第2話 まだ知らない俺の特技

いくら悩みがあっても人というものは夜になれば眠くなるらしい。そして案外どんな場所でも眠れるものらしい。ただし、次の日にその代償はやってくる。

「おーい、大丈夫?」

鳥の声と肌寒さ。そこの蓮の声がして意識が夢の中から引っ張り上げられた。

「蓮? もう朝?」

寝た気がしない。疲れも取れていない気がする。

「そこで寝落ちしたのか? 俺でもそんなことしたことないのに。引きずってでも部屋に入れた方がよかった?」

寒いはずだ。星を見ながらそのまま寝落ちしたらしい。それに体があちこち痛い。

「春喜、昨日は俺の布団に潜り込んできたじゃないか」

「寒かっただけだ!」

「誰もどうしてか、なんて言ってないぞ」

透さんの趣味は春喜で遊ぶこと。いつも通りの2人だ。

「寝違えたかなー」

下は地面ではないけれど硬い板だ。体を動かせば少しは良くなるだろうか?

「春喜、ほら、言うんだろ」

「え? おれが?」

寝る前よりも疲れている気がするのは気のせいだろうか? 夢見も悪かった気がするし・・今日はお昼寝でもしてみようか。

「涼!」

「ん?」

「今日は買い物行こう」

春喜はふんっと顔を背けながら偉そうに言った。正直、買い物なんて気分じゃない。適当に言って断ろう。

「おれが案内してやる」

「できるのか? 迷子にならないか? 出かけるくらいならここで・・」

「案内するって言ってるだろ! 蓮も透さんも一緒だから迷子にはならないし」

断ることは無理らしい。無理矢理でも理由を付けて外に連れ出す気だろう。

「この格好で行くのか?」

「外に行くときは呼び出された時の格好をしてるんだ。流石に真っ白の服の集団は目立ちすぎるだろ」

ここに来てからというもの真っ白の服の人にしか会っていない。だから普通の服というものを知らないけれどどんなものなのだろう? 異世界といえば色々な種族がいるものだ。獣人にもお目にかかれるだろうか?

「行くだろ?」

「わかったよ」

一応言っておこう。決して、獣人見たさに行くわけではない。





「・・春喜、本当に小学生だったんだな」

「うるさい!」

白のポロシャツに紺の半ズボンの制服。とても小学生らしい格好をしている。制服の小学校ということは私立の学校に通ってたのだろうか? 

「ランドセルも持ってたりする?」

「悪い?」

しっかり睨まれてしまったけれど、小学生のそんな目なんて大した効果はない。

「ウロウロするなよ。あと欲しいものがあったら俺に言う事」

「はーい」

聖女寮のお財布は透さんが握っているようだ。年齢からして妥当だろう。

初めて見る街はとても賑わっていた。どこか外国のような雰囲気がある街並みで建物は煉瓦造り。街行く人々は基本茶髪か金髪だけれど中には赤・青・オレンジ・緑と様々な目や髪の色の人が居た。ただ残念なことに獣人は1人も見当たらない。

「現実はそんなものか」

「ケモ耳とかエルフを期待したか? 残念だけど俺もまだ出会えてないんだよなー」

何も言っていないのに蓮には俺が何を考えているかわかったらしい。皆考えることは同じ、と言うことだろうか?

「まあ、せっかくの買い物なんだし好きなもの買って楽しもう!」

「買い物って・・お金はどっから貰ってるの?」

隣を爽やかなシャツ姿で歩く蓮にきいた。大学生ってこんなイメージ、という感じの見た目をしている。かっこいい。きっとモテていたのだろう。

「毎月ある程度は国から貰えるらしい。一部は経費で落ちるから意外と余裕あるぞ」

「へー。なのに服買わないの?」

街の人はもちろん色とりどりの服を着ている。作りは簡単に見えるけれど形も色々ある。もしかしたらこの世界の服としては普通なのでは?と思っていたが違うらしい。益々あの服の意味がわからない。

