5話 最強の殺し屋が尾行された!?
「ふむ。」
俺はまた悩んでいた。何に悩んでいるのかというと、零を待ち合わせ場所に連れて行くかどうかだ。一人で家に残すと寂しさゆえに狂う可能性があるし、連れて行ったら連れて行ったで面倒臭いことになるのが目に見えているのだ。
約束の時間まであと2時間。少し遠くの場所なため、そろそろ出なきゃ間に合わないのだが、決断がつかない。これまでの人生で優柔不断になったことはなかった。つまり、俺は今初めて判断力が鈍る機会に遭遇してるということだ。
内容が内容なだけに少しだけショックを感じた。
俺はリビングで家事をしている零を見る。いつも通りだ。ヤンデレが発動していないいつも通り。一見普通の女の子に見える。
俺が今から会いに行くのは女である。そんな場所に零を連れて行くわけにはいかない。
「………よし。」
決めた。俺は零を連れて行かない。頼むから帰ってくるまで大人しくしててくれ。そう願いながら
「じゃあ行ってくる。」
すると小走りで零が走り寄ってきた。
「行ってらっしゃい!あなた!」
「俺はまだお前の夫じゃねぇ…」
そんなツッコミをしつつ、俺は家を出るのだった。なるべく早く帰ってこないと殺させる可能性がある。
早く終わってくれと切実に考えながら、俺は目的地まで歩き始めるのだった。
「……………。」
誰かが後をつけている。それに気がついたのは数分前。目的地まであと半分というところで、敵意の含まれた視線を感じた。今のところ、俺をつける奴らなんて一つの組織しか思い浮かばない。俺の最初にいた組織だ。ここに俺がいるということを知られると厄介なことになると感じた俺は、薄暗くて人通りのない路地にそいつを誘き出そうとした。
見事にそいつはついてきた。あからさまに人の目がない路地に入り込んだのだから普通は罠だと警戒するはずだが、そいつはそんなこと欠片も思っちゃいないらしい。
俺は特にペースを上げるわけでもなく、気づいていないかのような振る舞いをして曲がり角を何回か曲がる。俺が曲がったのを確認してからそいつはついてきた。だから、待ち伏せをするのが簡単だった。
曲がり角を曲がり、その場所で足踏みをする。そして、その勢いをだんだんと弱める。こうすることにより、遠くに歩いていってる音を擬似的に作り出すことができる。
そうしてそいつが曲がり角から姿を現した瞬間、俺はそいつの首を掴んだ。
「ガハッ…」
呻くように咳き込むそいつ。だが、それ程度で首を離すほど俺は甘くない。どちらかといえばこのまま殺すことができるほど冷徹な思考の持ち主である。
「何の用だ。」
俺は簡潔に問いただした。だが、そいつはシラを切った。
「知らない!俺はただここを歩いていただけだ!」
そいつがそう喚き立てたので、俺はそいつの懐に手を突っ込み、それを掴み上げた。
「なら、どうしてこんなものを持ち歩いているんだ?」
俺が掴み上げたもの。それは拳銃だった。普通の人間なら絶対に持ち歩かない。見ることもないはずだ。だからこそ、それを問いただされてしまっては言い逃れができない。そう思ったのだが
「お、俺は警察なんだ!だから銃を持ってるだけだ!」
嘘を聞き続けるのが、俺はいい加減うざったく感じたので、首から手を離した。解放された男は、俺に拳銃を向けた。その流れる動作を見る限り、そこそこ場慣れしている可能性が高い。が
「ぐっ!!」
俺は引き金を引かれる前に鳩尾に拳を叩き込む。男は数メートルほど吹っ飛ばされ、壁に激突する。
「嘘をつかれる気分ってこんな感じなのか〜。まぁ、俺はお前を好きじゃないから本当の気持ちはわからないけどな。」
ゆっくりと焦らすように歩を進める。
「く、来るな!!」
そいつは叫び、立ち上がって逃げようとした。逃げられては面倒なので、俺も走ることにした。1秒もかからずに捕まえることができた。
俺は男の髪を掴み上げ、顔を持ち上げる。
「がぁっ!!」
髪を引っ張られるというのはかなりの苦痛だ。ゆえに苦しそうに呻く男。
「誰の命令でつけてきたんだ?」
そいつはやっと実力の差を理解したのか、ポツリポツリと言葉を吐き出した。
「柊小百合様の命令だ…」
その名前を聞き、納得する。あいつなら俺の位置を割り出してもおかしくないからだ。
自分で自分を語るのは好きじゃないが、俺という人間は殺し屋界隈の中では有名だ。世界最強の殺し屋とまで呼ばれたのだから。つまり、俺が組織を裏切ったことも組織を抜けたことも界隈には知れ渡っている。だからあの組織だけに限らず、俺の後をつけてくるような奴もいるかもしれないと思った。結果は杞憂だったようだが。
聞きたいことを聞き終えたので、俺は髪から手を離し、手と手を擦り合わせて汚れを落とすような仕草をする。
「こ、殺さないのか……?」
男は震えながら聞いてくる。その問いに俺は微笑を浮かべて
「俺は今は殺し屋じゃない。だから殺す必要がないんだ。」
そう言うと、男は安堵した表情を見せる。
「あ、あとここにいたことを小百合に伝えるなよ?伝えたら殺し屋関係なく殺すからな。」
安堵した表情を元の戦慄した表情に戻す男。
「そ、それじゃあ俺は結局死ぬ可能性があるじゃないか!」
シラを切ったりするやつを小百合は平気な顔をして殺すため、そいつは喚き立てるが、俺はそんなことをわざわざ気にかけるような男ではない。
「知るか。この界隈に入った自分を恨め。そんじゃな。」
俺は手をひらひらと振りながら、その場を後にした。結局のところ、小百合には居場所がバレてるだろうし、あの男が報告をしようがしまいが引っ越す予定だったので、どうでもよかった。今の家は隠れ家のような感じでかなり気に入ってたので、少し寂しかったが。
「………あ。」
時刻を確認すると、あと10分で約束の時間だった。遅刻確定である。あまり失敗しない俺だったが、久しぶりの失敗に思わず苦笑しながら、申し訳ないそぶりを全く見せないでゆっくりと目的地まで歩くのだった。
「それで、堂々と30分も遅刻しておきながら謝罪の言葉は無しと。」
久しぶりの再会だと言うのに、俺は柊香純という女から説教を受けていた。
「久しぶりだから許してもらえると思ったんだがな。どうやらお前と言う人間は心が狭いようだ。」
刹那、パシンという乾いた音が辺りに響く。俺の掌に、香純の拳が突き刺さっていた。
「へぇ。腕は鈍ってないんだ。」
ニヤニヤとしながら話してくる香純。
「逆になんで鈍ってると思うのか教えて欲しいくらいだな。」
俺は香純が不意打ちで放ってきた拳を当たり前のように受け止めた。最強の殺し屋をなんだと思っているのか。
「まぁ、後で確認するから良いけど。それじゃ、とりあえずついてきて。」
そう言われたので、俺は後をついていく。
確認ってなんのこと?色々と思案するが、結局わからないまま香純の率いる組織に到着するのだった。
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