第十五話『両想い』



 目を覚ましてから菜乃葉の心臓はいつも以上に高鳴り、食事は喉を通らず落ち着かない気持ちで支度をする。

「いよいよ今日だ……悠人くんの誕生日…」

 待ち侘びたこの時がついにやってきたが、やはり緊張は拭えず菜乃葉は上気した顔のままスマホを取り出した。

「そうだ! お祝いのレインしよう……もう送ってもいいよね、うん」

 そう独り言を呟きながら悠人へレインのメッセージを打ち始める。案外迷わずすんなりと伝えたいメッセージを書けた菜乃葉は勢いで送信ボタンを押す。

『悠人くんおはよう! お誕生日おめでとう! 今日楽しみだね! 学校終わったらすぐに向かうね!』

 悠人にメッセージを送信すると直ぐに『お誕生日おめでとう』という文字の入ったスタンプを送る。菜乃葉はワクワクしながらスマホを仕舞おうとしたが予想外にすぐレインの通知が鳴った。

「早っ!!」

 ドキンッと自身の中で音が鳴るのを感じた。菜乃葉は悠人からの通知である事を確かめるとそのまま悠人の返信を読み始める。

『おはよ。祝ってくれてありがと。オレも学校終わったらすぐ行く。早く菜乃葉に会いたい』

(わ〜いつもより長文!!! 会いたいって……)

 悠人の珍しく長い文章を読み、気持ちが高揚する菜乃葉は返事を返そうと思う前に再び悠人からの追加メッセージで口元が綻んだ。

『レイン我慢したからほめて。』

『あとで』

 続けて放たれる悠人からの珍しい甘えぶりに菜乃葉はくすっと笑みを零して口を開いた。

「ほめてって……やっぱり子どもね、かわいい」

 最近の悠人は本当に感情を表に出す事が増えた気がする。菜乃葉はその事に喜びを感じながら、悠人と同じように早く会いたいと心の中で思うと時計を見て登校の時間が差し迫っている事に気付く。

「あっやばい! 遅刻する! えーっと悠人くんの誕プレちゃんと持ったかな……よしっ持った!!! 行ってきます!」

 悠人への誕生日プレゼントを用意していた菜乃葉はスマホを机の上に置くと忙しなく鞄の中を覗き込んでから確認を終えて、慌ただしくスマホを机の上に置いたまま自室を出て行く。そして急いで学校へ向かって行った。








* * *

「いよいよ今日だ」

 悠人は内心落ち着かない様子で校門を通り過ぎると背後から明るい調子の洋一が声を掛けてきた。

「はよーっ!」

 悠人は洋一の方を振り返り「おはよ」と短く返すと洋一が手に持つ傘に気が付き何故それを持っているのか尋ねる。すると洋一は途端に渋い顔をして悠人へ愚痴をこぼした。

「今日雨降るから持ってけって母ちゃんがうるさくてさー仕方なく」

「ふーん」

 今朝の天気は雨とは無縁そうなほどに眩しい太陽が出ており、雨が降るような天気には見えない。だが今日は祖母も朝から早番で悠人が起きた際には既におらず、悠人もニュースを見る心の余裕がなかったため天気予報を見ていなかった。

(雨……菜乃葉傘持ってるかな)

 念の為悠人は雨が降る可能性を考慮して菜乃葉へレインを送る事にした。しかし菜乃葉からの返事は中々来ることがなく、悠人は不思議に思う。いつもなら早いのに今日に限ってどうしたのだろうか。まだ授業もある事から忙しいのかもしれない。そう考えていると悠人は教室の窓を見て雨が降っているのに気が付いた。

(本当に降ってきた)

 小雨ではなく本降りで降り続ける雨を目にして悠人は再び菜乃葉へレインを送る。

『菜乃葉、雨降ってきたけど庭はやめて屋内に行く?』

『終わったら大田高に行くから待ってて』

 しかし最初に送ったレインにも既読はつかず、悠人は何かあったのかと不安が募った。そして授業が終わったらすぐに大田高へ向かう事を決心した。



 悠人は終礼が終わると直ぐに鞄を身に付け席を立つ。その様子を見て洋一は「え、悠人もう帰んの? 早くね」と不思議そうな声で問い掛けてきた。

「うん、じゃ。」

 悠人は洋一の方は見ずそう答えると颯爽と校舎を出て雨の中大田高まで走り出す。傘を持っていない悠人だったが、傘を買うことよりも先に菜乃葉の所へ行く事を最優先した。

(結局返事来なかった……菜乃葉に何もないならいいんだけど)

