第9話 小賢者「睡眠の必要は、今のところありません」

 もう日も暮れて、俺は魔王城でなくレギンの家に連れて行かれることになった。

 それなりに綺麗で大きな三階建ての施設だった。ここが魔王軍の女子寮らしい。


「ロードロード、私の部屋に連れて行こうと思ってるんだけど、構わないか?」


「……いいよ」


 俺にとって不足なし。むしろ、ご褒美でしかないだろ。美少女の家とかどんなご褒美だよ。


「お前は良い奴だ。じゃあ、体洗ってやろう。土誇りついているからな」


「え」


 なんだこのご褒美イベントは……異世界最高かよ!

 俺は神に感謝すらした。


 しかし、俺の前に凜とした声が立ちはだかる。


「聞き捨てならないですわね」


 パジャマ姿のスレイブだった。ぶっちゃけ、可愛い。とんがった耳をひくひくさせている。


「ただいま、スレイブ」


 レギンは無邪気に笑顔で話す。しかしスレイブは眉を顰めている。


「おかえりなさい、レギン。道さんを女子寮に入れるわけにはいきません。だって道さんって……多分男ですよね? 白々しいどころか気持ち悪いです。ぬけぬけと、女子寮に入って来ようとするなんて。しかも、美少女パンツが好きと言ってました。あたし、気持ち悪くて……その方には女子寮に入ってきて欲しくないです」


 どうやら、スレイブは俺のことをロードロードでなく『道さん』と呼ぶことにしたらしい。

 彼女なりの距離の置き方なのだろう。


 スレイブは俺を蔑みの目で見る。


「僕、性別なんてあって無い様な道ですし」


「貴方は男よ! 声がそうだもの!」


「えぇ~!?」


 まぁ正論ではある。残念だが、ここは折れた方が良いだろう。


「スレイブ、ロードロードを入れたらだめか? あたし、こいつが疲れてるみたいだから労ってやりたくて」


「当たり前です! レギン、この宿舎は女性専用ですよ!」


「でもお前、男は大好きだってよく言ってるじゃないか」


「男性の立ち入り厳禁の女子寮に入れるのは話が違いますし、私が好きなのはイケメンであってコンクリートの塊ではありません」


 レギンは眉をひそめ、俺を撫でてくれた。


「すまないな、ロードロード」


「当たり前ですよ、レギン。道さん、今回は見逃しますけど今後はちゃんと気をつけて下さいね」


 俺をキリっと睨むスレイブ。俺はぞくぞくとする感覚があるものの、どこかスレイブに対して嫌いになれなかった。美少女だからだろうか? むしろ心地よさすら感じる。


 だが気のせいだろう。女子に蔑みの目で見られて喜ぶなんて感覚、俺にはないのだ。

 多分な。


 レギンに運ばれ、俺は女子寮の近くにある倉庫に置かれた。

 やれやれ、いつか自分でスムーズに移動できるようになりたいものだ。

 レギンが俺を優しく地に置き、謝罪してくる。


「ごめんな、ロードロード。お前を中に入れてやれなくて」


「いいよ、レギン」


「風邪とか引かないよな? 必要なものがあれば言ってくれ」


「今のとこ大丈夫」


「いつかもっと良いとこに置いてやるからな」


「ありがとう。でも今はその気持ちで十分。お休み、レギン」


「お休み、ロードロード」


 レギンは俺に手を振り、倉庫から出て行き鍵を閉めた。これで明日の朝まで放置されるようだ。

 月明かりが漏れる窓、俺は微妙に動こうとしてみるが上手くいかない。俺はどうやら、本当に人間じゃ無いらしい。


 ……異世界に来て、なんだかんだ孤独を感じる。俺の父さん母さんってどんな人だったっけ。

なんだろう、思い出せない……。


 俺がもし、異世界から来た人間っていうのなら……記憶を取り戻したい。

 ふとそう思った。どうやら転生者というのをレギンは知ってるようだった。この世界では有名なのだろうか?


 記憶を取り戻すためにも、レギンに聞いてみようかな……。

 俺はそんなことを考えてぼーっとしてると朝が来た。











 俺は熟睡……というか、寝たふりをして明朝を迎えた。すると、レギンがやって来た。

 この体にどうやら睡眠は必要無いらしい。


【報告。レベルアップによって強力なスキルを覚えると睡眠が必要になる場合があります】


 小賢者の声が心に響く。どうやら、俺のスキルはまだ弱いようだ。レギン達は驚いていたけど、それは俺がレアな能力なだけであって魔物としては弱いのかもな。というか来たばかりの奴が育ちきってるわけもないか。


 倉庫の鍵が開いて、レギンが入って来る。


「おはよう、道。よく寝れたか?」


「おはよう、レギン。この体、今のところ睡眠の必要がないらしい」


「そりゃ便利な体だな。……それで疲れは取れるのか?」


「あぁ、どうやら取れてるようだ」


 レギンは心配そうな顔から笑顔になる。


「そりゃ良かった。あと、魔王様がお前に話があるそうだ」


「何……」


 まさか、パンツを見てたのがバレたのか? あり得る。魔王ならそのくらいの力持ってておかしくねえ。あいつの刻印という力で、それを理解してもおかしくはない。


「魔王様、深刻そうな顔をしていた」


 間違いない……こりゃ怒られるな。覚悟を決めるしかない。


「レギン、俺はいつでも大丈夫だ。運んでくれて構わない」


「おう」


 レギンは俺を担いで、魔王城へと向かう。


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