第十四話『三日間』



 翌朝になると菜乃葉はあすかとショッピングモールへ出掛けた。今日は祝日のため、学校も休みだった。普段なら庭へ行くところなのだが、今日は重大な目的がある――そう、デート服を買うためだ。庭へはショッピングの後に行くつもりだった。

(デート、何着ていこうかな)

 悠人の誕生日まであと四日。菜乃葉は日々高まっていく悠人への想いを胸に秘めながら今日も過ごす。あすかと共に洋服を選んでいる時も悠人の事を頭の隅で考えていた。

「菜乃〜いいのあった?」

 あすかは服を手に取っては一着ずつ見定める菜乃葉を見て尋ねてくる。正直に可愛いのがたくさんあって悩んでると答えると「いいのたくさんあるもんね。悩め悩め〜」と楽しそうに言ってきた。しかしその後あすかは「でもね菜乃」と言ってすぐに人差し指をたてるとある言葉を口にした。

「初デートって大事だよ。いつもと違う系統で行ったほうがいいよ!」

 何でもいつもと雰囲気を変えた方がギャップ効果がありいいという話らしい。人によると言えばそれまでだが、あすかの経験は豊富なので無知な菜乃葉からすればとても参考になる。

「いつもと違う系統……」

「そうそう、髪型も変えて〜」

 あすかは後で詳しく教えるね! と言って髪型も変えるよう勧めてくる。そんなやり取りをしていると突如『ピコンッ』とレインの通知音が鳴った。レインの通知は悠人からだ。

『今日ひまなら庭来ない?』

『会いたいんだけど』

 率直すぎるその誘い文句に菜乃葉の顔は一気に赤く染まる。

(昨日会ったばかりなのに……会いたいって! あたしも会いたい……)

 菜乃葉は急いで返信を打ち始める。

『今出掛けてるから夕方頃には行けると思う!』

 打ち終えた途端にすぐ文を送ると横からあすかが顔を覗かせて「えっなになに悠人くん!? きゃ〜〜〜っ! かわいい!!」と歓声を上げていた。すると菜乃葉が火照る顔をおさめる暇もなく直ぐにレインの返事が届く。

(返信早っ!!)

 照れながらも再度レインの画面を開くとそこには悠人の素直な返信が届いていた。

「『待ってる』だってやばい〜〜!!」

 菜乃葉のトーク画面を横から見つめながら興奮した様子のあすかは口元に手を当てて黄色い声をあげ続ける。菜乃葉も悠人の返信が嬉しく、喜びを噛み締めていた。そして悠人へ早く会いたいと思う気持ちが強まる。

「菜乃」

「うん」

 二人はどちらからともなく顔を見合わせ、互いに頷き合うと決意をする。

「気合い入れようね。頭から爪先まで一式揃えるよ〜!!」

「おー!!」

 あすかのその一言で菜乃葉は決意を表明し、先ほどよりも本腰を入れてデート服探しを開始した。あすかと訪れたショッピングモールは一日で回りきれないほどに大きく、目星の服はたくさん見つかった。



「たくさん買っちゃった……」

 両手に複数の紙袋を持ち、肩にも紙袋を背負った菜乃葉はショッピングモールへ来た道を戻り始める。あすかはこれから恋人と用があると言ってショッピングモールに残っていた。

「今まで貯めてたお金全部使っちゃったな。重……」

 菜乃葉はこれまでの人生で一番買い物をしたと言っても過言ではない程に服を買い込んでいた。元々お洒落に興味がなく、今まで着ていた服は母が買ってきた服をそのまま着用していた。母の選ぶ服は嫌いではなかった為、自分で服を買おうとは思った事がなかった。そのためお金の使い道は決まって植物関連のみだったせいかお小遣いは貯まる事が多かった。

 初めて大量の服を購入した菜乃葉はお小遣いを使い果たしていたが、一切後悔はしていない。お洒落に目覚めたというよりは大好きな悠人に少しでも可愛いと思ってほしいという思いが強かった。

(早く着て会いたいなぁ……)