 いつもなら連絡が早い菜乃葉から朝以降、何の連絡もないのはどう考えてもおかしかった。忙しくとも流石に昼休みくらいはスタンプだけでも送れるはずだ。悠人は菜乃葉に何かあったのかもしれないと考え、一刻も早く大田高へ向かいたい気持ちが強くなる。雨は本格的に降り続き、冷たい雨は悠人の身体へ容赦なく降り注いでくる。しかし悠人はそのまま駆け足で大田高へと向かって行った。

* * *






 菜乃葉は愕然とした。スマホがないのだ。気が付いたのは三限目が終わった時間なのだが、その理由はそれまで菜乃葉の頭は告白の事で気がそぞろになっていたからである。菜乃葉はスマホを紛失したのかと血の気がひくのを感じたが、落ち着いて今朝のことを思い返してみる事にした。

 朝は悠人とレインをしたのでスマホは確実にあった。しかしその後スマホを見た記憶はなかった。

(鞄の中には入れた筈だけど……)

 混乱しながら今朝の出来事を思い出すが、起床時から今まで緊張しすぎていたせいかほとんど今日の記憶がなかった。

(レインの返事見たかったのに……まあいいか、終わったら会えるし)

 菜乃葉は開き直るとスマホの在処を考えるのは後回しにする事にした。スマホがないのは不便だが、正直な話今はそれよりも悠人への告白の方が大事だった。



 昼休みになるとあすかが眉毛を下げて菜乃葉の方へ駆け寄ってきた。あすかの髪の毛は濡れており、彼女は手をパタパタとさせて水しぶきを飛ばしている。

「菜乃〜雨降ってきたよー。外出たら濡れちゃった」

「え」

 あすかの言葉を聞いて菜乃葉は瞬時に放課後の事を考えた。悠人との約束は庭で落ち合うことだったが、それは晴れである事が前提だったからだ。雨が降ることは全く予想していなかった。

(…雨だから中止、はないよね。大丈夫な筈)

 菜乃葉は顎に手を当てしばらく思考する。これまでも雨の日に庭へ行く事は何度もあった。それは雨の日だろうが庭に行くのが幸せだったからだ。悠人が雨の日に来る事はほとんどなかったが、約束したからにはたとえ雨でも庭へ行くという事で問題はないだろう。

(とりあえずすれ違わないようにすぐ庭行こう)

 菜乃葉はそう決意すると降り続く雨を見つめながら雨が止んでくれないだろうかと考えるのであった。



 予鈴が鳴り、菜乃葉はすぐに鞄を肩に担ぐと駆け足で廊下へ出る。

「ガンバレー!」

「ありがとあすか」

 背後からかかるあすかの応援に顔は向けず礼を告げて菜乃葉は走り出す。

(結局スマホ見つからなかった)

 菜乃葉は走るのが得意ではなかった。元々走る事自体が遅く、体力もないため人に比べて息切れするのも早かった。大田高から庭へは少し距離があり、菜乃葉は息を切らせながらも降り続く雨の中を走り続ける。

 ようやく庭へ到着するが、まだそこに悠人の姿はなかった。庭の門を開き、奥の方まで歩いた先にある正面玄関の屋根の方まで辿り着くと菜乃葉は呼吸を整えて悠人を待つ事にした。







* * *

 大田高に到着した悠人は多くの生徒が校門を歩く姿を目にして辺りを見回した。

(菜乃葉まだいるよね)

 終礼後に直ぐ足を走らせた悠人は短時間で大田高へたどり着いた。元々大田高よりも野沢中の方が十分程早く下校時間になる事もあり、菜乃葉の下校時間には間に合ったと考えていた。

