第十三話『質問タイム』



『おはよ。来週の土曜デートしよ』

 朝一番に来た悠人からのレインは昨日悠人が告げていたデートのお誘いだった。菜乃葉は昨日の言葉が本気であるのだとこのメッセージで確信をする。そして早朝から顔が火照る事になった。

「ホントにお誘い来た……しかもこのスタンプ、あたしが使ってるシリーズ……」

 悠人から届いたレインのメッセージは絵文字なしの短文と、『是非』という文字が加えられた一個のスタンプだった。そのスタンプは菜乃葉が愛用しているお花三はなさんというシリーズのゆるキャラスタンプであり、悠人に以前送った事のあるスタンプである。菜乃葉は悠人がこのスタンプを送ってきた事も、スタンプ自体を使うという事にも驚きを隠せなかった。

(あたしが使ってるからわざわざ買ってくれたのかな?)

 流石に自惚れ過ぎかもしれないと一人でくすりと笑みをこぼしながらなーんてと呟いてみるが、そんな妄想をするだけで菜乃葉の心は高揚していた。

「『土曜日大丈夫だよ!』送信! そろそろ出なきゃ」

 菜乃葉は悠人へ返信をするとすぐに床に置いた鞄を肩にかけて自宅を出る。そしてそのまま大田高まで向かった。



 昼休みになるとあすかは口元を緩めながら菜乃葉の席へとやってくる。

「菜〜乃〜」

 あすかは菜乃葉の席の前にある空いた椅子に腰掛けると頬に手を当てながら悠人との事を聞いてきた。

「最近どうなの!? 進展あった?」

 分かりやすく期待の眼差しで質問を投げかけるあすかに菜乃葉は口を開く。進展はないが、ドキドキした出来事なら数え切れないほどあった。菜乃葉は周りに聞こえないよう小声で話し始めるとあすかはひとつひとつの出来事に黄色い悲鳴をあげては楽しそうに聞いていた。全て話し終えるとあすかは再度質問をしてきた。

「誕生日まであと何日だっけ?」

「えーと、あと五日……」

 そう答えてからあと一週間もないのかと菜乃葉は実感した。悠人への気持ちを抑えるのもあと残り僅かだ。するとあすかは急にガタッと音を立てて椅子から立ち上がると拳を握り締めてある提案をしてくる。

「よしっ!! 勝負服買い行こっ!!」

 あすかにデートの話をしたからだろう。あすかは最初のデート服が重要だと前に力説していた事がある。その時の菜乃葉は全く恋とは無縁だったため、気に留めていなかったのだが今は違った。

「菜乃いつ空いてるの!? 私のオススメのお店連れてってあげる!!」

 菜乃葉は友人の優しい言葉に胸が熱くなった。それにあすかは恋多き女でお洒落に興味を示さない菜乃葉とは正反対にお洒落の上級者でもあった。そんなあすかにデート服を見てもらうのは心強い。

「ほんと!? ありがとう! 予定確認する!」

(優しい……)

 そして菜乃葉はあすかと祝日に買い物へ行く約束をした。



 授業が終わり、庭へ向かう中菜乃葉は頭の思考を巡らせていた。よくよく考えると悠人とデートする日よりも悠人の誕生日の方が先であった。その為記念すべき初デートの日は、悠人と恋人になった前提でのデートになるということだ。菜乃葉はそれに気付いて気合いを入れ直す。

(どんな服が悠人くん好きかな?)

 デートへの気持ちを胸に抱きながらそわそわした様子で思考を始めると菜乃葉はある事に気が付く。今更だが、自分は悠人の好きなものを何も知らないという事だ。

(あたし……もしかして悠人くんの事全然知らない?)

