15話 最強の殺し屋 大困惑

 少しだけ歩いたところに、その部屋はあった。相変わらずでかい扉だ。


 伊集院貞明が前に立ち、部屋をノックした。流石に娘の部屋はノックするんだなと思いながらも、俺たちは返事を待った………のだが


「返事がありませんね。」


 フェイドが待ちかねたかのような声を漏らす。だが、そんな声とは違い、伊集院貞明の声は少し寂しそうだった。


「いや、中にいるはずだ。娘は今絶賛反抗期中だからな。私の呼びかけに応えてくれない時が少し……いや多々あるんだ。」


 娘の反抗期にしょんぼりしている伊集院貞明を見て吹き出しそうになってしまったが、フェイドに怒られるのも面倒なのでなんとかして堪えた。


 俺は面倒臭くなり、一歩前に出て扉の取っ手を掴んだ。


「入って良いか?」


「仕方がない。構わない。入って呼んでくれ。」


 伊集院貞明はそう言ったが、フェイドは不服そうだった。まぁ俺がそんなの気にするわけがなく、俺は遠慮という言葉を知らないかのようにずかずかと扉を開けて中に入り込んだ。


 真ん中のベッドの上に、その少女はいた。本を読んでいた。そして、俺の存在に気づくや否や、敵意を含んだような視線を飛ばしてきた。


「あんた……誰?」


 自分よりも身分の高そうなお嬢様の敵意を含んだ声に、別に怯むわけでもなく、これは堂々とした振る舞いで名乗った。


「蘭一縷だ。話は聞いてないのか?」


 俺が簡潔に自己紹介すると、小首を傾げながら考える少女。しばらく考え続けてやっと何かを思い出したかのような表情を浮かべ


「思い出した!今日から私の護衛になる人でしょ!」


 大きな声で、それは耳を塞ぎたくなるような声で俺に指を刺し声を放つ少女。そんな大きな声で叫ばれてしまうと、他の奴らにバレてはいけないという決まりを守れなくなってしまう。


 はて、それにしてもなぜバレてはいけないのだろうか。やはり本当の目的が裏切り者を見つけることだからだろうか。新たな護衛、それも世界最強と呼ばれた殺し屋が護衛として入ってきてしまっては、裏切り者も尻尾を出さなくなるだろう。


「護衛といえば護衛だが、本当の目的じゃない。あんたも知ってんだろ?裏切り者がいるかもしれないこと。」


「知ってるわよ。だからそいつを見つけ出してコテンパンにしてちょうだい。」


 随分と恨みが溜まっているらしい。それもそのはず、こいつは護衛全てを体調不良にされてしまったのだ。伊集院はこの国トップの財閥。護衛が消えたとなれば襲撃に遭う可能性もあるのだ。俺が来るまでの間はかなり危なかったとも言える。


「裏切り者を見つけ出すことが目的なんだ。他言しないでくれよ?俺がそこのおじさんに消されちまうかもしれない。」


 すると突如として考えるそぶりを見せるこの女。名前は確か……伊集院神楽(いじゅういんかぐら)だったか。


 この女こと伊集院神楽はしばらく考えた後、こんなことを言い出した。


「私、あんたの実力を知らないのだけれど。」


 どこでも新たな護衛が来たとなれば実力は気になるものらしい。まぁ、俺のことなど初めて見るわけだし、裏では最強の殺し屋とまで言われたのだ。気にならない方がおかしいというわけだ。


「まぁ、普通の人間よりは強いって感じだ。泥舟に乗ったつもりで任せろ。」


「ダメじゃない…それ…。」


 呆れたようにため息をつく神楽。普通の人間よりも強いのになぜため息をつかれなきゃいけないのだろうか。泥舟発言はジョークのつもりだったのだが。


「神楽。私はお前が心配なんだ。だから、しばらくはこの蘭という男と共に行動をしてくれ。」


 懇願するように頼み込む伊集院貞明。娘に頭を下げる父親というのは面白い構図だ。少しかわいそうである。


「別に、元からそのつもりよ。断っても無理やりそうさせるんでしょ?」


「そうなんだけどな。」


 当たり前、と言ったふうに頷き始める伊集院父。ここまでくると過保護である。


 そんな感じで俺と伊集院家の奴らはファーストコンタクトを終えた。終始フェイドが不服そうな顔を絶えずしていたので少し居心地が悪かったが、あいつももう消えたしとりあえずは良しとしよう。それでだ。


