第十二話『ご褒美』



 緊張でどうにかなりそうな菜乃葉とは対照的に冷静な声色で悠人は菜乃葉の名前を呼んだ。そして次に予想外の言葉を告げて来る。

「無理してる?」

(え?)

 思わず逸らしていた目を悠人に向けると僅かに頬を染めた悠人と目が合う。そして悠人はそのまま言葉を続けた。

「オレの気持ちに応えられないから言ってくれたの? ありがと。でも同情はしなくていいよ。オレ、頑張るから」

(あ、あれ……?)

 そう言って悠人は菜乃葉へ笑顔を向けた。「おねーさんも冗談言えるんだね」と笑い声と共にそう告げる悠人は何かを隠しているようには見えない。

(冗談だと思われちゃった……でも悠人くん嬉しそう)

 悠人の予想外の様子を見てまあいいかと思い直した菜乃葉は誕生日の告白を守れた事に対して安堵の息を吐いていた。元々誕生日に告白をするつもりだったので伝わらなかった事はそこまで残念には思っていなかったからだ。だが勢いで口に出した事で吹っ切れていた自分がいたのも本当で、心の片隅で気持ちを伝えられていたらと思う自分もいた。矛盾しているのは自分でもよく分かっていた。

(誕生日こそ必ず……!!)

 菜乃葉はそう決心すると菜乃葉の表情の変化を不思議に思った悠人は「なんか今日菜乃葉へん」と鋭いところを突いてきた。菜乃葉は慌てて「へっ変じゃないよ! 失礼ね!!」と誤魔化してなんとかその場を凌いだ。







 翌日、菜乃葉は昨日の事を反省していた。そう、悠人へ気持ちが伝わらなかったのはどう考えても菜乃葉自身に問題があったからだ。悠人に以前気があるかどうか聞かれた際に否定をしたのだから、その後に『悠人がいるから庭へ行く』と恋愛的な意味で伝えるのはあまりにも信憑性に欠けている。悠人の期待をはっきりと否定しておいて、菜乃葉の意味深な発言を悠人が信じるわけがないのだ。

 菜乃葉は一人で反省をしていると通学途中でレインの通知音が鳴る。ちょうど赤信号だったのでその場で立ち止まりレインを確認すると悠人からの連絡だった。

『ばーちゃんが熱出たから今日は行けない』

「わ……おばあさんが熱…残念だけど仕方ないよね」

 悠人からのレインの内容に菜乃葉は眉根を下げて『おばあさんお大事に』と返信を打った。するとすぐに悠人からの返事が届き、その返事の内容に菜乃葉の心臓は跳ね上がる。

『会いたかった』

 菜乃葉の鼓動はドクドクと分かりやすく速く波打ち、信号が青になったことにも気が付かぬまま菜乃葉は返信を打ち始める。菜乃葉の横を不思議そうな顔で数人が通り過ぎていく。

「悠人くん、会えないのにそれ言うのはずるすぎじゃない?」

 真っ赤に染まった顔で菜乃葉はここにはいない悠人へ声を放つ。本心では自分も会いたいと送りたいところだが、昨日のような事になっても困る。それに何より誕生日にとっておきたいのだ。菜乃葉は悩んだ挙句、無難な返事を悠人へ送ると再び青信号になった横断歩道を歩いて学校へ向かった。







 悠人がいない事は分かっていたが、菜乃葉はその日も庭へ足を運んだ。鼻歌混じりに「庭っ庭〜」と一人で呟き菜乃葉は植物へ水をあげ始める。今日も植物の調子は良く、菜乃葉の気分は高まった。

 元々は庭に癒されたいという気持ちからこの城へ通い続けていた。そうしていたら、悠人と庭で会う不思議な繋がりが出来たのだ。

(不思議……)

 菜乃葉はじょうろを片手に空を見上げる。

(あんなに大好きだった庭にいるのに悠人くんの事考えてる)

 初めてこの庭に訪れた時には誰かと共に過ごしたいと思う事はなかった。友人と来たいとは思わず、同じ植物好きや家族でさえも一緒にこの空間で過ごしたいとは思わなかった。一人で浸っていたかったのだ。それが今はどうだろうか。菜乃葉はこの場に悠人の姿を望んでいた。悠人がこの庭に住んでいたからではない。西田悠人という人物に、心惹かれているからだ。

 菜乃葉は水やりを終えると芝生に腰をかけて目を閉じる。そして今日は久しぶりに一人を満喫しようと声に出して宣言をした。そうする事で悠人がいない寂しさを晴らしたかったのかもしれない。







