8話 最恐のヤンデレがブチギレ!?

「ただいま。」


 俺はそう言い家に入る。だが、電気がついていなかった。でも気配はした。寝てるのだろうかと思ったが、少しだけ動いている気配がしたのでそうでもないことがわかる。


 少々警戒しながらも俺はリビングのドアを開けた。家でも警戒してしまうのは職業病というやつだろうか。そうして部屋の真ん中に行き、電気をつけようとした刹那、背後から気配を感じた。


「……ねぇ。遅いよ。」


「ひっ…」


 悲鳴にも似た驚きの声が口から出た。ゾッとするほど悍ましい声に驚いてしまう。


「私、待ってたんだよ?ずっとずっと。なのに一縷は一日中帰ってこなかった。それに女の匂いもする。こんなに染み付くってことは随分と近くにいたんだね。私という女がいるのに。」


 俺は言葉を発することができずに、呆然と佇む。そして、零はというと、ヒートアップしていた。


「ねぇ。私のこと捨てるの?新しい組織に入って私のことを見捨てるの?」


「おい待て、なんで組織に入ったことを知ってるんだ。」


 俺は確かにメールの差出人に会いにいくとは言ったが、組織に入ることは一度も告げてはない。


「盗聴器………いや、なんでもない。ヒヒ。」


「………へ?」


 盗聴器とかいう単語が聞こえたが、本当なのだろうか。世界最強と呼ばれた男が気づかない盗聴器とかどんなやつだよ。


「ねぇ、私を捨てて楽しい?私を傷つけて楽しい?なんでそんなひどいことをできるの?私っていらないのかな?私って邪魔?」


 ヒートアップする零を止めようとする。


「お、おいちょっと待」


「私って死んだ方が良いよね。うん。絶対にその方がいいはず。」


 止まらない。まるで暴走機関車だ。


「でも私自殺はしたくない。だからさ、一縷。」


 零は目を合わせてきた。


「私を殺してよ。」


 そうしていつのまにか手に持っていたナイフを俺に手渡ししてくる零。


「死ぬなら一縷に殺されたい。だからさ、殺してよ。」


 俺は理解が追いついていなかった。ヤンデレというのは1日放置するだけでこうなってしまうのか。まずいなと心で呟く。


「ダメに決まってんだろ。俺はお前を殺さない。」


 すると零はまるで懇願するかのような視線で俺のことを見てくる。


「なんで?一縷はたくさんの人を殺してきたんでしょ?だったら私のことも殺せるよね?だって、どうせ私もたくさんの中の一人なんだから。」


 確かに、そうかもしれない。だが、俺にはこいつを殺せない理由がある。察しの良いやつなら気がついてるかもしれないが、罪滅ぼしである。俺はこいつの親を殺しているから。そして、こいつはそのことを覚えていないから。だから思い出すまで養おうとした。だが、結果がこれだ。


「それでも無理だ。俺にはお前を殺せない理由があるんだ。だから諦めろ。」


「そっか。そうだよね。私気が動転してたかもしれない。」


 やっとわかってくれたのかと安心したのも束の間、零はとんでもないことを言い出した。


「私が一縷を殺してその後に私も死ねば良いんだ!」


 目をキラキラと輝かせながら本心から告げる零を見て、俺は本心からの戦慄を感じるのだった。


「そんなこと冗談でも言うな。」


 引き攣った声でしか反論できなかった。


「なんで?1番の解決策じゃない?だって一縷私のことを殺してくれないんだもん。殺してよ、ねぇ。殺してよ。」


 久しぶりだった。ここまでひどく病んでしまってる零は。たった1日放置するだけじゃここまでひどくはならない。恐らく、待っている間に何かあったのだろう。


「なぁ、何があったんだ?昼間俺を待ってる間。」


 すると零は目をキョトンとさせながら


「別に何もなかったよ?少し悪夢を見ただけだから。」


「いや、それが原因だから…間違いなく。」


 零は記憶喪失。ゆえに悪夢を見ることも珍しくはないだろう。今までたまに今回のように零がおかしくなることがある。きっとその時も悪夢を見たのだろう。


「どんな内容だったんだ?」


「それ、教える必要ないよね。教えても無駄だもん。だって今から私たちは死ぬんだから。」


「だから殺さねぇって言ってんだろっ。」


 いつに無く暴走する零に、少しばかり強く当たってしまった。即座にしくじったと思った。


「あ、怒った。そんなに私一縷に対して酷いことした?してないよね?嫌いになった?そうに違いない!」


 勝手に自己完結する零に耐えることが難しくなったと感じてきたので、俺は別のことを考えさせるために言った。


「死ぬとかどうでも良いし強く当たったのは謝るから。だから飯を作ってくれないか?腹が減ったんだ。」


 するとパッと顔を上げる零。


「ごめん、そうだよね。今から作るから。何が食べたい?」


 俺は少しだけ考えてから結局思いつかず、


「なんでも良い。」


 とだけ答えた。


「わかった!楽しみに待っててね!」


 いきなりウキウキしながら料理を作り出す零。きっとこいつは俺に依存してしまっていると感じた今日この頃だった。

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