聖女寮へようこそ 〜男ですが聖女始めました〜

浅葱咲愛

第1話 異世界は甘くない


Q、聖女とは何か?

A、聖なる力を持ち、癒しや浄化に長けた術者のことである。


Q、聖女寮とは何か?

A、聖女が複数人いる場合、聖女達が共に生活するために使われる場所のことである。




これは聖女として暮らすことになってしまった男達の異世界奮闘記である。



         ・       ・        ・



いつも通りの日常のはずだった。これからも何も変わらない普通の日々が続くと思っていた。

いつものように学校に行き、帰ってくればゲームをして、毎日同じことの繰り返し。



いつもの様に自分の部屋と廊下を繋ぐ扉を開ける。ただそれだけだったのだ。

でもその時は・・・・目の前がパアッと光に包まれた。



「・・ーー○%×△$○◇」

「ー○%×△$○◇ □*%△¥○#」

白の面積の多い空間。聞き取ることのできない会話。たぬきの様な体型を白い服に包み邪魔そうな髭を持つおじさんが何やら叫んでいる。これが神官服の様なものでなく赤のサンタの服ならもっと似合うだろう。その近くにも同じようなおじさんが何人もいる。

「ここはどこですか?」

ちょうどゲームのいいところだった。そんな時に母親にご飯だと呼ばれ部屋から出ようとした時、目の前が真っ白になって気づけばここに居たのだ。

それにしても体育館並みに広い場所だ。神殿の様な雰囲気で大理石がたくさん使われている。

「早く帰らないと怒られるんですけど・・」

おじさん方は首を傾げている。本場のサンタの様な見た目だし日本語は通じない?

「ハロー。ハウアーユー? ウェアーイズ・・」

英語は苦手なのだ。ここどこ?と聞きたいけれど『ここ』の単語が出てこない。

「$□*%△¥○#」

あたりがざわざわとなる。怒っているおじさん一名。今にも泣きそうなおじさん二名。

先に自己紹介をしなかったのがいけなかっただろうか?

「マイネームイズ、え! ちょっと!」

下っ端に見える白くない服のおじさん達に腕を掴まれて引きずられる。抵抗しても無駄でそのまま外に連れて行かれ少し離れたところにある建物の前に放り投げられた。

「いたた・・」

今まで外国人にしか見えない人にしか出会っていない。これからどうしよう?

打った所を摩っていると目の前の扉が開かれた。

「また誰か来ちゃったのか?」

「あー、〜ーーー・・」

聞き取れる声がする。助けてもらおうと顔を上げるとまた、真っ白な布が目に入る。でもこれはおじさんの神官服ではなく漫画で見た聖女服に似てる。

もしかして異世界?俺が勇者でその聖女ちゃんと旅をするみたいな?!

「「聖女寮へようこそ!」」

そこには優しく微笑み俺に手を差し出す、聖女服を着た・・・ごっつい男が居た。





「おーい、大丈夫か?」

そこそこ歳がいってそうなおじさんが俺の顔の前で手を動かしている。この人も同じく真っ白の服。似合ってない。

「蓮の姿にショックを受けたんじゃないか?」

ふんと顔を上の方へあげている小さくて声の高い少年? もしかしたら男子っぽい少女かもしれない。こちらも真っ白の聖女服だからきっと少女だろう。そう思いたい。

「いやいや、これは仲良くなるための第一歩であって・・・ちょっとしたサプライズだ」

俺よりは年上に見えるお兄さん。これが例のごっつい男。服の上からでも立派な筋肉が確認できる。俺が勝手に聖女服だと思っただけでここの民族衣装か何かなのだろうか?

「どちらかと言えばドッキリじゃないか?」

おとなしそうで華奢な人。もちろんこちらも真っ白の聖女服を着た男である。歳は俺と変わらないくらいだろうか? この中ではこの人が一番まともそう。

「名前は?」

リョウです」

涼しいと書いて涼。理由はちょうど俺が生まれた日は七月にしては珍しく涼しかったから。

「ここは年齢は関係なく呼び捨てだからな。あとタメ口が決まり」

その前に誰かここのことを教えてはくれませんか?

