第二話
「なるほどね。」
高田庄司の家は普通のアパートだった。
「早く終わらせましょうか」
少し後ろに下がり、助走をつけると走り出す。アパートから5mほど離れた場所まで来ると、飛び上がり、一階のベランダの柵に右足を乗せ、もう左足を乗せると力強くジャンプ。そして、2階の柵に手をかけると、ぶら下がった状態になる。目の前の壁を両足で蹴ると、ベランダの中に吸い込まれていくように入っていく。
「ふう、鈍ったかしら?」
『そんなことないです。これ以上トレーニングしたら死にます』
耳に入れたイヤホンから冷静に突っ込んできたのは車で待機している彩の声だ。
「掃き出し窓、開いてるのね」
『はい。夜のこの時間が唯一開けている時間なんだそうです。そして、庄司はこの時間に風呂に入っています。』
「まあ、不用心な方」
月は網戸をスッと開くと周りを素早く確認する。
「特に変わった様子はないわね」
危険がないことがわかるとスタスタと中に入っていく。
『月さん、庄司は派手に殺しちゃってください』
「まあ、いいの?」
月は、ふかふかのソファーに座ってまったりとしている。
『はい。母親がそう言ったそうです。しかし、処理班が…』
「そう。でも、依頼人が『派手に』って言ってるんだもの。それは派手じゃないと失礼じゃない?」
『…はあ。俺はもう知りません』
彩には処理班たちが月に泣きつく様子が簡単に想像できた。だがしかし、トップが月である以上従わざるおえないのだ。
「だ、だ誰だお前は」
声がして見てみると、そこには上裸の太った男が立ってた。
『この男が高田庄司ですね』
「どうも、初めまして。輝夜姫と申します。あなたを殺しに参りましたわ」
「はあ…?」
庄司は自分の家に人がいることの恐怖より、月の美しさに圧倒されている。
「さて、まずはその汚い体を隠してくださる?」
月に言われ、そそくさと違う部屋にいったと思えば着替えてから戻ってきた。
「マシになったわね。そこに正座なさい」
彩には月の目の前の映像しか見えていないが、その声から月がにんまりと笑っている様子が想像できた。
「どうやって死にたいかしら?」
「え…?は、え…?しに…?」
混乱している庄司を無視してニコニコと話しを進めていく。
「焼殺?爆殺?轢殺?撲殺?刺殺?殴殺?絞死?射殺?それとも撲殺?」
満面の笑みで殺し方を尋ねる姿は恐怖でしかない。それでも月はうっとりするほど美しいのだ。
「は…え…はあ…?」
庄司は目を白黒させて月を見ている。
「ほら、選びなさい?おすすめは、焼死ね。一番苦しいそうよ?ヤってみる?」
「や、やめてくれ…こ、こ、殺さないでくれ…!」
状況を理解した庄司には恐れが現れている。
「あら、殺されないという選択肢はないわよ?」
「や、やめてくれ!か、金!金ならある!」
「金?それは誘拐した女性で稼いだものかしら?」
「そ、それをなんで…?」
自分が隠し続けていた悪事がバレていることに驚きを隠せないでいる庄司。
「あら、これは噂だったのだけれど本当なのね」
「ち、違う!おんな…は…女は…俺が殺したわけじゃない!」
「そうなの?なら誰が殺したのかしら?」
月は立ち上がるとスッと顔を庄司に近づけた。
「俺じゃない…俺じゃない…俺じゃない…俺じゃ…」
頭を抱え蹲りながら、庄司はぶつぶつと同じ言葉を繰り返している。
「そうだ…父さんと母さんが悪いんだ!!」
「は?」
月の目がキュッと細くなる。
「父さんと母さんが俺をこんなふうに育てたんだ…!そうだ!そうなんだ!だから、だから俺を殺さないでくれ!父さんと母さんを殺してくれ!」
庄司はいきなり顔を上げたと思えば、大声をあげて意味のわからないことを叫び出した。
「あ?お前何言ってんの?」
『あ、まずい』
基本的に丁寧な口調の月だが、怒ると口が悪くなり、月ヤンキー時代が出てくる。そうなると月を止めるのは難しい。
「お前、自分から逃げといて何言ってんの?父さんと母さんのせい?舐めてんのか?その父さんは亡くなってるし、母さんはお前を見つけて嬉しいじゃなくて殺したいだぞ?」
大声をあげているわけでもないのに迫力のある月。
「はじめは息子を殺したいって言ってる母親のこと狂ってると思ったけど、こんなやつは殺すべきだな。で?なんか言いたいことはあんのか?」
「殺さな…」
庄司がばたりと倒れる。
「もっと痛めつければよかったわ。怒りすぎたわ」
庄司の首には切られた跡があった。
『…お疲れ様です』
「ふふ、お疲れ。怯えないで頂戴?」
『流石に慣れました』
「そう?つまらないわね。はじめの頃の彩は怯えてて可愛かったわ」
『何言ってんですか』
「あらま、怒っちゃったかしら?」
『別にそんなことないです。早く帰ってきてください。予定よりも押してます。処理班が来てしまいますよ』
少しムカついている彩の声が面白いらしく、月はクスクスと笑っている。
『何がそんなに面白いんです?』
「ふふふ、なんでもないわ。帰りましょ」
月は人を殺したとは思えないほど愛らしい顔で笑っていた。
ディアヴォロスの天使 伊織みこと @mikoto_05
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