19話 最強の殺し屋が学校に行くことに!?

 朝食を食べ終えた俺たちは部屋に居座っていたのだが、突如としてお嬢様こと神楽が般若のような顔になった。何事かと訝しんでいると、神楽は話し出した。


「着替えるから部屋から出て行きなさいよ。それとも見るつもり?変態。」


「……着替える?なんで?」


 パジャマだから私服に着替えるのだろう、とこの時の俺は本気でそう思っていた。だが、俺は重要なことを忘れていたのだ。神楽は16、7歳くらいの年齢だ。それくらいの年齢の人間が着替えていく場所。そう、学校だ。俺は裏の世界で生き続けてきた人間ゆえ、学校という存在を忘れてしまっていた。


「なんでって、学校に行くのよ。馬鹿なの?」


「馬鹿で悪かったな。」


 唐突な罵声と共に俺は部屋を出たのだが、学校に行く時の護衛は俺がするのだろうか。………嫌だな学校。普段見ない人間がいきなり来たら注目を浴びるに決まっている。俺はその視線が苦手だ。根っからの陰キャということだろうか。


 ドアの前でしばらく佇んでいると、下の階から階段を登ってくる気配がした。神楽の部屋は最上階にある。つまり、神楽に用がない限りその階段は登ってこないのだ。


 誰がくるのかを確かめるべく、俺は階段を注視していた。そして、登ってきたのは伊集院家の狂信者であるフェイドだった。


「おはようございます蘭さん。ところで、なぜ部屋の外に?」


「着替えるから出てけって追い出されたんだ。罵声も浴びせられたぞ。『あなた、馬鹿なんじゃないの?』って。」


「もしかしなくとも馬鹿にしてますよね?」


「心外だな。俺は馬鹿にしたつもりなんてないぞ。ただ少し声真似をしただけで。」


 口ではそんなことを言ったが、完璧に馬鹿にしていた。今フェイドに殺意の込められた視線を送られているのも納得がいく。


 そこで俺は一つだけあることを疑問に思った。こいつは、なぜこんなにも伊集院家に対して忠誠を誓えるのだろう。給料が良いから?自分に対しての待遇が良かったりするから?違う。そんな程度のことで狂信者になるほどの忠誠を誓わせることは不可能だ。………これは忠誠ではないのかもしれない。確固たる自信はなかったが、少しだけ俺はそう思った。それに、こいつは、ドアの前で聞き耳を立てているのを俺が気がついた時は焦燥していた。あったばかりの時、俺が伊集院貞明に拳銃を突きつけた時だってそうだ。こいつの中の俺というイメージは、何を仕出かすかわからない。そうなっていてもおかしくない。なのにも関わらず、こいつは今冷静だ。もしかすると、『そういうことなのかもしれないな。』


「それで、神楽になんか用があるのか?」


「神楽様ではなくあなたに用がありまして、神楽様と一緒に学校に行ってくださいということを伝えにきました。私の命令ではありません。貞明様の命令です。」


 学校に行くのは嫌だが、依頼人からの依頼だ。行かないわけにはいかないだろう。だから俺は嫌な気持ちを押し殺して学校に行くことにした。学校に行くというよりかは学校でも護衛をすると言った方が正しいが。


「わかった。学校でも護衛すれば良いんだろ?」


 その言葉にフェイドは大きく頷いてから、用が済んだのか階段を降って行った。別にわざわざ伝えに来なくてもわかっていたのだから来なくても良かったのにという言葉は噤んでおいた。常識をつけた方が良いと神楽に怒られたからな。


 そうしてしばらく部屋の前で立っていると、神楽が制服姿になって部屋から出てきた。俺のことを見るや否や一人でずかずかと階段を降りに行く神楽。なんだろう、悪夢を見た昨日から俺に対して冷たい気がするのだが、気のせいだろうか。まぁ、気にすることでもないか。そう結論づけた俺は神楽について行くのだった。


 そうして俺たちは廊下を進んで玄関………いや、エントランスと言った方が良いほどの広さの玄関まで行き、そのまま外で待機している車に乗ろうとした。のだが、急に屋敷の使用人がこっちまで走ってきて、神楽を連れ去って行った。神楽も何やら慌てたような表情をしていた。使用人は去る時に俺はここで待機してるようにと言われたので、俺はここで立って待つことにした。


 その瞬間だった。背後から殺気を感じ、俺は首を横に傾けた。そしてわずかにだが目を見開いた。だって、さっきまで俺の首があったところには、一本のナイフが突き立てられていたのだから。


「………殺すつもりなら殺気を消した方が良いぞ?」


 俺はゆっくりと振り返り、笑いながら俺を殺そうとしてきたその女の名前を読んだ。


「柊紫苑(ひいらぎしおん)。久しぶりだなぁ。」


 俺は久しぶりの再会だったので笑いながら言ったのだが、対する柊紫苑は敵意を剥き出しにしていた表情をしていた。全く、久しぶりなんだからもう少し物腰柔らかくできないのやら。


「よく、これを避けれましたね。」


「ま、こちとら世界最強なんでな。」


「元、ですよね?」


 元という言葉を強調して言ってくる紫苑。こいつをこんな嫌味ったらしい言い方をするような人間に育てた覚えはないのだが。


 柊紫苑。こいつの苗字は柊だが、香純や小百合と血が繋がってるわけではない。小百合が他国に行った時に奴隷として働いていたこいつを拾ったのだ。名前なんて当然なかったから柊という苗字になったというわけだ。で、そんなこいつを育てたのは組織の上の人間たち。俺や小百合、当時の香純というわけだ。


「育て親みたいなやつを良く殺そうとできるな。人の心は無いのか?」


「生憎と昔からそんなものは持ち合わせていませんよ。今の私にとってあなたは敵であり裏切り者。あの組織に盾付いた時点であなたは私たちの敵なんですよ。あなたと私は敵同士なんです。あなたはそうは思わないんですか?」


 その問いに俺は頷きながら答えた。


「まぁ、敵同士だな。俺とお前は今敵同士だ。」


 こいつは今回の体調不良を引き起こした裏切り者なのだろうか。こいつはなぜこんなところにいるのだろうか。少なくとも、俺が組織を裏切った時はまだあの組織にいたはずなのだ。だったらこいつも任務でここまで来たのか?護衛としての任務を、こいつも与えられたのだろうか。まぁ、考えるのは後で良い。今はとりあえず殺気を放ちまくっているこいつをどうにかしなければならない。


「気配が変わった………ようやくその気になりましたか。」


 そうしてナイフを構える紫苑。小百合直々に育てられたのだろう。その構えは小百合に似ていた。だが、実力はどうなのだろうか。俺はこいつに自分の実力を見せたことがあるわけでは無いし、逆にこいつの実力も知らない。


 まぁ、気を抜かなければなんとかなるか。そんな気の抜けたことを考えながらも、そいつが距離を詰めてきたことにより、戦いは始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る