「今度は春樹が可愛い姿で出迎えてみるか?」

「俺は可愛くない!」

状況がさっぱりわからない。ただ一つなんとなくわかったのは・・・俺はとんでもない場所に来てしまったらしい。





聖女(男)の朝は早い。日の出の頃に鳴る鐘と共に起床。それから自分達で朝食の準備をし・・

「ランニング行くぞ!」

現在、一緒に暮らしているのは4人。

朝のランニングの発案者であり俺を一番のドッキリと共に出迎えてくれたごっつい男は19歳でれんというらしい。華奢な女の子を想像していたため蓮を見てごっついと思ってしまっただけで実際は少し体格が良いという程度だ。

「ほどほどにしろよー」

この人はアラフォーのおじさんでとおるさんと呼ばれている。詳しい年齢は知らない。俺よりはかなり年齢が上だけれど普通に俺たちとも仲良くしている。ただ朝の運動にはついていけないため朝食の仕上げをしてくれている。

「美味しいのを楽しみにしてるからな」

まだ声変わりもしていない11歳の春樹はるき。これが一番の問題で年下のくせに生意気で偉そうにしてくる。なのにまだまだ子供で幼い部分も見えるから憎めない。

「春樹、遅い」

大人しくて滅多に会話には混ざってこない陽暮ひぐれ。だから知っている情報は少ないが18歳でそこそこ運動はできるらしい。

もちろん4人全員男である。






ここに来て数日経ち、なんとなく状況がわかってきた。

ここは異世界。そして俺はなぜか聖女召喚によって呼び出されてしまったらしい。先にここにいた蓮達も同じく召喚の犠牲者である。呼び出したおじさん達は最初は魔法士にでもしようとしたらしいが、聖女と同じ癒しの能力は持っているため聖女代わりをさせられているんだとか。

聖女ならばもう少し崇められているようなイメージがあったのにここでは使い勝手の悪い家に全員入れられほぼ自力で生活している。ただ買い物だけは行ってくれるようで朝と夜に食材や生活用品が届く。

「置いていくぞ!」

「悪い。考え事してた」

年下の春樹からも遠慮なく上から言われる。ここでは年齢は関係なく平等らしい。おかげで透さん以外はみんな呼び捨てである。

「あのね、ここのことを真面目に考えたって時間の無駄だぞ。陽暮もそう言ってる」

子供のくせに悟ったように言う春樹。でも春樹の言葉は半分以上が『誰かがそう言っていた』だ。

「でも、この真っ白の聖女服じゃなくてもいいだろ。なんでスカートなんだよ」

寝る時以外は常に真っ白の聖女服。詳しく聞けば修道服とか呼ばれているらしいが・・運動する時でもズボンは履けない。理由を聞けばこの服以外支給されないんだとか。誰か裁縫ができれば作り替えることもできたかもしれないが男ばかりなのでもちろんそんなことできる人はいない。

「この帽子みたいなのは絶対被らないとダメなわけ?」

本当は服の部分だけならば俺を呼び出したであろうおじさん達が来ているものと同じなのだ。なのにそれにあの帽子なのかなんなのかわからないあれを被せられてしまうから聖女服に見えて仕方がない。

「それと今どき体育会系でも無いような朝からの運動ってなに?」

ランニングに腹筋、スクワット、謎のかくれんぼ。この意味不明な4点セットを朝食前に毎日やらされている。

「体力作りには効果的だ。体力がないとやっていけいない職だからな。言っとくけど俺じゃなくて透さん考案だから」

聖女は回復職で体力はあまり必要ないと思うのだが・・

「ランニングの考案者じゃ無かったの?」

「俺はいつも習慣としてやってたからこっちに来てからもやってただけで・・・透さんが他のも一緒にやった方が効果的って言ったことでこんなことに」

蓮は好きでやっているのかと思っていたがそうではないのかもしれない。

「で、相手は何? よくある魔王?」

「それはそのうちわかる」

それまではぐらかす必要はあるのだろうか? 実はとんでもないやつが相手とか!?