「だってほとんどをあの服で過ごすんだから要らないだろ。滅多に出かけることもないし」

「普段から普通の服を着ればいいじゃん」

動きづらくて、汚れやすいため普段着には向かない服だ。昨日の魔物退治だって汚れてビリビリのボロボロになっていた。せめてあんな時くらい運動に向いた服を着ればいいのに。

「あれなら破けたら新しいのを支給してもらえるし、何より森の中でも目立つから仲間の位置がわかりやすい」

意外にもちゃんとした理由があったとは。

「俺たちに色々してくれてる人ってあのおっさん達なの?」

「それがちょっと違うらしい。あの人たちは呼び出すだけで、召喚とか今の俺たちのことの指示を出してるのはまた別の人って聞いている」

「じゃあ・・・あの服を着せてるのってその人の趣味?」

だとしたらその人はとんでもない変態だ。もしかしたら男ばかり呼び出すのもその人の趣味なのでは?と思ったけれど流石に無いなと頭を振った。

「どうだろうな? その人の正体って誰も知らない。そして王宮七不思議のうち五つがその人の事らしい」

「どの世界にも七不思議ってあるんだな」

「そこか?」

七不思議なんて言葉を聞くのは小学校以来だ。中高で聞かなかったのは実際そんなものは存在しなくて誰も面白がって適当に言うやつも居ないからだろう。大人ばかりの王宮に七不思議があるということは本当にあるからだろうか?

「蓮、お化けって平気なタイプ?」

「信じてなかったけど、異世界召喚があるなら存在するかもって思ってるところ」

蓮の言うとおり異世界召喚よりはお化けの存在の方が信じられる。でもお化けとは出会いたくないものだ。あれは居ないと思っているから平気なのだ。

「春喜は苦手だもんなー」

透さんが会話に混ざってきた。今までの会話も聞いていたんだろうか? この人、陽暮以上に気配が無いなー。

「うるさい。そこの店に行くんだろ。早く行くぞ」

「春喜、その前にあれ買うんじゃなかったのか? 好きだろ?」

透さんは近くの店を指差した。そこにはお菓子が並んでいる。

「わかってるなら買ってきてくれればいいだろ」

「春喜は1人で買い物もできないのか?」

「行けるし」

透さんが財布からいくらかお金を出すと横から春喜が取って、その店に走っていく。

「透さん、あれ欲しい。いい?」

「これが今日の分のお小遣いな。この金額の中なら自由に使っていいから。蓮と涼もいるか?」

「ちょうだい!」

「ください」

手の上に銀色と茶色のコインが載せられる。これが銅貨と銀貨と呼ばれるものだろうか?

「これでいくら位の価値?」

「500円くらいだな。この国って物価が安いからうまく使えば結構買えるぞ」

なんとなく貰ってみたけれど欲しいものなんて特にない。春樹のようにお菓子でも買いに行こうか。ふと辺りを見回すと透さんと陽暮の姿が消えている。

「2人は?」

「透さんは注文してたものを取りに行った。陽暮はそこの店。あいつのお気に入りなんだ」

陽暮がいると言う店は本屋に見える。もうこの国の字が読めるようになってるのだろうか?

「本が好きなんだ」

「いや、陽暮は将棋と囲碁の名人でとっても頭がいいんだ。その界隈では有名だったんだって。こっちに来てからそういうのの相手が居ないから同じようなゲームを探してそれが書かれた本を探してるらしい」