 菜乃葉は愕然とする。こんなにも毎日のように顔を合わせている悠人の事を菜乃葉は何も知らないのだ。菜乃葉は強いショックを受けながら無意識に庭の門を開け、庭の敷地内へと入る。しかし気分は沈み、菜乃葉の顔色は一気に暗い表情へ変わっていく。

(気付かなかった……こんなに好きなのになんかショック…)

「菜乃葉?」

 菜乃葉は目を閉じて自身の愚かさを悔やみ始める。

(あたしの馬鹿……悠人くんの事もっと知りたい)

「どうしたの?」

「菜乃葉?」

 菜乃葉は自分の落ち度を嘆くばかりで周りが全く見えていなかった。先程からずっと菜乃葉に気付いた悠人が声を掛けているというのに声どころか視界にも入っていなかった。

「おねーさん。流石にオレも傷付く」

 菜乃葉の顔の前まで近付いた悠人は少し口を尖らせながらそう声を発した。そこでようやく菜乃葉は悠人に気が付き、驚いたせいで肩が跳ね上がる。

「ゆっ悠人くん!?」

「やっとこっち見た」

 悠人はムスッとした顔で菜乃葉を軽く睨む。その発言で悠人がずっと声を掛けていた事に気付いた菜乃葉は慌てて両手を合わせ謝罪した。

「ごめん!無視してたわけじゃないのよ!」

 そう言うと悠人は舌を出して「ま、いいけど」と口に出すと「考え事?」と菜乃葉に問い掛けてきた。菜乃葉は未だに先程のショックが拭えず気分が上がらない様子で「うん、ちょっと……」と答える。

「ふーん」

 その言葉を最後に二人は暫し沈黙する。菜乃葉は悠人の事を何も知らない自分へのショックと今の失態も合わさって更に顔色が悪くなる。悠人に会えたというのに中々平常心を戻せずにいると悠人の方から「菜乃葉」と名を呼び沈黙を破ってきた。

「ん?」

 菜乃葉は困惑しつつも悠人の声に反応して下がっていた顔を上げてみると悠人はとんでもないものを菜乃葉に突きつけてくる。

「虫。」

 にっこりと笑みをこぼしながら悠人の手の平に置かれた落ち葉の上で動く幼虫は、菜乃葉の目の前に差し出されている。菜乃葉はあまりの拒絶心から大きな声で悲鳴をあげた。そしてすぐに悠人から後退り距離を取ると悠人へ非難の声をあげる。

「酷い! あたしが虫嫌いなの知ってるでしょ!?」

 悠人は初めて出会った時に菜乃葉に虫を見せてきた。あの時の菜乃葉の反応から、菜乃葉の虫嫌いは悠人もよく知っているはずだ。それなのに何故こんな事をするのか、菜乃葉には理解できなかった。揶揄うと言ったってこんなやり方はあんまりだ。悠人への警戒心が生まれた菜乃葉は悠人をキッと睨みつけると悠人はそのまま口を開く。

「うん。知ってる」

 やっぱり知っているではないかと菜乃葉は悠人の態度に困惑し始めたが、次に放たれる言葉でその気持ちはすぐに消え失せた。

「悲しそうだったから」

「え……」

 悠人の顔は笑っていなかった。先程笑みを見せたのは虫を見せつけた時のみで菜乃葉が嫌がる様子を目にして笑う事はなく、悠人はいつもの悠人だった。

(もしかして元気付けようと……?)

 菜乃葉はそこでようやく頭が働く。不器用だが悠人なりに菜乃葉の事を元気付けようとあのような事をしたのではないだろうか。思えば悠人が菜乃葉を馬鹿にして揶揄う事は最近の記憶には全くない。悠人が菜乃葉へ好意を隠さなくなった時から菜乃葉の嫌がる行為をする事は本当になかった。先程まで菜乃葉の元気がない姿を見て悠人が気を働かせたのだと考えれば先程の行動は理にかなっている。

「……悠人くん、ごめんね。ありがとう。落ち着いたわ」

 悠人の真意に気付いた菜乃葉は悠人へ謝罪の言葉を述べる。しかし落ち着いたというのは嘘だった。菜乃葉は今の自分の行動で更に自身を責め立てた。悠人の言葉を無視して、悠人の善意を敵意の目で非難した自分が許せなかった。

