第4話 この日常も悪くない
ここ数日良い天気が続いている。こちらに来てから一度しか雨は降っていないから元々雨の少ない国なのかもしれない。日本でいうなら秋の様なちょうどいい過ごしやすい気候。
そんな中、聖女寮の庭で俺は銃という物騒なものを手にしていた。
「そう。そのまま固定して狙って」
春喜に教えられるのはやっぱり癪だけれど決めたのだから仕方ない。実際に武器を使いこなせるようにここ数日練習をしていた。
「魔力をいっぱい詰め込んだら引き金を引いて」
バンっと空気を切るような音がする。が・・コロンと銃弾は的の手前で地面に転がった。
「あー、また失敗かー」
「そんなに難しいか? もう練習始めて3日だぞ」
「春喜の説明の仕方が悪いせいだろ」
ぎゅっとしてだのドーンだの説明が擬音ばかりなのだ。そんな感覚でしっかりできているから春喜は天才肌なのだろうけれど認めたくない。
「涼の理解が悪いせいだ。ただ魔力を込めてあの的に打ち込むだけ」
「・・銃向いてないのかー?」
どうにも感覚が掴めないのだ。この時はうまくいったというのもまだない。
「今からでもあっちに入るか?」
春喜の視線の先には刃を潰した剣と鎖鎌で打ち合う蓮と陽暮がいる。2人は動き飛び回り、時にはバク宙もしている。とても俺には真似できない。
ちなみに透さんは部屋で俺の短銃を使いやすいように改良してくれているらしい。
「あの2人って運動神経いいんだな」
「あれ、ただ身体強化の魔法使ってるだけだ。涼もその気になればできると思うぞ?」
「聖女でもそういう魔法は使えるんだ?」
聖女というのは直接的に戦闘には役に立たない回復や浄化を得意とする代わりに攻撃系魔法がとことん苦手なのだ。ただし苦手なだけであって全く使えない訳ではない。
それは同じ能力を持つ俺たちも同じ。それもあってわざわざ銃に魔力を込めるなんていう面倒なことをしているのだが・・。
「あれは補助魔法。聖女にだって十分使える。どちらかといえば得意な方に入るんじゃないか?」
「あ! 聖女ちゃんが魔法を使って・・兵に光が降り注いで強化するやつ?」
「それとやってることは同じ」
蓮の言っていた男だと守りがいが無いというのがようやく分かってきた。全て気持ちの問題だけれど、どうせ護るのなら可憐な女の子の方がいいに決まっている。身体強化の魔法だって男にかけられても嬉しくない。
「涼、国語苦手だろ」
「そうだけど」
いつも国語の点数はさんざんだった。古文や漢文が問題に出るようになってからは多少マシな点数になったが。それをどうして?
「涼の説明は伝わるけどアバウトでざっくりなのが多いんだ! 文章をまとめるの苦手だろ」
「苦手で悪かったな。伝わるならいいだろ」
「困りはしない。でも真っ直ぐ分かりやすく伝わった方がいいに決まってる」
「それができるならとっくの昔にやってるよ」
2人で睨み合っていると間に白い影が入った。
「また喧嘩か?」
白い影だけでは誰なのかわからない。ここにいるメンバーは同じ生地でできているサイズが違うだけの同じ服を着ているから。目線を上げると意外なことにそれは陽暮だった。
「「喧嘩じゃない!」」
声がピッタリと揃ってしまったのも気に入らずまた睨みあう。
「仲がいいのは結構だけどさ、涼はもうちょっと大人の余裕を見せたら? 春喜は6歳下の小学生だろ?」
「こいつが生意気だから」
「涼は大人ぶる癖に俺に張り合ってくるんだ」
決して張り合っているつもりはない。イラッとくる言い方をするから言い返しているだけなのだ。
「はあー、練習してたんじゃ無いのか? ちゃんと的を打ち抜けるようになったのか? 仲間を打ち抜かない程度には上手になってくれよ」
それはプロというのではないだろうか?