 一緒に服を選び、様々な助言をくれたあすかに感謝をしながら菜乃葉はデートの日を心待ちにする。

「とりあえず荷物は家に置いて、庭に行くぞ!」

 菜乃葉は元気よく右腕を高々に上げて喝を入れると重い紙袋に負けじと足を速めた。



「菜乃葉」

 門を開くキィ……という音で悠人は菜乃葉に気が付く。

「意外と早かったね」

 まだ三時だと告げる悠人の顔がいつにも増して菜乃葉の胸をときめかせる。菜乃葉は平常心だと自身に言い聞かせながら「はっ早く庭にきたくて!」と必死で隠した気持ちを表に出すまいと誤魔化した。悠人は落ち着きのない菜乃葉に「ふーん」と答えながら目線だけは菜乃葉に合わせたまま菜乃葉の平常心をつついてきた。

「ま、オレは早く会えたから嬉しいけど」

(う。また恥ずかしい事を……)

 悠人の収まることのないアピールは空から飛べそうなほど嬉しいのだが、気持ちを隠している今素直に喜ぶ姿を見せる事は出来なかった。

「みっ水あげよっ」

 菜乃葉は気を紛らわすように悠人から視線を外してじょうろのある方へ足を運ぶ。ドキドキと鼓動は速まっていたが必死で隠そうと植物に水を上げ始めた。

 水やりをしながら菜乃葉は気分が落ち着くのを感じる。そして同時に庭にいるのが一番落ち着くと改めて思っていた。

(今日も植物は元気だなぁ良かった)

 そんな事を考えて水やりをしていると背後から悠人の声が聞こえてきた。

「菜乃葉、聞いていい?」

「? どうしたの?」

 菜乃葉は平常心を取り戻した状態で悠人へ目を向けた。気持ちが落ち着いたせいか、先程の露骨に動揺した態度は消えていた。すると悠人は単刀直入に痛いところをついてくる。

「前よりなんかよそよそしくない?」

 その後直ぐに「何で?」と問い掛けてくる。一度平常心に戻ったものの、その一言で再び動揺した菜乃葉は鋭い悠人に否定の言葉を出そうとする。

「えっそんなこ」

「ある。」

 だが菜乃葉の否定は途中で遮られ、確信した様子で断言する悠人にこれ以上誤魔化すのは難しかった。菜乃葉は悠人の方へ身体を向け、真っ赤な顔のまま問い掛けてみた。

「そ、そんな気になる?」

 そこまで分かりやすく態度に出しているつもりはない。それに、気持ちを隠したいがために出てしまう態度だったので、菜乃葉にも制御できるものではなかった。すると悠人は僅かに上気した顔で菜乃葉を見つめながら口を開く。

「うん。距離感じてさみしいから」

 菜乃葉は限界がきていた。そして口に出してしまいたい気持ちが増す。今の発言は勿論のこと、悠人の発言一つ一つにドキドキして困るのだと。菜乃葉は抑えることのできない真っ赤な顔を全面に出しながら小さく唸っていると悠人は再び声を発した。

「オレ、迷惑になってる?」

「えっ?」

 瞬間菜乃葉の顔から焦りが生まれる。想定もしていなかったその言葉に驚いていると悠人はそのまま言葉を続ける。

「もし迷惑ならオレ…」

「そんなわけない!!」

 菜乃葉はそう叫んだ。悠人の言葉をこれ以上聞きたくなかったのと、悠人に誤解の言葉を口に出させる事が嫌だった。

「悠人くんが迷惑ならもう来てないわよ!」

 菜乃葉は感情を剥き出しにして悠人に訴えかける。自身の胸元の服をぎゅっと掴みながら菜乃葉は勢いで声を出し続けた。

「照れ隠しだって分かんないの!? 悠人くんの鈍感!!」

 そう言ってみせると悠人は難しい顔をして仄かに顔を染めながら「……分かんないよ」と声を出す。

「菜乃葉の考えてる事。初めてだし。ほんとに照れてたの?」

 悠人のその言葉で菜乃葉は今まで抑え続けてきた感情が一気に爆発した。我慢するのはもう無理だった。自分勝手なのは分かっていたが暴走した菜乃葉の気持ちを止める事は出来なかった。

「じゃあこの際だから全部言うけどね!!」

「恥ずかしいの!」

「照れるの!」

「どうしたらいいかわかんないの!」

「悠人くんの言葉全部照れるの!」

「顔が赤くなるの!」

 菜乃葉は止まる事なくこれまでに感じていた事を顔を真っ赤に染めながら全て吐き出す。悠人は菜乃葉のその勢いに気圧され黙って聞いてきた。

「でも……」

 恥ずかしいとは言っても、この気持ちは決して否定的なものなどではなかった。菜乃葉は先ほどの勢いからは一転してしおらしい様子を見せると一番重要な言葉を発する。恥ずかしすぎて頭はどうにかなりそうだった。