(あたし自分の事ばっか……今ので冷められちゃったら…)

 菜乃葉は目尻に皺ができるほどギュッと瞼を閉じると悲痛な顔で自分の行動を恥じた。

「あのさ」

 するとそんな菜乃葉を気遣うかのように悠人の声が菜乃葉の鼓膜を刺激する。菜乃葉がそっと顔を上げると悠人は菜乃葉の目を真っ直ぐに見つめて声を上げた。

「オレ、菜乃葉が辛そうなのは嫌だ」

 悠人はそう言ってから菜乃葉へ近付くと菜乃葉の髪の毛の束を右手で優しく持ち上げそのまま髪の束へ唇を落とす。そうして悠人は髪の束を開放しながら閉じた目をそっと開けてもう一度口を開いた。

「……なのに、好きな人の励まし方が分からない」

 ゆっくりと開かれる悠人の瞳はどことなく哀愁を漂わせ、その視線と今の仕草が菜乃葉の鼓動を速くさせた。

「オレも、無知でごめん。オレの事、嫌いにならないで」

 悠人は余裕のない表情で菜乃葉を見つめていた。額にはうっすらと汗が見受けられる。悠人を嫌いになど、なるはずが無い。だがこんなに差し迫られたように余裕のない悠人の顔は初めてだった。悠人のその眼差しは菜乃葉に嫌われたくないと訴えかけている。きっと怖いのだ。菜乃葉に嫌われてしまうと思っているのかもしれない。菜乃葉の中で悠人への想いが一気に溢れるのを感じた。

(なんて愛おしいんだろう)

 菜乃葉は悠人のそんな様子を見て悠人を安心させたいと強く思った。悠人の余裕がない瞳を優しく見つめ返し、菜乃葉は悠人の両手を握りながら「大丈夫よ!」と声を発する。この距離で見つめ合う事に多少の気恥ずかしさはあれど、悠人から視線は逸らさなかった。

「言ったでしょ? あたし悠人くんの事大切だって」

 悠人はただ菜乃葉を見つめ返す。

「大切の意味は悠人くんの求めてるものとは違うけど、それでもそんな簡単に嫌いになんてならないわよ!」

 未だに好きだと伝えられないもどかしさを感じたが、それでも悠人には誠意を込めて言葉を紡いでいた。嫌ってなどいないのだと悠人へかける言葉に想いを込める。すると悠人は菜乃葉の手を握り返しながらいつもよりは少し控えめに声を出した。

「じゃあ……好き?」

「えっ、す……」

 突然の言葉に思わず握り返された手を離す菜乃葉。そして焦った様子を見せながらもすぐに言葉を続けた。

「すき、だけど……」

 勿論異性としてなのだが、それを今言う事は出来なかった。

「恋愛としてじゃなくて?」

「れっ恋愛としてじゃなくて!!」

 悠人は顔を逸らして僅かに赤らめた顔で少し顔をしかめてみせる。答えを分かってはいても聞いてくる悠人の態度は可愛らしい。だが、素直に肯定することが出来ない菜乃葉は心の中でごめんと謝罪しながら「もう! 知ってるでしょ」と付け加えた。

「そっか、なら良かった……」

 悠人は安堵した様子を見せるとその場でしゃがみ込んだ。突然の動作に菜乃葉は驚き「悠人くん!?」と声を漏らすが悠人は「はーーーっ」と深く息を吐き出すとそのままの体勢で続けて言葉を放つ。

「よかった……菜乃葉に嫌われなくて」

 悠人は自身の前髪を無造作に掴み、目を閉じると再び大きく息を吐いた。心の底から安心した様子の悠人に菜乃葉は胸がときめく。

(そんなにあたしの事……)