* * *

「おっすーーって悠人いる! ばーちゃん治ったのか!?」

 洋一は三日ぶりに顔を出した悠人の姿を確認すると忠犬のように悠人へ近付き嬉しそうに声を掛けた。悠人は祖母の看病で三日間学校を休んでいた。

「うん」

 悠人は洋一に顔は向けず淡々と声を返す。洋一も特に気にせず「良かったな―って、ん?」というと途中で悠人がずっと操作しているスマホに目をつけ始める。洋一はすかさず悠人のスマホの画面を覗き込むと驚きの声を上げた。

「え? 悠人レインやってんの!?」

「うん」

「え!? オレにも教えろよ!」

 悠人のレインを知らなかった洋一はすぐに悠人へレインのIDを要求するが、悠人は全く返事をしない。完全に洋一を無視している。

「おいー聞いてる? オレにもレイン」

「ちょっとまって」

 そこまで洋一が言いかけると有無を言わさず御される。悠人の表情は珍しく真剣で洋一はある人物を連想させた。そして洋一はそのまま顔をにやけさせると悠人を茶化そうとする。

「そんな真剣て事はあの先輩だろ? 悠人くんよぉ〜」

 洋一はニヤニヤとした表情であからさまに煽てるが悠人は全く動じず、反応は極めて薄かった。

「そうだけど関係ないじゃん」

 悠人は相変わらず視線をスマホへ注視させたまま顔色を変えずにそう言葉を出すと洋一は満面の笑みを悠人に向けながら肩をバシバシと叩き始めた。

「何言ってんだよ!! お前のそんな姿レアだから関係ありまくりだって!!」

 心底楽しそうに悠人の肩を叩く洋一に悠人はようやく表情が動く。それは苛立ちの顔だった。

(集中したいんだけど)

 だがそんな悠人の怒りにはお構いなしに洋一は楽しげに悠人へ声を掛け続けていた。



「西田くん」

 放課後になり、悠人は下駄箱へ向かうため廊下を歩いていると背後から呼び止められる。

「何?」

 悠人を呼び止めたのは山咲だった。山咲は不安げな表情で振り返った悠人を見つめると口を開く。

「わ、私にもレイン教えてくれない?」

 先程の洋一とのやり取りを見ていたのだろう。しかし悠人はすぐに湧き上がった疑問を躊躇いなく口に出した。

「何で?」

「えっ!?」

 悠人の疑問に山咲は驚きのあまりか疑問を返した。予想外の言葉だったせいか山咲は焦った様子を見せて「え、えっと」と口籠らせる。

「それは…」

「用があるなら学校で言えばいいし必要ある? オレは必要ない」

 山咲の言葉を待つ事もせず悠人はそれだけ淡々と口に出すと「じゃ」という言葉を最後に山咲へ背を向けて歩き出していった。そんな悠人の背中を名残惜しそうに見つめながら山咲はため息をついていた。

* * *







 キィ……という門の開く音で菜乃葉は後ろを振り返る。そこには待ち焦がれた悠人の姿が見えた。菜乃葉は包み隠さず嬉しい気持ちを全面に出して悠人へ挨拶をする。

「悠人くん! 三日ぶりだね!」

「おばあさんの熱良くなって安心だねぇ〜!」

 たったの三日だけではあるが、菜乃葉は悠人が恋しくて仕方がなかった。だが菜乃葉が庭へ行くのを自ら止めたあの二週間と確実に違っていた事は、悠人とレインで繋がっていた事だ。悠人と会えなかったこの三日間、一日も欠かさず二人は連絡を取り合っていた。そして大抵いつも悠人から送られて来る事に菜乃葉はときめきを増幅させていた。

 菜乃葉の言葉を聞いて目を伏せた悠人は仄かに顔を赤らめながら「うん、ありがと」と言葉を出す。そして何故か菜乃葉の右手を悠人の右手が掴み始めてきた。

「ちょっとごめん」

「!? えっ!?」

 突然の接触に菜乃葉は驚きを隠せない。そして気恥ずかしさが同時に襲って来る。

「少しだけ手貸して」

「……」

 悠人は明らかに顔を赤らめながらしかし菜乃葉の手をがっしりと掴んでいた。慣れない事をしているせいか悠人の表情は珍しく恥ずかしそうだ。悠人が暫く菜乃葉の手を離す様子は無く、満更でもない菜乃葉も振り解こうとは思わなかった。悠人の熱が菜乃葉の右手に伝わり、緊張が収まる様子は全くなかった。