陽暮が和服姿で駒や碁石を動かしている姿は簡単に想像できる。

「蓮は何をしてたの? 日本で」

「んー、大学生やってた。部活とバイト尽くしの日々で勉強はあんまりしてなかったけどな」

「なんの競技?」

「バレー」

「あー・・あの剣はアタックで鍛えた腕力で?」

蓮が剣を振るう姿は力強くてとてもかっこいいと思った。そして尊敬もした。

「? そっちじゃない。踊る方だよ」

踊る方のバレー? まさかバレーボールでなくてバレエ? あの蓮がフリフリでぴちぴちの服を着て踊っている姿を想像してしまった。これはダメだ。

「どこでその筋肉を?」

「誰かを持ち上げたり乱入者を止めたり、闘牛と戯れたり・・・あ、全部バレエ関係だからな。そんな色々でいつの間にか鍛えられてるんだよ」

どこからの乱入者?なぜ闘牛?果たしてそれはあのバレエなのだろうか? 懐かしいなと笑う蓮。具体的なことは怖くてとても聞くことができなかった。

「涼は何かスポーツしてた?」

「サッカーとかテニス、水泳はやらされてたかな」

どれも何年かの短い間に週に一度ほどやっていただけだから対して上手でもなかった。ただルールを知っていてなんとなくできるというくらい。

「なら春樹みたいな遠距離から狙う系の武器がいいか?」

関係ない普通の会話だと思っていても、結局はそんな話に戻ってくるのだ。

「嫌なら無理はしなくていい。透さんみたいにメンテナンスとかの裏方を選んでもいい」

「春樹は4人目の犠牲者だっけ? あいつも自分で選んだの?」

陽暮は俺みたいな状況の時、すんなりこの状況に適応して馴染んで魔物の相手だってできるようになっていそう。勝手なイメージだけれど。でも春樹の時は想像できなかった。

「よく知らない。あいつ俺より陽暮に懐いてるし・・俺は最初の1人だったからさ、守られて敵を相手にすることもあった。でも味方のはずの奴らが俺達を下に見て何もできないだろってお偉いさんが見てないところで色々としてくることもあって」

蓮が今まで苦労していないはずが無かった。俺にはここのことを説明してくれる人が4人も居たけれどきっと蓮には誰もいなかった。

「見返してやりたいじゃん? それにハズレって感じで厄介者扱いの俺たちがこの世界救ったら最高にかっこいいだろ?」

「かっこいいな」

17歳にもなってそんな子供じみたことを言うのは少し恥ずかしい。蓮達と一緒なら世界を救うなんて大きなこともできるかもしれないと思ってしまった。

「この世界の問題って世界規模の話なの?」

「そう。俺たちが今見ているのはこの国の小さな問題なだけで、あれこれあってるらしい。それこそ争いとか魔王的なのもいるかもって聞いてる」

かなりスケールが大きい。でもその分やる気もでる。

「まずどうするの?」

「さあ? なるようになるさ。とりあえずは涼がここに慣れるのが先か? あ、趣味は何かある? 探せば何か似てるものでも売ってるかもしれない」

「ゲームばっかりやってた」

あれもなんとなく暇潰しでずっとやっていただけな気がする。他には漫画を読んだりと高校生ではごく普通の事ばかりしていた。

「ボードゲームとカードゲームならあるけど、流石にああいうのはないんだよな」

「趣味っていっても別にしなくてもいい程度だったからいいよ。蓮は?」

どんな趣味?と聞く。聞いたあとでバレエと答えられたらどうしようかと思ったけれど・・

「俺は・・料理にハマりつつあって」

意外だった。蓮に対して料理なんかできなくて煮えていれば食べれるとか言うようなイメージを持っていた。

「大学生になってからは一人暮らしだったんだけど寮に入ってたし料理なんかしたこと無かったんだけど、こっちに来てからやってみたら意外と面白くて。涼も新しい趣味が見つかるといいな」

「・・勉強なんてしなくていいし、この世界も悪く無いかも」

とても変な体験を自分はしている。聖女が男で戦闘だってこなすような常識が何も通じないこの世界。毎日同じような日々を繰り返す今までよりも面白いかもと思ってしまった。

「それが・・いや、これはまだ知らなくていい」

蓮は困ったように目を細めて首を振る。

「なに? まだ俺が聞いてないことある?」

「とても残念なお知らせだけど・・勉強は必要なんだ」

この国の言葉、世界のこと、そして生物や魔物のこと。あとは・・と蓮は学ばなければいけないことをつらつらと並べていく。

「えーー!」

異世界に来てまで勉強をしなくてはいけないとは思わなかった。現実はそう甘くはないらしい。

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