「頼むからさ。いくら綺麗に痕も残らず治せても痛いものは痛いんだ」
蓮に真面目な顔で必死そうに言われると頷くしかない。ただこれだけは確認しておきたい。
「当たったことあるの?」
「春喜の銃弾って威力がかなりあるから掠っただけでも十分痛いんだよ」
うんうんと陽暮も頷いている。2人とも春喜の被害者か。
「俺のせいじゃないし。・・それより! 涼に身体強化魔法の使い方教えてあげて。やってみたいんだって」
春喜があからさまに話を変える。
「じゃあ、これ使ってみて」
どこから出したのか、一枚の紙を渡される。ただ紙の中心に複雑な模様が書かれていて・・
「これって魔法陣って呼ばれるやつ?」
「そう。これで体に魔法がまとわりつく感覚を覚えてから、魔法陣無しで同じように魔法を纏わせられる様に練習するんだ」
なるほど。そうやって魔法を覚えていくのか。それで感覚を掴めればうまく銃弾だって飛ばせる様になるかもしれない。
「なら涼もこっちで一緒にやり合うか」
「え? あれに混ざるの?」
「手加減するって。それに最初は身体強化状態での動きに慣れないとどうしようもないしな」
どうしようか?と蓮が陽暮に尋ねる。
「尻尾取りはどうだ?」
陽暮には似合わない尻尾とりという提案。この中で一番そんな遊びをしてきていなさそうなのに。
「春喜も混ざる?」
「逃げるのは得意だぞ!」
「じゃあ早速しようか。タオルが尻尾がわりな」
腰で結んでいる太めの紐にタオルを引っ掛ける。この紐は修道服の一部でダボっとしている服をこれのおかげで体に合った感じになっている。日本で言えば帯の様なものだ。
「魔法陣はどうするの?」
「紐に挟んどけばいいって」
すっと間に差し入れると奇妙な感覚がする。何かに包まれる様な、国語の苦手な俺には表現しきれない今まで感じたことのない感覚だった。
「それぞれ四隅についてからスタートな」
同じ場所からスタートではすぐに終わってしまう。誰も向かわなかった庭の角に行こうと一歩踏み出すと・・
「うわあぁ!!」
体が跳ね、空中で傾きそのまま体勢を崩して派手に転んでしまった。
「あははっあ! だいじょ、ぷふっ」
春喜がお腹を抱えて笑っている。蓮も陽暮も笑っているが・・あいつは笑いすぎだ。
「身体強化って癖もので意外と難しいんだよ」
「初めて使った時は誰でもそうなる」
「そして絶対に笑われるんだよなー」
きっと変に力がかかりすぎたのだろう。いつもより力を抜いて・・転けた体勢から立つのも一苦労だ。
「トランポリンにでも乗ってると思って動けばいい。じゃあ、尻尾取りスタート!」
うまく動けない俺を狙って陽暮が一番に寄ってきた。取りに行くのは厳しい。なら逃げなくては。
一歩進み、同じ様にもう一歩というところで・・
「ぎゃあぁー!」
さっきより高く宙へ飛んでしまいまた転ける。今度は蓮も春喜と同じくらい笑っている。
「2人の尻尾取ってやる!」
聖女寮の庭には賑やかな笑い声と悲鳴、そしてざあぁーっと何か滑る音が繰り返し響いたのだった。
数日後にはこれが王宮七不思議の一つになるのだがそんなことを俺たちは知るよしもなかった。
「ゲーム、好きだったんだろ。そのイメージでやればいい」
深呼吸をしてから銃を構えた。ここはいつもの庭。目の前にある、木でできているあの的に弾が当たってバラバラになる。春喜の銃なら何度も見たのだから同じようにやるだけだ。
魔力を込めて、密室の中にパンパンになるほどに押し込んで・・
ダーっん!
今までにない音が響いた。銃を持っていた右腕が衝撃で痺れる。
視線の先にある的は弾が当たってバラバラになった。
「春喜! できたぞ!」
「今日で練習何日目だと思ってる?! 遅い!」
「ちょっとくらい褒めてくれたっていいだろ。弟子がやっとできるようになったんだぞ」
「弟子なのか? 涼が俺の?」
ここまでみっちりとかかりっきりで教えて貰えばそうだろう。春喜を師匠と呼ぶのは嫌だけれど、ちゃんと撃てる様になったからこそ春喜の腕はとてもすごいものだと更に実感した。俺にはとても真似できない。
「そうか。弟子なら師匠の俺が上から言うのは当たり前だろ。文句は言うなよ!」
「それとこれは別だろ?」
「りょうー! 透さんが弾が的に当たるようになったお祝いにご馳走作ってくれたぞ!」
透さんの料理を手伝っていたのかエプロン姿の蓮が手をふっている。
「俺の時は『すごいなー』で終わったのに」
春喜が頬を膨らましている。
「あの時は悪かった。あまりにもあっさりやってたから凄さがわからなかったんだよ」
「涼が全然できないのを見て、春喜はすごいなと思った」
褒められて春喜はご機嫌になっていたが・・また膨れ始める。
「涼と比べないで。こいつは遅すぎる!」
「はいはい。ご馳走ってなに?」
「えっと・・ーーー」
春喜の言ってることは蓮も陽暮も聞いてない。
「聞いてるのか!?」
「おーい、料理冷めるぞー」
透さんの声に返事をして建物の方へ走っていく。近づくといい匂いが漂ってきた。
「おい、置いていくな!」
焦って春喜は追いかけてくる。それを蓮が捕まえてほっぺの柔らかさを堪能し、また言い合いが始まる。そして透さんもそれに混ざってくる。
この世界も悪くない。というか充実していてとても楽しい。いつの間にかそう思えていた。
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