「俺がここで寝るってまじ?」


「まじに決まってるじゃない。あんたがいない時に襲撃されたらどうすんのよ。」


 俺の今の1番の悩み。それは、護衛なのだからずっとこの部屋にいろと言われたこと。流石に自室くらいはあると思ったのだが、ないらしい。あの老け顔白髪過保護おじさんは、娘をこんな物騒なことをしている男と寝させて構わないのだろうか。いやまぁ変なことをしたら消されるのは確実なのだが。


「ベッド。一つしかないけど。」


「あんたが床で寝なさいよ。……!?まさか同じベッドで寝ようだなんて考えてなかったでしょうね!?」


「被害妄想というやつだ。……あ、そういえば風の噂なんだが、良いところのお嬢様は自意識過剰らしいぞ?お前も気をつけた方が良い。」


「どこの誰でしょうねそれ。」


 お前だよ。という言葉は慎んでおく。こいつや父親みたくフェイドに消されてもおかしくないからな。あいつが1番の狂信者だ。タメ口使っただけでキレるとか、カルシウムが足りてないだろ。


「てか、あんたは寝ないで護衛しなさいよ。寝てたら護衛もクソもないでしょ。」


「安心しろ。俺は気配に敏感だから人が入ってきたら起きるようになってる。ちなみにドアの前に誰かいるぞ。」


「えぇ!?誰よ!」


 そう叫び視線をドアの方に追いやる俺たち。すると、そいつはやがてノックをした。


「フェイドです。」


 やはりこいつは狂信者だ。俺がこいつに失礼なことを言わないように監視でもしてたのだろうか。うん。間違いなくそうである。


「入りなさい。」


 端的に神楽がそう言うと、やがてドアが開いた。何やら申し訳なさそうな、だが俺に対する敵意は相変わらず保ちながら部屋に入ってくるフェイド。


「何の用?」


「えっとですね。そこの男が神楽お嬢様に無礼なことを言わないか会話を聞いていたのです。」


 すると神楽の方から血の気が引く気配がした。まぁ、言いたいことはわかる。きもいよな。ガチで。


「あんた…それ、やってることストーカーと一緒よ?」


「いいえ!ストーカーなどではありません!私は神楽様を敬愛してますのでそんな不敬な行為にはなりません!」


 完璧な自己中心的な自論である。ここまでくるとそれが不敬なんじゃないのか?


「ま、俺がいるからにはそういったこともできなくなるからな。どんまいだ。」


 ニッと歯を出しながら俺が笑うと、フェイドは苛立ちを隠しもせずに言葉を捲し立てた。


「あなたが信用できないから私がこのようなことをしているのです!そんなことを言ってる暇があったら信用をされる努力をしてください!」


「悪いがお前からの信頼なんていらん。お前から信頼されてもメリットがねぇ。狂信者から信頼なんてされちまったら面倒なことになるからな。」


「失礼ですよ!私は狂信者なんかではありません!私は心の底から神楽様を敬愛してるのです!」


「その割にはお父様の護衛をしてるみたいだけど。」


 ボソリと隣にいる神楽から正論が聞こえた。諦めろ。部が悪すぎるぞフェイドとやらよ。そのままではただの醜い人間だぞ。


「ま、そういうわけだ。何やら妙なことを考えたりしてるのかもしれないが、俺の前じゃそんなこともできないからな。帰れ帰れ。邪魔だ。」


 俺がそう言った途端、敵意が殺意に変わった。


「絶対に後悔させますからね。」


 それだけ言い残し、フェイドは去っていった。またまたドアの前で聞き耳を立てている気配がしてので、それを大声で指摘したらやっと去っていった。


 なんか、疲れる屋敷だ。そう思い、夜も老けてきたので、言われた通りに床に寝っ転がって寝ようとした。その時だった。


「………ん?誰からだ?」


 俺の携帯がマナーモードだったせいか、音は鳴らずに振動が響いた。


「出なさいよ。無視するわけにもいかないでしょう?」


「そうだな。出させてもらうよ。」


 神楽からも許可が降りたので、俺は電話に出るべく、掛けてきた人物の名前を確認しようとした。


「………な…んだと…」


 瞬間、口からは絶望感を漂わせた声が漏れた。俺は忘れていたのだ。絶対に忘れてはならないことを、完璧に忘れていたのだ。その瞬間、命を掴まれている感覚に陥る。いや、まだそんなことにはならない。落ち着け。俺はまだ死なない。


『二階堂零』


 電話をかけてきた人物覧には、そう書かれていた。今日、俺は何人の女と関わった?………一人だ。神楽一人としか関わってない。それなら許してくれるはずだ。


 俺は女と関わったことを知られていない…察されていないことを願いつつも、電話に出るのだった。

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