「本当はすごく嬉しいの……」

「だ、だからやめないで…ほしい」





 最後の言葉はもはやあまりにも小声で聞こえたかどうかは怪しい。悠人の目を見ることが出来なくなった菜乃葉は五月蝿くなった心臓の音を聞きながら最後にもう一度言葉を放つ。

「じ、自分勝手なのは分かってるけど……嬉しいのは本当よ…」

 そこまで言うと二人の間になんとも言えない空気が漂う。悠人は菜乃葉の言葉で今までに見せたことのない赤面ぶりを見せるとひどく動揺した様子で押し黙った。悠人の顔が見れない菜乃葉も自身の発言に顔を染めて黙って下を見つめる。心臓の音は先程よりも明らかに五月蝿くなっていた。

(言っちゃった)

 これはもはや隠しようがなかった。悠人には気持ちがバレただろう。すると悠人はようやく口を開く。

「菜乃葉って、オレの事……」

 そこまで聞こえて菜乃葉はハッとした。このままではまずいと。自分で蒔いた種とは言え、あと四日というところまできて妥協するのは嫌だった。

「もしかして……」

「まって!! お願い!!!!」

 菜乃葉は思わず悠人の近くまで身を乗り出すと悠人の言葉を大声で遮った。

「十七日までまって!! 必ずその日に言うから!!」

 菜乃葉は必死な顔で悠人へお願いをした。

「それまで何も聞かないで!」

 そんな菜乃葉の様子を真っ赤な顔で見つめた悠人は、一拍おいてからそっと口を開く。

「……っ菜乃葉がそうしたいなら…まつよ、いいよ」

 悠人は顔を下に逸らしてそう答えた。彼が菜乃葉の気持ちを悟ったのは明らかだった。だがそれでも待つと答えてくれた。菜乃葉はその事に対して安堵するものの宣言した手前、この場に留まるのは耐え難かった。

「そ…それと!! 十七日まであたし来ないので!! あとあとその日までレインも禁止ね!! 十七日は必ずここに来るから!! じゃあね!!」

 菜乃葉は声を張り上げて言いたい事をなるべく簡潔に伝えると逃げるように庭を去っていった。悠人からの返答を聞く余裕は今の菜乃葉になかった。

「菜乃葉……オレ、期待しちゃうよ? いいの?」

 一人残された庭でポツリと呟く悠人の顔は暫くの間熱を帯びていた。



(言っちゃった……どうしよう、もうバレたよね?)

 息を切らせながら菜乃葉は思考する。自分の先程までの行動に羞恥心は生まれるものの後悔はしていなかった。

(あとは流れに任せるしかない!! 元々十七日に言うつもりだったんだから)

 熱でもあるのかというほどに赤くなった菜乃葉の顔は中々止まない。菜乃葉はその場で足を止めて一人ぼやく。

「でも……三日も会えないのかぁ…自分で決めた事だけどもう会いたい……」

 うぅ……と唸りながら「あたしのバカ」と呟く。そのままゆっくり足を動かして自宅へと戻っていった。







* * *

「なー悠人、宿題やった? 数学」

『あずま』と手書きで大きく書かれたノートを見せつけて洋一が悠人の元へやってくる。数学の宿題を見せてほしいようだ。悠人はいつもと同じく洋一の顔は見ずに「うん」と答えると洋一は弾むような声で「おっ! みして〜」と頼んできた。

「いいけど」

 そう言って「ん」と片手でノートを手渡すと洋一は嬉しそうに「サンキュ〜やり〜」とノートを受け取った。そして早速写そうとしているのかノートを開き始める。

「オレ今日当たるからさー」

 パラパラと目的のページを捲り始めた洋一は急に表情を変えると悠人へ抗議の声を上げてきた。

「おいおい悠人。宿題の箇所間違ってるぞ!」

「え?」

 洋一にそう言われようやく悠人は顔を上げる。

「らしくねーな、どした?」

 洋一はこちらを向いた悠人にここ! と間違ってる箇所を指定すると確かに出された宿題とは別の箇所を解いてしまっている。悠人はそれに気が付き「……ほんとだ」と声を出すと洋一はすかさず声を飛ばしてくる。