「おねーさん、手ちっちゃいな」

 悠人はまだ頬に赤みを灯しながら菜乃葉の手を握り続ける。そして菜乃葉の手が小さい事が意外だと呟くので菜乃葉は照れながらも「そ、うかな……」と声を出した。その言葉に悠人はうんと頷く。菜乃葉は高鳴る胸を自身で感じながらも菜乃葉の手を握る悠人の手に意識を向けてみる。

(悠人くんは)

 そこで初めて気が付く。悠人の手は、菜乃葉と違った。

(意外と大きいんだ……)

 予想よりも大きい悠人の手に掴まれた状態の菜乃葉は次第に心拍数が上がっていく。暫く俯いていた菜乃葉は見る事ができなかった悠人の瞳に目を向けてみるとこちらを見つめていた悠人と目が合う――。ドキンッと鼓動が速くなる音が胸に響いた。

「手、ありがと」

 瞬間、悠人はパッと菜乃葉から手を離す。

「うっううん、いいの」

 ようやく手を解放された菜乃葉はしかし名残惜しい気持ちが残り、それを誤魔化すように自身の髪の毛を右手の人差し指に絡め始めた。そして二人の間には微妙に甘い空気が流れ始めていた。

(……やっぱり)

 菜乃葉は悠人の方を一見してから気を紛らわそうとすぐに目を離した。しかしそれと同時に菜乃葉に向けられる視線が感じられる。悠人が菜乃葉を見つめているのだ。

(悠人くんと一緒にいる庭が、いつも以上に心地良い)

 そんな悠人のくすぐったい視線を浴びながら菜乃葉は実感する。会う度に悠人が好きだという気持ちが大きくなっているのは間違いなかった。菜乃葉はこの妙に甘酸っぱい空気感に耐えられずようやく声を上げる。

「ゆ、悠人くん」

「もう花に水はあげてるから」

 いつもの習慣を終えている事を悠人に報告する。すると悠人はすぐに「うん、ありがと」と素直に礼を述べる。菜乃葉も「う、うん」と言葉をつっかえさせながら答えるとまた悠人の顔を見るのが気恥ずかしくなり目線を下へ落としてしまった。

(なんか照れて会話が……)

 顔がずっと火照っていることに意識が向いていると今度は悠人の方から口を開いてくる。

「菜乃葉」

 悠人は顔に赤みを残したまま、珍しく口角を上げて菜乃葉の方を見据えている。そして心底嬉しそうな声で菜乃葉の目が見開くような事を口に出してきた。

「意識してくれてる? さっきので」

「え」

「今までお子様扱いしてたオレに意識して戸惑ってる?」

 悠人はそこまで言うと我慢をしていたのか「プッ」と吹き出して笑い出す。

「いっ意識なんて……!」

(してるけど!)

 その言葉に菜乃葉は反論するしかないのだが、照れた顔を隠す事だけは出来なかった。悠人は本当に嬉しそうな顔で暫く笑い続けると再び菜乃葉を真っ直ぐに見据えて口元を緩めながら声を出す。

「……そのままオレだけ見てて。菜乃葉」

 悠人の山葵色わさびいろの瞳と目が合う菜乃葉は心の臓が異常に踊り出すような感覚を体感した。そしてその悠人の言葉で改めて実感した。悠人を本当に好きになったのだと。完全に悠人の虜になったのだと。

「じゃあ帰るから」

 悠人は慣れない事を口にして限界が来たのか照れた顔のまま別れの挨拶を告げて来る。菜乃葉はうんと返しつつ悠人の名前を呼ぶと、悠人は「ん?」と優しい目をしてこちらを見やる。菜乃葉はそのまま悠人へ手を振って「また明日ね!」と微笑んだ。

「……ん」

 その仕草だけで悠人の顔は再び赤みを増し、そんな姿を見て菜乃葉は愛おしさを感じる。この気持ちを大事にしたいと菜乃葉は心の中で静かに思うのだった。








 休み時間になると珍しい人物が菜乃葉を呼び出した。それはかつて菜乃葉が密かに失恋をした岸大助きし たいすけと彼と交際をしている上野麗穂うえの れほの二人だった。

「梅宮、ちょっといい?」

 二人の姿に驚きつつも菜乃葉の感情は至って冷静であった。かつて恋焦がれていた岸の事は今では何とも思っておらず、前まではよく話していたものの岸が上野と付き合い始めてからは菜乃葉から声をかける事も岸から声を掛けられる事もなくなっていた。

