第5話 そして手をのばす
魔法もある程度使える様になり、ちょっと気が楽になったとある昼間。
「陽暮」
なんとなく声をかけてみた。理由は暇だったから。蓮と春喜は家庭?菜園の畑に野菜を取りに行っていて、透さんはお昼寝中。
「なんだ?」
「将棋とか・・あんまり興味なかったんだけどどこが面白いの?」
陽暮が黙ってしまう。聞き方が悪かったのかもしれない。
「あ・・どうしてそこまでハマったのか聞いてみたいなってこと。そんなに深くハマってる人と会った事がなかったからさ、俺が楽しさを知らないだけかもしれないじゃん」
最初よりは陽暮の声を聞く機会は増えたけれどそれでもまだ会話は少ない。
「・・・古くから将棋も囲碁もあった。その記録さえ残っていればもういない人とも対戦できる。考えもわかる。それが面白い」
「深いんだな」
いない人とも対戦できる、考えがわかるか・・。今まで考えたこともなかった。
「どっちか教えてくれない? こっちに来てから遊びが少なくて娯楽に飢えてるんだ」
「・・・百連敗させる自信がある。それでも?」
陽暮も自信たっぷりなタイプかな? 陽暮と遊んでみたいけれど百連敗は避けたい。
「じゃあ、オセロは得意?」
「オセロの方が簡単だ。もっと負けさせれる自信がある」
「なら百連敗してもいいからさ」
「・・盤と駒が完成したらな。まだ半分しかできてない」
陽暮が部屋の隅の方を向いた。そこには細かい木の何かが置かれている。それは前から知っていたけれど。
「自分で作ってるの?」
「透さんに習ってるんだ。不器用だから歪な形も多いが」
形からして将棋の駒だろうか? 駒の大きさも変えて、ちゃんと文字まで彫ってある。不器用なのにここまでやるなんてよほど好きなんだろう。
「俺には真似できないな」
長く同じことを続けてするのは苦手だ。魔法の練習は長く続いた方だと思う。なんだかんだ楽しかったからだろうか?
「蓮のやってたスポーツ?聞いたことある?」
「いや、無い」
「バレエやってたんだって。バレエ」
「え?」
あまり表情の変わらない陽暮がとてもびっくりしている。
「そうなるよな。しかも乱入者がいて闘牛もいるバレエなんだって」
「それバレエか? せめてバレーボールじゃなくて?」
思うことは同じだったらしい。まあ誰だってそう思うだろう。
「でもさ、なんとなく詳しいこと聞けなくない?」
「確かに」
くくっと陽暮が笑った。
「涼が来てくれてよかった」
バレエの話の続きではもちろん無いだろう。なんの話だろうか?
「春喜が来てくれた時も思った。透さんは色々気にして明るくしてくれようとしてたんだが・・無理はするなよ。戸惑うことも山ほどあると思うから」
「でも、『最初の今日からあなたは聖女です』ほどの驚きはこの先ないと思うな」
「『ここが異世界です』より衝撃的だったな」
異世界転生系作品を見慣れた俺にとっては驚きよりこれからの生活の興味の方が大きかったものだ。よくあるハーレムもちょっとは期待したけれど今はそれとは真逆の生活を送っている。
「美少女と出会えるかもとか思った?」
「・・まあ」
同じ年頃の男が考えることは見た目のタイプが違っても同じらしい。
「蓮達と野菜の収穫、行かなくてよかったのか?」
「・・実は俺、虫苦手なんだよ」
また陽暮のびっくり顔。こんな短い間に2度も見ることになるとは。
「小さい頃は平気だったはずなんだけどいつからかダメなんだよなー。硬いツルツルした外側のやつもウニウニの幼虫も本当ダメなんだよ」
「平気なタイプかと思ってた。でも俺も苦手だからわかる」
「春喜には秘密な。バレたら絶対悪戯される」