 悠人の気持ちを改めて認識した菜乃葉は右手をぎゅっと握りしめて発端は自分にあるのだと先程の事を思い出す。元々は菜乃葉が一人で勝手に落ち込んでいただけなのだ。そんな菜乃葉を悠人は励まそうとしてくれただけであり、悠人は今回全く悪いところがない。むしろ、悠人の行動は菜乃葉への優しさしかなかった。悠人は本気で菜乃葉を大切に想ってくれているのだ。悠人が無性に愛おしくなった菜乃葉は芝生の上にしゃがみ込む悠人に向かい合う形で、同じくしゃがみ込むと悠人の顔を覗き込むように彼の瞳に自身の目を合わせた。

「ねえ悠人くん、あのね」

 悠人は目の前にしゃがみ込む菜乃葉を少し驚いた様子で見つめている。そんな悠人に菜乃葉は言葉を続ける。

「君の事もっと教えてほしいの」








* * *

―――菜乃葉に嫌われなくて本当に良かった。

 悠人は心の底から安堵していた。今日初めて彼女を見た時、何かおかしいと思った。いつもより明らかに悲しげな表情をしている菜乃葉を見て悠人は彼女に寄り添いたかった。結果、見事に失敗したのだが、菜乃葉から嫌悪される事にはならず本当に良かったと悠人は安心した。安心した事で気が抜けたのか、悠人は芝生の上にしゃがみ込むとそのまま立ち上がれずにいた。心配そうに悠人の名を呼ぶ菜乃葉に愛おしさを感じながらも悠人は「良かった」と安堵の声を漏らした。

 すると菜乃葉は急に悠人の目の前にしゃがみ込んでくる。何故視線の高さを合わせたのか分からないまま菜乃葉を見つめていると菜乃葉は悠人の予想もしなかった言葉を口に出した。

「ねえ悠人くん、あのね、君の事もっと教えてほしいの」

 手を伸ばせば届く距離にいる菜乃葉の顔はやけに真剣な目をしており、そんな彼女の眩しい視線に悠人の心は揺れ動く。

「あたしね、悠人くんの事何も知らないって気付いてそれが悲しかったのよ」

 菜乃葉は先程元気がなかった理由を口にした。弟のように大切に思っている悠人の肝心な情報を何一つ知らない事がショックだったのだと。だから、悠人の事をもっと教えてほしいと、そう言ってきた。

「なんで気になるの?」

 菜乃葉にも以前、伝えた事がある。悠人は質問が嫌いだと。それを菜乃葉は知っているはずで、僅かに躊躇う菜乃葉の視線がそれを忘れてはいないと物語っていた。そして悠人自身も他でも無い菜乃葉が悠人に嫌な思いをさせたくてこんな事を言い出しているとは思えなかった。

「悠人くんともっと仲良くなりたいから……って言ったら分かってくれる?」

「ふーん」

(仲良く……)

 正直悠人の心は半々に分かれていた。一つは質問をしてほしくない自分と、もう一つは菜乃葉が異性として悠人を見ずとも悠人に興味を示してくれる事に喜んでいる自分だ。悠人は考える。


『ねえ君のお母さんは何で死んじゃったの?』

『お父さんて不倫してたの?』

『お母さんとお父さんていつから仲悪かったの?』

『お父さん、お母さんの事好きじゃなくなっちゃったのかな?』

『悠人くんはお母さんとお父さんどっちが好きだった?』

『不倫相手って何人居たのか知ってる?』


 過去の記憶が蘇ってくる。悠人が質問を嫌う理由は間違いなく過去の事故が原因だった。何も知らないくせに何でもかんでも質問を飛ばしてくるマスコミ。ただクラスが同じと言うだけで首を突っ込みたがるクラスメイト。ニュースになっていたからと群がってくる野次馬。その誰もが悠人へ浴びせる質問は不愉快以外の言葉がなかった。境界線というものを知らないのだ。何もかも嫌になった悠人は誰かと会話をするのも嫌だった。だから――――

(質問されるのは正直、好きじゃない)