 この二人のカップルは学校中で有名なカップルとして知名度が高い。岸は顔立ちの整った優男として有名で、恋人である上野もミスコンで一位を獲得したマドンナ的存在だからである。そんな美男美女が恋人になったのだから、校内の生徒が注目するのも無理はなかった。そんな二人が菜乃葉に何の用だろうか。

「どうしたの?」

 菜乃葉とクラスが異なる二人は教室の扉から菜乃葉を待っている。菜乃葉も扉の近くまで足を向けると今まで一度も会話をした事がなかった上野の方から口を開き始めた。

「あのね、無理なら断ってくれても良いんだけど」

 上野は可愛いらしい桃色の瞳を瞬きさせながらその長い睫毛で菜乃葉に微笑みかける。その笑顔は菜乃葉も思わず顔が赤くなりそうな程可愛らしい笑みであった。マドンナと呼ばれる理由もよく分かる。

 そんな事を頭の隅に置きながら上野の言葉を聞いていると、上野のある一言で菜乃葉は一気に表情を変える事になった。

「ダ、ダブルデート!?」

 今上野は間違いなくダブルデートの単語を口に出した。菜乃葉は理解が追いつかず声を落とす事はできなかった。しかしそんな菜乃葉に驚く事もなく笑顔を崩さぬまま上野は言葉を続ける。

「そうなの。ずっとしたかったんだけど相手がいなくて」

 上野の話はこうだ。岸と上野のペアと菜乃葉ともう一人の男のペアとでダブルデートをしようと提案してきたのである。しかもそのもう一人の男というのは既に決まっているようだ。菜乃葉は考えるまでもなかった。

「でもあたし今、好きな人がいてその人以外の人とデートしたくない……悪いけど断らせて」

 率直にそう断ると上野は直ぐに笑顔を向けて両手を合わせて言葉を返す。

「そっか好きな人いるんだね! ごめんね、そしたら他を探すから大丈夫だよぉ〜」

 そう言って笑顔で割とあっさり退散してくれた。岸と上野は腕を組みながら幸せそうに菜乃葉のクラスを去っていく。その様子を目にしながら菜乃葉は上野が話の分かる子で良かったと心底安心する。しかし何故、関わりのない自分に声を掛けたのかだけは謎であった。









* * *

「なー悠人、何でいつも返事しねーんだよ」

 不服そうな顔をして洋一は悠人へ文句を垂れた。悠人の真横に全く返事のこないトーク画面を見せつけているが悠人が洋一の方を向く事はいつも通りなかった。

「めんどいから」

「つめたー!」

 悪びれもなく堂々と面倒だと言い放つ悠人に洋一は不平不満の声を漏らす。しかしレインのID自体はあの一件の後教えてもらってはいた。洋一は悠人の方を不満気に見ていると悠人は『ピコンッ』という通知音と共に分かりやすく俊敏な動きでスマホに目を通し始める。その様子を見て洋一は再び口をこぼした。

「ったくよー、先輩とのこの違いよ……」

 悠人のスマホ画面を見たわけではないが、相手が誰であるのかは悠人の反応を見れば分かったも同然だ。こんなに嬉しそうな雰囲気を醸し出す悠人を見る事は今までになかった。そうと分かれば悠人の連絡相手はどう考えても悠人が好きだと発言した例の先輩しかいないだろう。

 悠人はスマホの画面を見つめたまま口元を綻ばせていた。本当に珍しいその悠人の笑みに洋一は言葉を失いながらも悠人のそばからその様子を見守る。

(悠人が笑ってる?見た事ねー顔してる。友達として成長を喜ぶか!)

 仕方ねーなと小さく呟いた洋一はその悠人の様子を見る事を楽しいと同時に嬉しく思っていた。

* * *







 放課後になり、菜乃葉は庭へ向かい始める。今日はいつもより疲労感が増していた。菜乃葉は近づきつつある庭までの距離をゆっくりと歩きながらブツブツと声を出していた。

「今日はなんだか疲れたなー。ダブルデートとか……断れて良かったけど」

 はぁ〜と大きく息を吐きながらそうぼやいていると突如いるはずのない声が背後から降り掛かる。

「ダブルデートって何?」

「!!?」

 何とそこには悠人がいた。道端で遭遇するのは初めてであり、本来なら喜ぶべきところなのだが今のこのタイミングは最悪であった。

「ゆ、悠人くん!?」

(き、聞かれちゃった)