陽暮も深く頷く。虫がとにかくダメな者同士だから信頼できる約束だ。
「残念なことに魔物の中には虫系のやつもいるらしい。いつか出会うと思うと・・・ついどうその時にサボろうか考えてしまうんだ」
「大きい虫なんて絶対無理!」
これが虫絶対ダメ同盟が発足した瞬間だっただろう。
「透さんは平気そうだよな」
「ああ、あの人確か虫の佃煮を食べれるらしい。とても考えられないが」
同意見だ。触るだけでも嫌なのに口に入れるなんてもってのほかだ。
「春喜は昆虫好きで・・・」
ビービービー
異世界に来て2度目のあの警報音が鳴り響いた。
「鳴っちゃったかー」
鳴ってしまったら実戦に出なければいけないのだ。撃てる様にはなったもののまだまだ下手で仲間に当てる可能性も高い。
「涼、蓮は当てるなとか色々言ってるが俺たちはちゃんと避けれる様にしてるから安心して打ち込め」
「え? 避けれるの?」
「そこか?」
魔法で打ち出しているからもしかすると本物よりは遅いのかもしれないけれどそれも十分な速さで銃弾は飛んでいくものだ。
「身体強化を駆使すれば動きがゆっくり見えるんだ」
「ひぐれー、りょうー、準備してるか?」
畑にいた2人がバタバタと戻ってきた。
「言われなくてもやってるし」
「・・こわーいって言い出すのかと思ってた」
キョトンとした顔で春喜は俺をみてくる。
「師匠は全部撃ち抜いてくれるんだろ」
「そうだけど? 涼は臆病だし」
魔物は怖い。戦いも怖い。でも蓮と陽暮と春喜が居ればどうにかなると思えるようになった。
「怖くて動けなくなったらその時はよろしくな」
「その時は思いっきり笑ってやる」
また森に魔物が出たらしい。街にも近い場所で早く仕留めないと街の人が危ないということだった。
「今回の敵は?」
木の茂みに身を潜める。ただそこにいる4人中3人が大人と変わらない体型の男なのでちょっと狭い。もしかしたら服の端は見えているかもしれない。
現場に着くとだんだんと緊張が増してきた。本当に怖くて動けなくなるかもしれない。
「こわーいうさぎだって」
「涼、魔物に理性はない。理性のある魔物は襲ってこない。襲ってくるやつに情はいらないからな。魔物化したら同族だって食べ合う様になってしまうんだ」
陽暮は俺が生き物を撃つことに怖がっているのに気づいていたのだろう。
「わかってる」
キュウキュウと可愛らしい鳴き声が近づいてくる。声はこんなに可愛いのに凶暴な魔物だなんて。
「陣形とか考えるの? 陽暮得意だろ?」
将棋は戦の陣形を考えるのと同じようなものだとどこかで聞いた事がある。
「残念ながら理性のない魔物にあれは一切役に立たない!」
「えー」
こういう異世界系ファンタジーでは頭の良いやつがうまく作戦を考えて敵を一掃するとかよくあるのに。この世界には驚かされる事ばかりだ。
「こっちも特に考えずに突っ込めばいいんだ。どうにかなる」
ミシッと嫌な音がした。振り向けばすぐそばの木が傾いている。
「うわあ!」
「俺が引きつける。その間に春喜と涼は遠慮なく撃て」
蓮が茂みから飛び出して走り出した。陽暮も同じように飛び出して、ただこちらはピョンと木に飛び乗って次から次へと木に飛び移っていく。
「涼、ちょっと離れるぞ。それとも本当に動けなくなったか?」
「動ける!」
春喜に付いて移動する。まだ自分だけで動ける経験はない。
「ここにしよう。今だと思ったら引き金を引いて良いからな」
持ってきた袋から短銃を取り出して弾を詰める。透さんが使いやすくしておいたと言っていた。どうにかなるだろう。
『ぎゃあぁー!!』
耳が痛くなる様な鳴き声だ。あれに理性はない。ただ暴れるだけの化け物。
