夜のお仕事
第一話
あれから1週間。月は『家』で優雅な日々を過ごしていた。テラスに置かれたテーブルにはたくさんのスイーツが並べてあり、ゆったりと紅茶を飲んでいる月は白いTシャツに灰色のスウェットという格好にも関わらず美しい。まるで、物語から出てきたようだ。
「彩、進んでいるかしら?」
ふと本から目を離し、部屋の中で立派な机といすに座ってパソコンをカタカタしている彩に目を向ける。
「はい。後5分もあれば完了します。」
「そう。相変わらずの早さね。よくこんな分からないことが出来るわね。」
彩は機械の操作が得意なのだ。小さい頃にゴミの山から壊れたパソコンを直して使っていたそうだ。
その一方で、月はスマートフォンすら扱いがままならないほどの機械音痴。連絡と撮影でしかスマートフォンを使わない。しかも、連絡は電話のみだ。なのに、スマートフォンの機種は常に最新なのだ。
新しいスマートフォンをうきうきと買いに行く様子を見ていつも不思議に思うのだった。
月はパソコンと睨めっこしている彩から目を離すと、チョコレートケーキを銀のフォークで切り分けると口の中に運んでいく。その一つ一つの動きは綺麗でドラマの一部を観ているようだった。
「出来ました。」
カタカタというキーボードの音を叩く音が消え、部屋には月がティーカップを置く音がカチャリと響いた。
「お疲れ様。彩もこちらにいらっしゃい。」
手をひらひらして呼んでいる。
「報告しちゃっていいですか?」
「ええ、お願いね。パッパと済ませちゃって頂戴ね」
月は自分に関係ないことに対して無関心だ。裏世界で一番上の立場であるというのに。
「ほら、早くいらっしゃい。彩の好きなショートケーキを用意させたのよ」
「はあ…ありがとうございます」
呆れた態度の彩だが、ショートケーキを見たときの目が輝いたことを月が見逃すわけがなかった。月はクスリと笑う。
「紅茶が冷める前にお座り?」
ティーカップに注がれたアールグレイの香りが上品な雰囲気を醸し出している。
「はい」
椅子に座り、早速ショートケーキを口に運んでいく。彩は甘酸っぱいいちごとケーキの甘さで幸せいっぱいの気持ちになる。
彩がケーキを頬張っていると、机の上に置いてあった月のスマートフォンがブーブーと鳴る。
「はい?」
顔にかかったサラサラの黒髪を耳に掛け、斜め下を見つめる月。
『輝夜姫様お仕事です』
輝夜姫とは月のコードネームだ。このコードネームは月が幼い頃に呼ばれていた名前なんだそうだ。滅多にお酒を飲むことのない月が、彩と出会った日に「お祝いよ」と言ってビールを飲んでいた日に酔った月がニコニコと上機嫌で彩に話してくれた。
「そう。今週はお休みの週だと思っていたのに。残念ね。」
残念と言いながらも唇の端は上がり、妖艶な笑みを浮かべている。
『情報は彩くんに送っておきますね』
ちなみに彩はコードネームを使わない。実際に行動するのは月なので、必要ないのだ。
「今日は人殺しのようね。彩、情報を簡単にまとめて教えて頂戴。着替えてくるわ」
「承知しました」
わくわくした、まるで遠足前の子供のように目をキラキラしている月はかなり異常だ。
「彩、行くわよ。距離は遠い?」
高い位置でポニーテールし、スーツっぽい服に黒いコートを肩にかけ、ヒールの高い黒いブーツという格好。これから人殺しに行くとは思えない格好だ。
「渋滞などないようなので、車で行けます」
「そう。車でいきましょうか」
そう言うとコツコツと靴を鳴らして進んでいく月の後ろ姿は、スラっとしていて雑誌に載っているモデルなんかよりも美しい。
「さて、楽しいお掃除に行きましょう」
車に乗り込んで微笑んでいる月。
「…はい」
人を殺す仕事を「楽しいお掃除」と笑顔で言っている月のことはやっぱり理解できないとため息をつく彩だった。
現場から少し離れた空き地に車を停めると、月は準備を始める。
「今回殺すのは、42歳独身の男。高田庄司です。この男は若い頃から女性に手を出していました。誘拐しては暴力を振るい、その中で数人は殺していると言う噂があります。また、その女性たちを商売に使っていたという噂もあります。確実な証拠がなく警察も尻尾を掴めず苦戦していた人物です。」
「冴えない感じなのに証拠を隠すのは上手いのね?」
彩のパソコンを覗き込んで高田の写真を軽蔑した目で月は見ている。
「それで?殺害の依頼者は誰なのかしら?」
「この男の母親です」
「あら」
そう一言いうと月はおかしそうに笑う。
「母親の高田和子さんは72歳。去年の一月に夫の高田孝宏さんを亡くされています。和子さんは18歳の頃に家から出て行き、連絡が途切れた自分の息子が生きていることがわかったのに、その息子が長きに渡って数々の罪を犯していたなんて聞いたら死んで欲しいと思ったんでしょうね。実際、和子さんは依頼に来たときに『もう、あの子の顔は見たくないわ。殺してください』と言ったらしいです。」
一通りの詳細を見てやはりクズだと思う彩の顔はいつものポーカーフェイスが少し崩れている。
「そう。ありがとう。行ってくるわ」
「はい。お気をつけて」
月を見送ると彩も準備を始めた。
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