 菜乃葉が慌てながら「どうして!?」と何故ここにいるのかと問うてみると「たまたま」とだけ声が返ってくる。悠人はどこかムスッとした表情で菜乃葉を見据えていた。やましい事は何もないのだが、居心地の悪い気分が菜乃葉の心に入り込む。

「それよりダブルデートってどういう事?」

 悠人は振り向いた菜乃葉の方へ顔を一気に近づけると珍しく眉根を吊り上げて菜乃葉に質問を投げかける。急に近くなった悠人の顔に菜乃葉は動揺しつつ悠人を見つめ返した。だが菜乃葉はすぐに目を下へ向けて視線を逸らすとそのまま質問の答えを口にし始める。

「ほんとうに大した事じゃないわよ。岸くんカップルにダブルデートしないかって誘われただけだし」

 念のため「突然ね」と言葉を付け足す。そして悠人が危惧しているであろう事もきちんと説明をしようとする。

「悠人くんが心配するような事は…」

「菜乃葉」

 悠人は顎に手を当て訝しげな顔を見せると菜乃葉の名を呼ぶ。そして菜乃葉の恐れていた言葉を口に出してきた。

「まだ未練…」

「ないって!!」

 言いかけていた悠人の言葉をすかさず大声で遮り否定する。悠人には気持ちを伝えていないせいか、やはり誤解を生んでしまったようで菜乃葉は複雑な心境になる。

(もうっ! 今は悠人くんしか見えてないのに)

 しかし想いを告げてないのだからそう思われるのも無理はなかった。しかし悠人は菜乃葉の言葉に納得できないのか「ふーん」と言いながら疑いの目を向けてくる。

「う、疑ってるわね?」

(本当なのに……)

 なんとか悠人の誤解を解きたいが、菜乃葉は上手い言葉が見つからなかった。こういう時は何を言えば正解なのだろうか。悠人に後ろめたい事など何一つないというのに、菜乃葉は焦りのせいかたじろいでしまう。

「で、行くの?」

 悠人は先程よりもあからさまにしかめっ面をして菜乃葉に非難の目を向けてきた。菜乃葉はどうしたらいいのか分からず、しかし誤解を解きたい一心で眉根を吊り上げて言葉を投げ返す。

「行かないわよっ!! も〜〜〜!!」

 全力で否定をするが悠人はまだ不服なようだ。しかし目を伏せながら大きくため息を吐いた悠人は突然手のひらを返したように菜乃葉の行動に理解を示すような言葉を発した。

「まあ別に、菜乃葉を一方的にオレが好きなだけだし菜乃葉が何しようが構わないけど」

「え?」

「権利ないし」

 悠人は自分の立場を客観的に捉えた発言をした。その一変した様子に菜乃葉は不可思議な顔を向けてみせると悠人は言葉を続けてくる。その言葉には強い意志のようなものを感じた。

「どうあれオレが振り向かせるから」

 そう言う悠人の顔はもう先程まで見せていた子どものようなしかめっ面ではなく、いつもの悠人の表情に戻っていた。悠人のその直球な言葉に菜乃葉は不意をつかれ不覚にも胸が高鳴る。

(好きって言われた!)

 単純にも胸をときめかせて浸っていると悠人はすぐに「あと」とまた言葉を繰り出す。

「ダブルデート行く暇あるなら」

「ん?」

(行く暇?)

 表情こそ表に出さなくなったものの、悠人はやはりまだ心の中でムスッとしているようだ。言葉に棘があるのを感じながらも菜乃葉は悠人の言葉を待つ。悠人は表情を変えずにそのまま菜乃葉に目を合わせ声を出した。

「オレともデートしてよ」

 これには菜乃葉も驚く。それはむしろご褒美であり、悠人の提案は菜乃葉にとって嬉しい以外の何物でもなかった。ダブルデートの話を聞かれたのは良かったのかもしれない。

「ダメ?」

「え、いや……」

 菜乃葉は呆気に取られながらも顔は赤く染まり、嬉しい気持ちを隠せずにいた。返事をしなければと「行けるけど……」とかろうじて言葉を返すと悠人はその言葉を聞いてすぐに決定の意を示す。

「じゃ、決定ね。またレインする」

 そう言うと「じゃね」と最後の言葉を残して踵を返して去っていってしまう。

(……庭に行かないのか)

 どうやら悠人は照れてしまったようだ。いつもなら庭へ行く筈なのに帰ってしまったのがその証拠である。しかし怒っていたのも事実だろう。菜乃葉は思考を巡らせながら悠人がやきもちを焼いてくれた事に嬉しさを感じてもいた。






第十二話『ご褒美』終



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