 立ち止まった事で悠人は雨に打たれている実感を今更ながらに感じ始める。雨は一向に止みそうにない。すると悠人は大田高を出てすぐのところに売店があるのに気が付く。

(傘……菜乃葉が持ってなかったら濡れるから買っとこう)

 悠人のように菜乃葉も天気予報を見ていない可能性は有り得る。それに悠人もいい加減自身に降り注ぐ雨に嫌悪感を感じていた。悠人は売店にいる中年の女性に一本下さいと声を掛けると五百円だと言われ、ポケットに入れていた小銭で支払いを済ませる。

 悠人はそのまま手渡しされた支払い済みのビニール傘を広げながら菜乃葉の安否を気に掛けた。校門を出る生徒一人一人に目を向けながら菜乃葉が来るのを待っていると突然背後から知らない女の声が聞こえてくる。

「ねえねえもしかして君、『悠人くん』?」

 違ってたらごめんねと付け加えながら悠人より背の高い一人の大田高生が話し掛けてくる。悠人の知らない人物だった。

「うん、誰?」

 単刀直入に問い掛けると目の前の大田高生は驚いた様子で「やっぱり!!」と声を張りあげてからすぐに悠人の質問に答える。

「あ、私菜乃…菜乃菜の友達!」

「菜乃葉の!?」

 まさかこの人物から菜乃菜の名が出るとは思わず悠人は少し驚く。大田高生は悠人の言葉を肯定してそのまま言葉を続けた。

「そうそう!学ランだし君の写真、見せてもらった事あるから」

(写真? 撮ったっけ)

 そんな事を一瞬考えるがその疑問はすぐに振り払う。今はそんな事よりも確かめたい事があった。

「それより、菜乃葉に何かあった? 連絡とれない」

 悠人はそう言って身体を強ばらせる。菜乃葉に何もないといいのだが連絡が取れない以上、不安を拭う事は出来なかった。すると大田高生は少し困惑した様子で右手の人差し指を立ててみせると再び声を発して菜乃葉の状況を説明してきた。

「あー、菜乃、スマホ失くしたって言ってたから……菜乃自身は何ともないよ! 予鈴と同時に学校出たからもうここにはいないよ」

 その言葉を聞いて悠人は心の底から安堵した。菜乃葉に直接何かがあった訳ではないのだ。無事で本当に良かったと安堵の息を吐く。スマホの紛失は気になったが、とりあえず今は菜乃葉との合流だ。学校をすぐに出たという事は菜乃葉は庭にいる以外考えられないだろう。

「ありがとう!」

 悠人は名前も知らない大田高生に軽く会釈をしてお礼を告げる。菜乃葉の友達だというこの大田高生の話に疑う要素はなかった。悠人は素直な礼を向けてから再び庭へと駆け出した。

* * *







 雨が止む様子は全くなかった。ザーザーと降り続ける雨に打たれる気分になる筈もなく、菜乃葉は屋根の下にしゃがみ込んだまま、悠人の姿を待つ。濡れた身体は冷えていたが、今の菜乃葉は苦痛には感じていなかった。

「悠人くんまだかな……早く会いたい…」

 菜乃葉は自分がスマホを失くしたせいで悠人と連絡が取れない事にもどかしさを感じる。きっと悠人も困惑しているだろう。レインの返事は朝から止まっており、悠人から連絡が来ている可能性はこれまでのやり取りを通して高いと予想していた。スマホの行方は気になるが、それよりも早く悠人に会いたかった。

(悠人くんに会えたら、絶対好きって言うんだ)

 菜乃葉は頬を赤く染めながら悠人へ会える事を考えた。胸の高鳴りを感じながらそのまま数分が経過するとキィ……という音と共に芝生へ足を踏み入れる音が聞こえる。そして目の前には傘を持った悠人が息を切らせながらこちらを見ていた。

「やっと会えた、菜乃葉」

「悠人くん」

 悠人と目が合い、気持ちは一気に上昇する。が、悠人の姿を見て菜乃葉はそちらに驚きの声を上げた。

「びしょびしょじゃん!! 大丈夫!?」

 悠人は傘を持ってはいるものの、髪の毛からは水滴が垂れており、学ランも雨で濡れていた。悠人のそのずぶ濡れ姿を案じる菜乃葉を悠人は呆れたような目で見つめてから口を開く。

