐らく小百合が任務を出したのだろう。まぁ、フェイドは紫苑に脅されでもしたのだろう。仮にこの裏切り者を引き受けようが引き受けまいが、結局は紫苑の言う通りにならなければいけなかったはずだ。小百合ならきっと手っ取り早くことを進めるために実力で脅せと命令するだろうから。


 そして、俺は紫苑にも話を聞こうとしたが、あまりにも重い一撃を入れてしまったせいか、紫苑は気を失っていた。


「ありゃりゃ。やりすぎちまったか……」


 少し本気を出しすぎてしまったと、俺は少しだけ反省するのだった。そして、やることも終えたので、俺たちはこの2人を拘束して貞明のいる部屋へと向かったのだった。


 真実は簡単に伝えることができた。ボイスレコーダーがあったおかげでことが簡単に進んだ。本当に零と香純には感謝をしなくてはならない。


 そうして俺の神楽の護衛兼裏切り者探しと言う任務は、幕を閉じるのだった。様々なことがあったりして、言葉にはできないほどに大変だったが、良い経験にもなっただろう。それに、報酬として貞明さんからもを貰ったし、今後の役に立つかもしれない。


 俺はそんなことを考えながら、香純が手配した車で惰眠を貪りながら、家への帰路に着くのだった。今の心境を一言で表すとすれば、この一言が適切だろう。


『疲れた。』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る