16話 最恐の電話の襲来

「出なくてもいいの?」


 俺が鳴り響く電話の前でおどおどしていると、神楽から急かされた声をかけられる。


「で、出るよ…でるさ。」


 そう言いながらも、俺の手は空中で静止してしまっていた。これまで恐ろしいことをされてきた思い出が蘇る。しかも、あんな突き放すような別れ方をしてしまったのだ。そのことについても怒っているに違いない。


 そう思いながらも、なんとかしてその携帯を手に取り、通話ボタンを押した。


「も、もしもし。」


 俺はそう声をかけた。が、対する零は無言だった。まずい。これはかなり怒っているサインだ。


 しばらくすると、零がやっと声を出した。


「メール。」


 メール。はて、なんのことやら。意味がわからず、小首を傾げながら、俺は聞き返した。


「メールってなんのことだ?」


「メール送ったのになんで無視するの?何回も何回も送ったのに。」


 冷静に、淡々と話を進める零。だが、顔を見なくてもわかった。憤りを感じていることが。


 メールを送られていることに全く気がついていなかった俺は、急いでメールを確認した。


 34件


 瞬間、鐘のなる音が聞こえた。終わった。そう思わずにはいられなかった。元々、少し離れることがあっても返信をすることで怒られることを回避しようとしたことを目的として、俺は零に携帯を渡したのだ。まさか自分自身でそれを忘れるとは思いもしなかった。


「………すまん。忙しくてな。気がつかなかった。」


「なんで?私からの連絡なのに?私が連絡してあげてるのに気がつかなかったの?おかしくない?」


 おかしくない。と言いかけたが、口を慎んでおいた。今ここで反論をしてしまったら家に帰った時どうなるかわかったもんじゃない。


「本当にすまん。」


 謝るしかなかった。事情を知らない神楽は怪訝な目でこちらを見つめていた。なぜか電話の向こうからは女の声が聞こえ、俺は謝っているのだ。不思議に思わないはずがないのだ。


「まぁ、良いよ。私は今ちょっとだけ気分が良いから許してあげるよ。不安だけどね。」


 何が何だかわからなかったが、許してくれたのならそれで良い。面倒ごとを回避できる。 


「許す?」


 途端、隣から神楽の声が聞こえた。俺は急いで口元に指を持っていき、話すなと言うことを伝えたのだが……遅かった。


「女の声。……誰?」


 本日二度目の終わりを感じた。俺は思っていたよりも早死にかもしれない。


「……仕事相手だ。決してお前の思ってるようなことにはなってないから安心してくれ。いや、安心してください。」


 我ながらダサいと思わざる終えなかった。


「ふぅ〜ん。ま、良いや。何時ごろ帰ってこれそうなの?」


「あ〜、その件なんだがな。」


 そうして俺はしばらく、1週間か、長ければ一ヶ月くらい帰れないことを伝えた。ブチギレられるかと思ったが、案外そうでもなかった。


「早く帰ってきてほしいけどこっちでも色々できるからそれでも良いや。浮気しないでね?」


「俺はお前の女じゃない……て、切るの早い。」


 俺のその言葉を予期したのか、俺が言い終える前に電話を切られてしまった。てか、色々できるって何をするつもりなんだ?聞きたかったが電話を切られてしまっては聞くことも聞けない。電話を折り返し返しても良いが、大したことないだろうと結論づけ、俺は寝ることにしたのだった。


 が、俺は寝付くことができなかった。部屋に人の気配があるから、というのも原因のうちの一つだが、俺が今日から護衛することになった伊集院神楽というお嬢様が、悪夢かなんかでうなされていたのだ。呼吸は荒く、時々呻く声も聞こえる。寝ようと思えば寝れるが、寝る気になれなかった俺は、神楽を起こすことにした。


 大きなベッドの上で神楽は仰向けになっていた。表情は苦しそうだ。


「おい、大丈夫か?」


 ペチペチと頬を叩く。が、神楽は起きる様子がない。だから俺は少し強引に体を揺さぶることにした。


「お〜い起きろ〜。平気か〜?」


「ん〜…………んにゅ。」


 強引にしたのが功を成したのか、神楽は謎の言語と共に体を起こした。そして俺と目が合い、目をぱちくりさせていた。


「うなされてたぞ。大丈夫か?」


 しばらく呆然としていた神楽だったが、やっと我に帰ったのか、しばらくの間目が泳いでいた。


「………うん。平気。」


 素気なく返答をする神楽。寝起きだから機嫌が悪いのだろうか。それとも起こしてしまったのが逆効果だったか。まぁ、結局なぜ素気なくされたのかはわからないが、平気だろう。本人も平気だって言ってるしな。


 そうして呻く声が聞こえなくなり、今度こそ俺は眠りにつくことができるのだった。

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