「……菜乃葉に言われたくない。そっちも濡れてるよ」

 それはそうだ。菜乃葉は傘など持っていなかったため、濡れたままこの庭まで来ていた。人のことを言えた義理ではない。菜乃葉は誤魔化すように笑った後、悠人へレインの説明をしようと再度声を出す。

「悠人くん、レインだけど」

「説明は後。とりあえず中入ろ」

 悠人はそう言って菜乃葉の言葉を遮った。しかし菜乃葉はすぐに疑問が浮かぶ。悠人の言葉の意味が分からなかったからだ。

「え? 中って?」

 すると悠人は直ぐに「城の中」と返答する。そして懐から鍵を取り出し、菜乃葉の予想していない言葉を述べてきた。

「一応いつも鍵持ち歩いてるんだ。雨降ってるから入ろう」

 その悠人の言葉に菜乃葉は酷く困惑した。それは、悠人の過去を聞いているからだ。悠人は庭の事を大事な思い出の場だと言っていた。しかし、城についてはそのような事を言った事が一度もなかったのだ。それにこれまでの中で悠人が城の中へ入ったところも、入るような言動も何一つなかった。それは、悠人がこの城にはトラウマや良くない思い出があり、入りたがらないという事を示しているのだろうと感じ取っていた。その為その事に前から気付いていた菜乃葉はあえて城に関して触れる事はしてこなかったのだが、今この状況で初めて、悠人本人から城の中へ入ろうと提案してきていた。菜乃葉は途端に悠人が心配になった。

 菜乃葉は悠人の顔を複雑な表情でじっと見つめると悠人は不思議そうな顔をして「? 何? じっと見て」と尋ねてきた。

「辛くない?」

 菜乃葉は率直に悠人へ問い掛ける。雨だからと無理をしているのなら、他に場所を探せばいい。そんな意味も込めて菜乃葉は悠人へ問いかけてみた。悠人は一度視線を下に下ろして「うん…」と言葉を口にするが、しかしすぐに顔を上げて菜乃葉を見てくる。それは無理をして作られたものではなく、本心でそう思っているのだと、悠人の顔が告げていた。

「菜乃葉がいるから大丈夫」

 悠人の顔は不思議な事に笑みを見せていた。口角を小さく上げて菜乃葉を見つめるその視線は、見ているだけで胸の奥が熱くなる。菜乃葉は悠人をそのまま見つめ返すと彼は菜乃葉を安心させるようにもう一度言葉を告げた。

「強がりじゃないよ。本当だから」

 その悠人の言動で菜乃葉は悠人の言葉を信じて、その意思を尊重する事にした。菜乃葉に背を向け、厳重に閉められた鍵を開け始める悠人の背中に菜乃葉は「じゃあ……お邪魔します」と言葉を発する。

『ガチャ』と音が鳴り、仰々しい扉が開くと悠人は中へと入っていく。続けて菜乃葉も悠人の後ろからついていくと扉は閉められ『バタン』と扉の閉まる音が静かな空間に鳴り響いた。雨の音は扉が閉まると全く聞こえなくなった。中の電気はついていなかったが、真っ暗闇ではなく悠人の姿はよく見えた。菜乃葉の数メートル先にいる悠人は扉が閉まる音とほぼ同時に菜乃葉の方へ顔を向けると単刀直入に尋ねてくる。

「もう聞いてもいいよね? あの時、待ってって言った言葉、聞かせて」

 悠人の顔は明かりのない空間でも顔を赤らめている事が分かった。菜乃葉は悠人の直接的な問い掛けで心臓が一気に揺れ動くのを感知しながら悠人の目を見つめて言葉を出す。

「悠人くんに嘘ついてたの。あたし」

 ドキンドキンと平常時では考えられない程煩い心臓の音は、しかしまるで菜乃葉の背中を押すように静かに鳴り続ける。菜乃葉はそのまま言葉を続けた。

「本当はもういつの間にか、悠人くんの事……」

 そこまで言って菜乃葉は無意識に両手の拳を握りしめていた。頭は真っ白になり、目の前の悠人だけが菜乃葉の心を支配する。菜乃葉はギュッと目を閉じながら意を決してずっと伝えたかった言葉を口にした。