「だろー、たのむぜ悠人〜」

 オレ当たるのにーと不満の声で抗議してくる洋一に悠人は呆れた顔で口を開いた。

「いや、自分で解きなよ。フツーに」

 洋一に感謝を求めてなどいないが、指摘されるのも変な話だろう。悠人は洋一に正論の言葉を投げかけると洋一は渋い顔をして「そーだけどよー」とぼやく。

「昨日何かあった?」

 悠人が宿題を忘れる事は一度もなかったせいか洋一はそう聞いてくる。その一言で悠人は昨日の事を思い出していた。

(昨日……は、菜乃葉が…)

「きいてるかー? 今日のお前いつもより変だぞー」

(何を言おうとしてるのか考えてて……)

 悠人の思考には昨日真っ赤な顔をして十七日まで待ってくれと懇願してきた菜乃葉の顔が思い浮かんだ。悠人の脈は先程よりも早くなり、冷静でいられなくなっている事を自覚する。

(その事に気を取られてたんだ。十七日早く来ないかな)

 目を閉じて気持ちを落ち着かせようとする。しかし悠人は菜乃葉へ会いたい気持ちが高まっていた。

(内容も気になるけど普通に菜乃葉に会いたい)

 悠人は自身のスマホをズボンのポケットから取り出すとレインのトーク画面を開きメッセージを打ち始める。

『菜乃葉、やっぱり会いたい。今日も』

「いや……」

 そこまで打つが、悠人は手を止め考え直す。待つべきだと。菜乃葉が必死に何かを頼む事は今までなかった。ここで悠人がお願いを無視して連絡するのはあまりにも自分勝手ではないか。悠人は顎に手を当てて考えているとそんな悠人の様子に痺れを切らしたのか洋一は再び声を掛けてきた。

「おーい悠人? 宿題やらねーの?」

「ちょっと黙ってて」

 今洋一の相手をしている余裕はなかった。話しかけてこないよう「うるさい」と付け加えると悠人はため息を吐いてやはり我慢する事を決意した。

(あと三日……長い)

 しかし洋一は悠人の言葉を無視して焦ったようにまたもや口を開く。

「だってもう授業……」

「自分でやれよ」

 洋一の言葉を遮って目を伏せながら悠人は叱咤した。すると洋一は図星をつかれたせいか眉根を吊り上げ抗議の声を出す。誤魔化すように顔を赤くさせる洋一の反応は分かりやすい。

「はー!? いや、オレはお前の宿題を心配して」

「とにかく黙って」

 洋一の意図は分かっている。次の授業が数学だから、何とか悠人に解かせて自分はそれを写させてもらおうとしているのだ。普段ならそれも構わないが、今だけは迷惑極まりなかった。

(早く聞きたい)

 悠人は無意識に拳をぐっと握り締めて菜乃葉への自分の気持ちを確かめる。そんな気分で次の授業を受けた。

* * *






 休み時間になると菜乃葉はスマホを取り出し何度も通知がきていないか確認する。自分で禁止だと口にした癖に悠人からレインがきていないかを気にしているのだ。あまりにも矛盾した行動に菜乃葉も馬鹿らしいと自覚をするのだが、だからといって確認を止める事はできなかった。当然、悠人からの連絡は一切なく当たり前だと菜乃葉は自分に言い聞かせる。

「あたしが禁止って言ったんだからくるわけないのに……」

 そうぼやいて菜乃葉は上を見上げる。

(早く言いたい)

 心の中でそう思いながら目を閉じて悠人へ溢れる気持ちを確かめる。

「菜乃〜予鈴鳴るよ〜」

「今行く」

 廊下の奥からあすかが声を掛けてくる。菜乃葉はあすかの方へ小走りで向かいながら一日がこんなに長いものだったかと考えていた。



 庭に行きたいという気持ちより悠人に会いたいという気持ちの方が遥かに大きいのは人生で初めての経験であった。菜乃葉は十七日を待ち侘びながら今日も通学路を歩いていた。

 悠人の誕生日まであと二日。昨夜はあまり眠れなかった菜乃葉だが目はやけに冴えていた。

(こういう時、偶然会えたら……)

 通学路を歩きながら菜乃葉は思考する。悠人の通う野沢中は大田高とは全くの逆方向であり、庭でも行かない限り悠人に偶然会える確率はゼロだった。それに悠人の住む家もどこかは知らないのだ。

