20話 最強の殺し屋が嵌められた!?
私は瞠目していた。私が対峙しているのは、世界最強の殺し屋と呼ばれた蘭一縷という男だ。世界最強と言えど、それは元の話だ。それに、私は誰にも負けないくらいに鍛錬を積んできた。普通の人間に負けるわけがなかったし、この男にも勝てると信じて疑わなかった。だが、現実は無情だった。私はこの男を殺すことは愚か、一撃を与えることも出来なかった。
「………っ!!」
必死に繰り出すナイフでの一撃も、ナイフでの斬撃に混ざった蹴りを放ったとしても、最も容易く涼しそうな顔でいなされ、避けられる。そして、この男はまるで遊んでいるかのような顔で、私に反撃をしてこなかった。これでは戦っているのは私だけだ。その事実が、私の中で苛立ちを生んだ。
「なんであなたは反撃をしてこないんですか!?」
私はそう叫びながらも、ナイフを突き出し、同時に蹴りを放った。普通の人間なら眼で捉えることのできないほどのスピードだ。だが、この男はまるで未来が読めているかの如く当たり前のようにそれを避けてきた。そして、その刹那、耳元で声がした。
「殺し屋が感情的になってはいけないのを、お前は覚えていないのか?」
悍ましいほどの殺気を感じ、私は咄嗟に防御体制を取るが、この男は攻撃をしてこなかった。この男は私に反撃をしないで何をしたいのだろう。苛立ちが増幅する。だが、私はさっきまでの行動とこの感情を抱くことの愚かさを思い出す。冷静にならなければ任務はこなせない。冷静になれ私。柊紫苑ならこの任務を成功させることができる。小百合様の命令だ。失敗は許されない。
私はそう心の中で暗示をかけて、深呼吸をする。その間当たり前のようにその男は攻撃を仕掛けてこなかった。目的がわからず、底の知れない男だが、問題はない。むしろ、攻撃をしてこないのなら好都合だ。だって、私の任務は『時間稼ぎ』なのだから。
私は男との距離を詰めるべく、地を蹴るが、その攻撃も空を切り、すかした音を周りに響かせる。だが、問題はないのだ。むしろそれで良い。
そうして私は、その時が来るタイミングを待った。いつだ。いつ来るのだ?護衛のリーダーをしているあの男は一体どのタイミングで来るのだろう。
俺は柊紫苑の攻撃を避けながらも、違和感を感じていた。さっきまで怒りに満ちていた攻撃は、気がつけば冷静さを取り戻した攻撃に戻っていた。紫苑の表情にも冷静さが戻っていた。ちなみに、なぜ反撃をしないのかというと、反撃をして怪我をさせて仕舞えばそれを口実に俺のことを閉じ込めたりすることが出来る。つまり、無抵抗な俺を殺すことすら可能になるというわけだ。
こいつが護衛たちを体調不良にした裏切り者なのか、それともたまたま俺を見かけて殺そうとしただけなのか、それはまだわからないが、おそらくは前者だろう。このタイミングで神楽が連れ去られたのも、偶然なんかではない。これは仕組まれたことだったのだ。だが、こいつが裏切り者だろうがそうでなかろうが、今の俺にはどうでも良い。仕組まれたことなら、次のアクションが起こるはずなのだ。だから俺はいつ以上に警戒をした。次に何かが起こるのなら、それは何なのか。それを探るべく、俺は全身の神経を研ぎ澄ませた。そして、それはやってきた。突拍子もなく、そのタイミングはやってきた。
背後から乾いた発砲音が聞こえた。警戒をしていたから避けられる。そう思い込んでいた。だが、俺はこの家の地形を理解していたなかった。そのせいで、わずかにだが放たれた弾丸が頬を掠めた。久しぶりに感じる痛みを懐かしく思いながらも、俺は紫苑と距離を取り、発砲音の方を向いて声をかけた。
「なんで俺を殺そうとするんだよ。なぁ、フェイドさんよぉ。」
俺のその言葉が合図となり、柱からフェイドが姿を現した。俺を殺そうとしたことが原因となり、この場は収まると思った。だから俺は戦闘をやめようとして戦闘態勢を解いた。だが、その次に起こったことは予想だにしていなかったことだった。
「フェイドさん!いきなりこの男が私を殺そうとしてきたんです!」
「……は?」
俺の口から素っ頓狂な声が漏れる。柊紫苑は今なんて言ったのだろうか。俺が紫苑を殺そうとした?その逆ではなくて?
「やっぱりそうでしたか。私は信じていたんですよ?蘭さん。」
フェイドはやれやれといったふうに手を振りながら呆れた姿勢を見せる。
『まぁ、敵同士だ。俺とお前は敵同士だ。』
瞬間、俺の声をした音声がどこからか流れた。その音声の発生源の方を見ると、紫苑が携帯を持っていた。恐らくだが、紫苑はさっきまでの会話を録音していたのだろう。つまり、俺は嵌められたということになるのだ。途中から紫苑が冷静さを取り戻したのは、恐らくフェイドが来るタイミングを待っていたからだろう。最初から俺を殺すつもりはなく、時間稼ぎをするために、俺と接触をした。だが、なぜそんなことをするんだ?紫苑は俺が裏切った組織の人物だ。こんな回りくどいやり方で俺を捕らえなくても、他にやりようはいくらでもあるだろう。こいつらは何がしたいのだろうか。
「それにですね、貞明様が今朝、朝食を食べてから体調が優れないのですよ。蘭さんは今朝調理場に居たみたいですね。」
首筋に嫌な汗が流れた。久しぶりだった。焦燥という感情を感じるのは。
「蘭さんは貞明様に作る料理に何か入れましたね?」
直感的に俺はやらかしたと感じた。俺が入れ替えた調味料。それには何か得体の知れない成分が含まれていた。俺は人よりも五感が優れているから、匂いでわかった。そして、それを貞明のと入れ替えることにより、何者かが神楽の料理に何かを仕込もうとしていたという事を証明するつもりだった。だが、その行動が裏目に出てしまった。神楽が先ほど連れ去られた理由は、貞明が体調を崩したからだろう。
「とりあえず、蘭さんは拘束させてもらい、次第に監禁させてもらいます。」
抵抗することもできた。なんならここで本気を出せばこいつらをすぐに殺すことができる。だが、抵抗をして何になる?ここで抵抗をしてしまっては、自身の潔白を証明する機会は失われるし、なによりも任務を失敗してしまう。まぁ、この出来事により、裏切り者が誰なのかは予測がつくが、俺の言葉なんて今は誰も信じないだろう。
近づいてくるフェイドに、俺は無抵抗の意を表して両手首を差し出した。用意周到に手錠を持っているフェイド。指摘しても良かったが、適当にはぐらかされるだけだ。
そうして俺は、その後地下牢に閉じ込められ、事情聴取を受けながらも、監禁される事になるのだった。
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