「っ!」
そのうさぎの赤い目と目があってしまった。怖い。何もしなかったら食べられる。
「涼、散々練習しただろ。天才の俺をこれだけ付き合わせたんだからやってみせろ」
「ああ」
大丈夫、失敗したって蓮と陽暮は避けてくれる。天才師匠の春喜がどうにかしてくれる。うまく当たればそれだけ近接戦の2人が危ない目に遭わずに済むのだ。
深呼吸をしてから銃を構え・・・
森に空気を裂くような音が響き渡った。
「涼ってやっぱり神経図太いよなー」
聖女寮に帰ってくると何故か落ち着く。ここが家になったのだろう。
「俺もそう思う」
春喜だけでなく陽暮もそう言った。
「どうして? 普通だろ?」
「普通、実戦の最初の弾は当たらない。春喜だって外した」
「あれは手が滑っただけだ!」
残念ながら弾は当たったもののほとんど効果はなかった。けれど当たっただけで今日は十分だろう。あとは蓮と陽暮と春喜がちゃんとどうにかしてくれた。
「あ・・帰って来たのか? どこ行ってたんだ?」
お昼寝から起きたらしい透さんがやってきた。警報音でも起きなかったらしい。
「魔物退治行ってきたの!」
「へー、お疲れー」
朝練終わったよ。お疲れー、朝食できてるぞ。のノリと一切変わらない。
「お疲れーって、もうちょっと何かないのか?」
「じゃあ・・今日はちょっと豪華な夕食にするか」
「やった!」
食べ盛りの男子4人には今の所、それが一番の楽しみだ。
「これで涼も大丈夫そうだな」
「どうにか・・やっていけそう」
「涼! 夕食のための野菜取りに行かないか?」
春喜が近づいてきてそう言った。ただ一緒に遊ぼう?みたいなノリで言ってるだけだろう。でもその無邪気な笑顔が俺には悪魔の微笑みに見える。
「畑は・・遠慮しとこうかなー」
「野菜嫌いなのか? 食べないと大きくならないぞ」
嫌いなのは野菜ではない。野菜に付いている虫が嫌なのだ。
「涼、こっちを手伝ってくれないか?」
気を効かせた陽暮が片付けの方に呼んでくれた。春樹から逃げて駆け寄ると虫苦手だろう?と陽暮が笑う。
「何2人で見つめあってるんだ? まさかそういう趣味?!」
「はあ?! 違う!」
わあーっと叫びながら透さんと蓮のところへ春喜は走っていく。適当に言いふらすつもりだろう。まあ誰も春喜が面白がって言ってるとしか思わないからいいか。
「ほっといて良いのか? 透さんも揶揄うぞ」
「まあ続いても3日だろ」
違うと言ったってまた揶揄われるだろう。もう放っておくのが一番だ。
『なにをーーーる! わたーーーじゃないーーか?!』
どこからか聞こえる日本語。こんな話し方をする日本人は4人の中には誰もいない。
「あー、次の犠牲者来ちゃったな」
「料理は歓迎会用になりそうだな」
冷静な蓮と陽暮。古参の二人にはもう慣れたものなのだろうか? 俺は慣れたくない。
「どうしてそんなにちょこちょこ異世界人を呼び出しちゃうかなー」
「涼、行くぞ」
「え? どこに?」
春喜に手を引っ張られあのここに初めて入った時の扉の前に連れていかれる。
「いいか。こう・・ーーーーーってするんだぞ」
「わかった」
春喜と2人でその扉を開く。彼もここで楽しく暮らせるようになったら良い。意味不明なことも多いけれど彼らは優しくて賑やかで、これから大変なこともあるかもしれないけれどどうにかなるって思えるような場所だから。
名前も知らない彼に向かってニコッと笑い、手を差し出す。そして息をそろえて言った。
「「ようこそ聖女寮へ」」
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