24話 最恐のヤンデレが心配して…

 神楽を仲間に引き入れることに成功した俺は作戦を練っていた。とりあえずはあの拷問官も仲間に引き入れなければならない。あいつの協力があれば、バレなければ少しだけ外に行くことができる。忘れていたが、俺は世界最恐の殺し屋と呼ばれた男だ。監視カメラを欺いて気配を消しながら屋敷を歩くことなんて朝飯前だ。


 俺が考えた作戦はこうだ。まず拷問官を仲間に引き入れ、少しの間外に出させてもらう。その隙にフェイドや詩音が俺の冤罪を証明するような発言をするまでボイスレコーダーを持って待機。それを録音できたら神楽に父である貞明に提出させに行く。完璧な作戦だ。だが、フェイドは知らないが紫苑は俺には劣るがかなり気配に敏感だ。なんせ過去に奴隷として働いていたのだ。人の気配。ましてや何か企んでいる人間の気配に気づくことなんて容易だろう。だからこそ手を抜いたら一瞬で俺は終わりだ。そもそもとして、何でこんなにも俺が処刑されなかったのかが謎でしかないのだ。


 俺がそんなことを考えていると、神楽が何かを思い出したかのように俺に話しかけてきた。


「なんか携帯うるさかったからこの間見たんだけど……何あれ?ヤンデレ?」


 その瞬間、俺の冷静な思考は奪われ、一瞬にして急に変わった。覚悟はしていたが、いざ携帯の通知が暴れているという報告を聞くと焦ってしまう。俺の身の危険というよりも、あいつが何かをしでかしていないかが、心配で心配で堪らないのだ。


「その……携帯って見せてもらえたりする?」


 すると携帯していたのか、ポケットから取り出して俺に投げ渡してくる神楽。携帯を携帯ってね。…………寒。


 それにしても手錠をつけられているのだから投げなくても良いのだろうに。と、そんなことを考えつつも難なくそれをキャッチして中身を見た。


「………おぉ…」


 思わずそんな声が出た。最初は心配。途中はブチギレ。その次に諦め。そして最後にまた心配。まぁ、かれこれ2週間くらい連絡取れてないから仕方がないのかもしれない。


 だが、そんな中、ある一件のメッセージを見つけた。それは零ではなく、香純から届いていたものだった。内容は、このメッセージが確認でき次第連絡をしろ、とのことだった。だから俺はその番号に電話をかけた。そいつは何コールも待たせるということはせず、すぐに電話に出てくれた。


「…あ、生きてたんだ。」


「生きとるわ。そんで、電話しろって何事?」


「あ〜いや。零ちゃんがこの間すごい取り乱しながら私に助けを求めてきたからさ、だから助けてあげようと思ってたんだよね。」


 助けるという言葉の意味が分からず、俺は聞き返す。


「助ける?何に?」


「いや、だってなんか起きてるんでしょ?だから連絡返せないわけだし。……それで何かが起きてると仮定して潜入することにしたの。」


「いやちょっと待てよ。潜入ってどこに?まさかとは思うが……」


「そのまさかだよ。」


 クスリと笑う声が電話の向こうから聞こえた。


「私は今伊集院家の屋敷にいます。それで紫苑が言ってたことで全てを理解した。もちろん録音もしてあるよ?」


 驚愕した。助けに来ることを予想すらしなかったし、今屋敷に来ていることも想像すらできなかった。


「………それは本当か?」


「本当に決まってるよ。で、今どこにいるの?」


「……地下牢?かな?まぁ、何はともあれ助かる。ありがとう。」


「ふふ。どういたしまして。」


 そうして通話は切れた。予想外だった。零が連絡を返さない俺を心配してくれて、更にはそのおかげで証拠も手に入った。ここから脱出できれば勝ちは目の前だ。そして、香純の姉である小百合が天才すぎて忘れていたが、香純もかなり天才だ。ゆえに紫苑に気づかれずに録音をするなんて余裕なのだろう。本当に助かった。これは一生の仮だな。そう思ってると、足音が近づいてきた。神楽と俺はその方を向く。だが、その足音は二つあった。一つはさっきも聞いた拷問官の足音。そしてもう一つは、最近聞くことのなかった、香純の足音だった。


「久しぶり。一縷。」


 そんなことを言ってこっちを見てくるが、その拷問官は両手をあげていた。抵抗しようとして香純にボロ負けしたのだろう。男ゆえに女に負けたことに萎えているようだった。ちなみに俺も女に負けたら萎える。


 男が鍵を渡したのか、香純は鍵で地下牢を開け、そして俺の手錠も外してくれる。久しぶりに感じる手の自由に俺は感動を覚えていた。そして、伸びをする。関節が痛いが、それも心地よい。


「ありがとう助かった。」


 俺がお礼の言葉を述べると、目を細めてニヤニヤする香純。何を考えているのか分からず少しだけ身構えてしまう。この表情は確定で何かを企んでいる顔だ。


「これは一生物の仮だよね。いつか返してくれるんだよね?」


 そんなことをいきなり聞かれ、戸惑ってしまったが、この仮は生きている限り永遠に続くかもしれないレベルの仮だ。命の恩人と言っても良いレベルの仮だろう。なんせ俺は死にかけたのだから。


「ハハ……多分…な。」


 大きすぎる仮ゆえに歯切れの悪い返答しかできなかったが、とりあえずは肯定しておかなければいけない気がしてしまい、俺は肯定した。


「まぁ、そんなことは置いておいて、あなたが解放されたんだから価値は確定したような物だよね。」


「そうだが……あんまり慢心をするんじゃないぞ?いくら強かろうが、慢心してたら足元を掬われる可能性もあるんだ。」


「ふふ。まるで足元を掬われた経験があるかのような言草をするんだね。」


「……さぁ。どうだろうな。」


 濁した返答をしたが、これを言おうとは思わない。……まぁ、そんなことは今はどうでも良い。軽口を叩いていたが、それよりも重要なことがある。


「そんじゃ、行くか。」


 そうして俺と香純はお互い目を合わせて、言った。


「さて、形成逆転をしに行こうか。」

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