「今日もレインはきてないし、あたしから言った手前こっちから送る事もできない……」

 恋というものは大変なのだと菜乃葉は身をもって体感した。連絡を取りたいのに取れない。もどかしさは昨日よりも大きく膨らみ、たったの二日がとてつもなく長い時間に感じる。菜乃葉は胸元に手を当てながら悠人を想っていた。






* * *

(あと二日。レイン送りたい。会いたい)

 生徒達の談笑で騒つく校舎を歯がゆい思いで歩きながら悠人は考える。

(菜乃葉に会おうと思わないと偶然にでも会えない距離なのがもどかしい)

 レインを送るのも会いに行くのも禁止な今、ひとつだけ会える方法は偶然遭遇する事しかなかった。しかし、菜乃葉と偶然にも会える可能性は距離や方面を現実的に捉えればあるはずもなかった。悠人は重い足取りで下駄箱へと足を運ぶ。

(一日長)

「おっす悠人!」

 すると後ろから明るくやけに大きな声で洋一が挨拶を交わしてくる。悠人は洋一を見ずに「うん。おはよ」と返すと洋一はそんな悠人を見て頭に疑問符を浮かべた。

「? 最近お前元気ないなー」

 洋一はこういうところだけは本当に鋭かった。おーいと言いながら悠人の肩に手を掛ける洋一に悠人は「うん。ない」と素直な返答を返す。その返しで洋一は驚いた顔を見せると「悠人が認めた!?」と声に出すのだった。

* * *







(い……)

 菜乃葉は早朝から落ち着かない気分だった。

(いよいよ明日だぁ〜〜)

 それは告白が明日に迫っていたからである。悠人の誕生日まであと一日となった菜乃葉は動悸が激しい自分を客観的に捉えながらも緊張を解く事が出来ずにいた。

(やばいなんか緊張してきた)

 昨日までは会いたい気持ちに重点がいっていたせいか考えていなかった告白を前日になってようやく意識する。菜乃葉は頭の思考を巡らせて悠人への告白の言葉をシュミレーションしてみた。

『悠人くんが好きです』

『悠人くん好き』

『悠人くんが好きになっちゃった』

 うーんと真っ赤な顔で唸りながらどう伝えようか悩む菜乃葉は暑くなりすぎた顔のまま小さく息を吐く。

「告白なんて人生で初めてだから分かんない……」

 岸に告白をしようと思った事は一度もなかった。ただ好きで、話せると嬉しくて、それだけだったのだ。そのため告白をしようと決意したのもこうして頭を悩ませて告白の言葉を考える事も悠人が初めてだった。

(でも、ようやく悠人くんに会える)

 菜乃葉が何よりも嬉しいのは悠人に三日ぶりに会える事だった。告白をしたい気持ちや庭へ行きたい気持ちは大切ではあったが、悠人に会えるからこそその全てが嬉しいのだ。菜乃葉は緊張しつつも明日が来る事を待ち望みながら一日を過ごした。







* * *

 悠人は額に手の甲を乗せてため息を吐くとついに明日に約束の日が迫っている事を実感する。

(明日か……菜乃葉の気持ち考えたら結局レインできなかった)

 悠人は菜乃葉と何かしらのアクションを取りたい気持ちを抑えながらこの三日を過ごしていた。しかし我慢をして良かったと思っているのは間違いなかった。それは約束をしたからでもあり、何より大切な存在の菜乃葉の気持ちを無下にしたくないからだ。

(菜乃葉、今何してるかな)

 悠人は顔を上げて天井を見上げると菜乃葉の事を再び考える。学校生活を楽しそうに送る菜乃葉の姿を想像しながら気持ちが高まっていく。

「おっす悠人! 元気になったか!?」

 急に大声を出して現れた洋一は悠人の背中をコツっと小突いてそう言ってくる。悠人は「はよ」と短く答えるとそのまま言葉を続けた。

「明日なる予定」

「おっ?」

 洋一はそんな悠人の姿に安心したのか笑顔を見せて自分の席へと歩いていった。

(明日……)

 悠人は窓から見える空を見上げて菜乃葉を想った。

* * *







 菜乃葉の頭には悠人の誕生日と告白と、悠人に会える事だけが繰り返しで流れていた。放課後になり菜乃葉は教室の窓を見る。赤く夕立が登る綺麗な空を見上げて菜乃葉は悠人の顔を思い浮かべる。いよいよ明日、悠人へ気持ちを伝える。

―――――――そう、明日なのだ。





第十四話『三日間』




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