 これが変わる事はこの先もないだろう。それほど過去の存在は大きい。だが――――

(だけど、菜乃葉になら……)

 悠人は目の前にいる菜乃葉を見つめる。彼女の眼差しは悠人の嫌うそれとは異なり、眩しくて煌びやかで愛おしい――――

(菜乃葉になら、いいかな)

「いいよ」

 悠人は言葉を放った。

「菜乃葉が気になる事、全部答える」

 撤回などはしない。悠人は自身の中で答えを導き出した。菜乃葉に関してなら、乗り切れるかもしれない。悠人の言葉で菜乃葉は瞬時に明るい表情を見せると嬉しそうに感謝の言葉を告げてきた。

「ほんと!? ありがとう!!」

 その笑顔があまりにも眩しく、心を掴まれた悠人は「別に……」と声を出して誤魔化した。とてつもなく楽しそうに表情が明るくなった菜乃葉がとんでもなく可愛い。

「で、何が知りたいの?」

 僅かに顔を赤らめながら悠人は菜乃葉の知りたい事を聞いていく。教えてほしいとは言われたが、何を教えるべきか分からないからだ。それなら菜乃葉の知りたい事を答えていく方が効率は遥かに良いだろう。すると菜乃葉は待ってましたとばかりに声を弾ませて悠人へ言葉を発した。

「えっとね、やっぱり悠人くんの好きなものが気になるな〜!」

「え? 菜乃葉だけど」

 好きなものと聞いて瞬時に浮かび上がるのは菜乃葉以外にいなかった。ものではないが意味合いとしては同じだろう。悠人は躊躇いなくそう答えると菜乃葉は意表をつかれたのか「え、えと……そう…ありがとう」と言うと顔を真っ赤に染めていた。そんなところも可愛らしいと悠人は思いながら菜乃葉の次の質問を待ってみる。菜乃葉も気を取り直したのか調子を戻して「じゃあ!」と言うと次の質問が始まる。

「好きな食べ物は!?」

「釜飯」

「えーそうなの!? あたしも好き!」

 菜乃葉は嬉しそうにそう言うと次に苦手な食べ物は何か問い掛けてくる。

「単品で食べるジャガイモは好きじゃない」

「ぷっ……カワイイ」

 じゃがバターなどの美味しさが分からない悠人はジャガイモの用途をカレーや何かのトッピングとしてしか利用することがなかった。菜乃葉はそんな珍妙な回答にも楽しそうに反応すると今度は悠人の血液型を尋ねてくる。

「あたしはA型!」

「え、O型だと思ってた。オレはB」

「あ〜ぽいね!」

 菜乃葉の血液型を聞いて驚いたが、菜乃葉は悠人の血液型に納得したようだ。菜乃葉は次々と質問を続けていく。

「好きな歌は?」

「あんま聞かない」

「えっそうなの!? でも悠人くんらしいなぁ。じゃあ芸能人とかは?」

「興味ない」

「ふふっそれも悠人くんっぽい!」

 菜乃葉はキャッキャっとはしゃぎながら笑い出す。悠人はそんな菜乃葉の様子を見て心底不思議だった。先程から菜乃葉の質問に対して、面白味のない答えしか出せていないのだ。だというのに菜乃葉はとても楽しそうである。

(へんなの)

「じゃあ好きな映画!」

「見ないから分かんない」

「それもなんか分かるかもっ!」

 あははと声を出して笑う菜乃葉にはどう見ても取り繕った様子は見えない。この状況を心から楽しんでいる様子だ。

「じゃあ……」

 菜乃葉は人差し指を立てながら次の質問を出そうとする。悠人には不思議なことがもう一つあった。それは、質問されるのが嫌なはずなのに菜乃葉にされる質問は心から楽しいと感じている自分がいる事だ。

「好きな植物はある?」

(オレも変だ)