「男の子として……大好きになってた。あたし、今、庭より悠人くんで頭いっぱいなの」

「ずっと、誕生日に告おうって思ってたの……」

 菜乃葉はずっと隠し続けていた言葉をようやく悠人へ告げると目を開けて悠人の方を見る。悠人の顔は先程よりも真っ赤に染まり、口を閉ざしながらも悠人の瞳で彼が喜んでいるのが伝わった。

 悠人は目を伏せ、菜乃葉から視線を逸らすと閉ざしていた口をゆっくりと開き始める。

「……その言葉…後から撤回するのなしだけど良い?」

 頬を赤らめながらそう口に出す悠人に菜乃葉は即答する。

「勿論!!! 絶対撤回なんてしないわよ! 誓うわ!」

 迷う余地などなく、菜乃葉は悠人を直視しながら断言した。すると悠人は菜乃葉の方を上目遣いで見つめながらもう一度声を発する。

「じゃあ……オレ、鵜呑みにしちゃうよ?」

「全部。いい?」

 一拍置いてもう一度確かめるようにそう問い掛けてくる悠人に想いが溢れ出す菜乃葉は「うん…」と悠人が聞き逃さないようゆっくり答える。

「鵜呑みにしていいよ。全部本当だから」

 そのまま悠人と菜乃葉は見つめ合い、悠人は足を動かすとゆっくり菜乃葉に近付いた。

「うん」

 悠人の顔は段々菜乃葉の顔へ。菜乃葉も顔を背ける事はしなかった。

「そうする」

 その言葉を最後に悠人の唇は菜乃葉の唇に重なる。菜乃葉は自然と目を閉じて悠人と口付けを交わした。数秒が経ち、二人はゆっくり顔を離すと上気した顔で暫し見つめ合う。途端に一気に羞恥心に襲われる菜乃葉は下へ目線を逸らして赤面したまま自身の顔に手を当てた。悠人も首筋に手を当てながら目線を菜乃葉から逸らしている。

(近い……!!!)

 未だに心臓の音は高鳴り続け、これ以上ないほどの緊張を実感していると悠人は目を伏せながら突然菜乃葉へ「好き」と呟くように告白をしてきた。悠人の顔は再び真っ赤に染まり、お互い先程よりも頬の赤みは増していた。

「えっ!?」

 まだ目の前に悠人の顔があるこの近距離で思わぬ告白を受けた菜乃葉はその言葉に顔を赤らめながら「う、うんあたしも…」と声を返す。すると悠人は問い掛けるように菜乃葉の言葉を復唱してくる。

「あたしも?」

 その台詞は菜乃葉の真っ赤な顔をさらに増幅させる。菜乃葉は首筋に手を置きながらもう一度言葉を言い直す。目線はまだ悠人の瞳に合わせる事が出来なかった。

「あ、あたしも好き。分かってるくせに」

「もう」と弱々しくそう抗議してみせるが悠人は更に爆弾を投げてくる。

「だってかわいいから」

「!!!」

 菜乃葉の赤面は既にピークに達していた。「もっと聞きたい」と付け加えて発言してくる悠人にもはや敵わず、ただただ悠人とのやり取りに顔を赤らめる事しか出来ない。

 そんな菜乃葉とは裏腹に悠人はもう一度菜乃葉へ顔を近付けると菜乃葉の目を直近で見つめて言葉を出した。

「ねえ、もっかいキスしていい?」

 菜乃葉はようやく悠人の瞳と目線を合わせると再び目を閉じて悠人との距離が縮まるのをその場で待った。

「うん」

 悠人の手は菜乃葉の両肩に優しく添えられ、二人は再びキスをした。恋焦がれていた悠人との口付けは今まで未知の世界だった菜乃葉にとって幸福感という言葉一つでは足りない程に、気持ちが昂っていた。



第十五話『両想い』終




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