18話 最強の殺し屋の企み

 あの後、俺はすぐに部屋に戻ろうとした。神楽の部屋の扉を開け、当たり前かのようにずかずかと入り込む。


「ノックをするのが常識だと思うのだけど。」


「悪いがそんなもの過去に捨ててきちまった。」


「あんた絶対に社会に出たら生きてけないわよ…」


 生きていけないから絶賛殺し屋として活動してるんだけどな、と言う言葉は慎んでおく。そんなに反抗したら信頼を失う気がする。………いや、信頼なんてもとよりされていないかもしれない……


 今の時刻は午前6時半。説明されたスケジュールだと、このすぐ後に朝食が運ばれてくる。俺はここの朝食を食べるつもりはなかったが、さっきのキッチンの行動により安心して食べることができるようになった。


 朝食が運ばれてくるまでの間、暇な時間が少しの間訪れたので、俺は零にメールの返信をしようとした。命の安全を確保するのに絶対に怠ってはいけない行為だ。


 67件


 うん。いつも通り愛が重そうである。少しだけ渋りながらも、俺はメールの内容を確認する。


『おはよう!』


『昨日はよく寝れた!?』


『早く帰ってこれるように頑張ってね!』


 中省略


『ねぇ、なんで返信してくれないの?』


『私のこと嫌いになった?』


『もう私なんてどうでも良いの!?』


 ※この間、1分である。


 引き攣った笑いを浮かべながらも、俺はなんとかして返信をするのだった。案の定めっちゃブチギレてた。そして、返信が終わったと思ったら、電話がかかってきた。心の中で少し絶望をしながらも、俺は電話に出た。


「……もしもし?」


 俺が電話の決まり文句を言うと、しばらくの静寂が訪れ、やがて零が言葉を発した。


「返信早くしてくれない?」


 開口一言文句をぶちまける零。もし俺が8時くらいまで爆睡していたらどうなっていたのだろう。考えるだけで恐ろしい。


「わ、悪い。けど仕事があるんだ。少しくらい許してくれても…」


「私はね、昨日は良いよって言ったけど不安なんだよ。」


 俺の言葉など聞こえていないかのように話を続ける零。俺に発言権はないのだろうか。


「だって近くに女がいるんでしょ?一縷がその女のものになっちゃったら私どうすれば良いの?………殺すか。」


「おいだから殺すなよ……」


 俺は呆然とそう呟くしかなかった。不安だから、怖いから殺すと言う思考をどうにかできないだろうか。………いや、俺も目的のためなら人を殺してきた。人のことは言えないのだ。だが、なんとかしてその思考を変えさせたい。そうするにはとりあえず俺を卒業させるしかないのだ。俺から卒業すればヤンデレな思考回路は消える。それに、俺は人や零に愛される権利なんて持っていないのだ。なんとかして俺のことが好きな状態から変えなきゃいけない。だが、今はそれも不可能だろう。零の精神が不安定だとそれも難しいからだ。長時間家を空けておくのは流石に良くなかっただろうか。


「………まぁいいや、もうすぐ一縷は私のものになるし。」


「だからお前のものにはならないって………また切られたし…」


 最近の零はいつも以上にわがままな気がするのだな気のせいだろうか。俺の言葉を最後まで聞かないところとか。まぁ元々ヤンデレ気質なところはあったのだが、いつからこんな感じになってしまったのかわからない。どこかで誤ったことをしてしまったのだろうか。結局のことろこれから長時間家を空けるのはやめておこうという結論に辿り着いた。


 誤ったことをしてしまった可能性という、答えの見つからない疑問を頭の中でずっと反芻させていたのだが、しばらく時間が経つと神楽の部屋の扉がノックされた。


「入りなさい。」


 神楽が一言許しの声をかけると、部屋の扉は開かれた。部屋に入ってきたのは見たことのない人で、コックっぽい帽子をかぶっていたことから調理人だということがわかる。


「お嬢様。朝食の準備が整いました。」


 コックはそう言い机の上に料理を並べていく。朝ということもあり軽いものばかりだった。そしてやけに量が多いと思ったら俺の分も作ってくれたらしい。流石に最低限それくらいやってもらわなきゃ困るのだが。


 そうして俺と神楽は朝食を食べ始めた。前までの俺なら警戒して食べなかったり中身を確認してから食べていただろう。だが、今朝の調理場での行動のおかげか、俺は安心して食べることができた。あの調味料を入れ替えるという行動がどんな展開に転ぶのか見ものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る