 悠人は不思議な気持ちになりながらも決して不愉快な思いは抱かなかった。自身の首筋に手をあてがいながら質問する菜乃葉を一見すると、そのまま目を伏せて菜乃葉の問いに答える。

「サボテン。落ち着くから」

「サボテンなんだ!可愛いよね〜!!」

(質問されるのって嫌な事ばかりじゃないんだな)

 悠人は実感していた。今までは拒絶反応が強かったせいか、誰かに問いかけられる度に苛立ちが生まれ、気分は最悪だった。露骨に顔に出す事はしなかったが、心の中ではいつも質問する奴を軽蔑していた。菜乃葉に初めて出会った時もそれは同じだった。だが、今思えば菜乃葉からの質問でそこまで気分を害した事はなかった気がする。恐らく菜乃葉という存在が悠人にとって初めから特別だったのだろう。

「あ、趣味はある?」

 菜乃葉の質問は続く。

「植物は好きだよ。調べたりする」

「わ〜わ〜悠人くんらしい! てかやっぱ仲間!」

 そう答えると菜乃葉は今日一番の輝く瞳を悠人に向けて本当に嬉しそうにそう言ってくる。悠人はこのままではまずいと思い否定の言葉を口にする。

「菜乃葉ほどじゃないと思うけど。本当に」

 本当にというところを強調してそう答えた。菜乃葉ほどの植物オタクはそうそういないだろう。一緒にされても困るというものだ。すると菜乃葉は「え〜?」と疑いの眼差しで悠人を見てくるが、そんなところも楽しんでいる様子だった。

「ふふふ、じゃああとはー」

 菜乃葉はコロコロと様々な表情を見せながら楽しそうに質問を考えている。そして質問の内容が浮かんだのか両手を自身の指に絡めて「初恋はいつだった!?」と尋ねてきた。

「初恋は今だけど」

 菜乃葉の顔を真っ直ぐ捉え、特に照れることもなく堂々とそう告げると菜乃葉は「え?」と間の抜けた顔をして固まった。

「菜乃葉だよ。気付いてなかったの?」

 てっきり知っていると思い込んでいた悠人は驚きで言葉を失う菜乃葉の顔が赤くなるのを目にして可愛らしいと感じる。見つめ合ったまま静止した菜乃葉は一泊置くとすぐに目を逸らして「ごめん知らなかった……」と顔に熱を帯びたままそう口にした。悠人はそんな菜乃葉を見て自然と笑みを溢す。

「いいよ別に。おねーさんらしい」

 そう言って菜乃葉の顔をじっと見つめた。菜乃葉の顔は相変わらず赤く染まり、今すぐにでも触れてしまいたいほどに愛しさは増す。菜乃葉は見つめられている事に違和感を覚えたのか「な、なに?」と恥じらいながら聞いてくる。

「別に。質問がもうなければオレ、帰るね」

「あっそっか、もうそんな時間……」

 菜乃葉からの質問はいつしか止まっていた。悠人は菜乃葉の気が済むまで答えるつもりでいたが、もっと質問をされてもいいと思っている自分がいる事に気がつく。そんな風に思えた事に驚きよりも嬉しさが勝っていた。そして何より、今日のこの時間を楽しいと思えた事が嬉しかった。

「じゃあ菜乃葉またね」

 悠人は屈託のない笑顔で菜乃葉へ別れを告げる。そして「今日も会えて良かった」と嘘偽りのない本心を菜乃葉へ放った。悠人を静かに見送る菜乃葉は「うん」と答えると小さく笑みをこぼし、悠人には聞こえない何かを呟いていた。

* * *







「大好き……」

 遠ざかる悠人の背中へ向けた言葉は愛の囁きだった。無論、悠人には聞こえない小声で発したため、バレる事はないだろう。言葉に出してしまいたくなる程に菜乃葉の気分は高揚していた。悠人との質問タイムは想像していた何十倍も楽しく、菜乃葉は自宅に戻ってからも先程の時間を大切な思い出として何度も思い返していた。





第十三話『質問タイム』終




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