ビービービーーー  

警告音のようなものが突然鳴り響いた。

「そろそろだとは思ってたんだー」

「あー、まだご飯食べてないのに」

「さっさと終わらせて帰ってくればいい」

どこにいくのか、何をするのか誰か教えてはくれませんか?

「涼も行くぞ。着いてきて」





ドシん、どしん! 何かの大きな足音が辺りに響く。

「何が来るの? 怪獣?それとも何かの大群?」

「静かに。大きい声出したら見つかる」

空気が張り詰めたピリピリしたものになる。

「来るぞ、早く準備しろ」

晴樹は小さな体で抱えていた大きくてガチャガチャ言っている荷物を漁り出し・・

「よいしょ。どれから狙おうかなー」

そして銃?というかもっと大きくて地面に置いてから使うタイプの銃を構えている。確かスナイパーライフルとか呼ばれているやつだ。見た目が可愛らしいだけにそれが似合わない。

「陽暮も銃にすればいいのに」

ジャラッという金属の擦れる音と共に、気配が薄い陽暮も鎌を構えている。これは鎖鎌だろうか?

「それは蓮に言ったらどうだ?」

蓮は2人とは真逆で剣を構えている。本物だろうか?

「やろうと思えばできるけどこっちが早い」

本当にこの3人はおれと同じ日本人?何かの間違いではないだろうか?

「涼は俺の後ろで大人しくしてて。動かれると邪魔だし」

「ここまで敵は来ないから。春樹、こっちまで来ちゃったらちゃんと守ってやれよ」

「その前に撃ち抜く」

カチッと何かの音がした。するとその瞬間蓮と陽暮も動き出し、一拍遅れて大きな破裂音が響いた。

「うまく当たったかな?」

キャチャカチャと玉を詰めてまた構え・・すぐに大きな音が響く。

「今のを・・晴樹が?」

「まだだからあんまり筋力ないし、これを使ってるだけだ。もうちょっと大きくなったら蓮みたいに近接戦するんだ」

「作ったのか?」

それとも魔法と剣のファンタジー世界にも銃が存在する?

「見た目だけ似せてあるだけ。魔法を応用して打ち出してる」

遠くで蓮が飛び跳ねばったバタと何かの生物が倒れていく。どうやら聖女の相手は魔物?らしい。






「お疲れー」

「ご飯できてる?」

「すぐに食べられるようにしといたぞ」

帰ると着替え、すぐに食事の席についた。それが当たり前のように。

「いただきまーす」

「ん! これ美味しい。さすが透さん」

確かに美味しい。でも!

「あの、皆さん。俺たちって一応聖女の代わりで回復とか黒いのをバーって消すのが仕事ですよね? 援護職じゃないんですか?」

どうして敬語になっているのだろう? 衝撃映像を見たせいだろうか?

「最初はそうだった。でも男だから守りがいがないんだと。確かに自分で戦ったが早いしそれで困らないし」

朝食をつつきながらそれがどうした?とでも言うように話す蓮。

「得意までではないけど普通の魔法も使えるからな」

特に気にしていないらしい春樹。一つ質問の答えがわかったけれど疑問はまだまだある。

「相手は魔物ですか? それとも普通の動物?」

世界が違えば生物の見た目も異なる可能性もある。俺には区別がつかない。

「どっちも。けど害獣駆除も多いか?」

「どこの世界でも農作物を荒らされるのは同じらしくて」

「あと、柵の修理とかすることもある」

つまり便利屋ということだろうか?

「こっちの世界の人と話すことも少ないからなんの理由で聖女を欲しがってるのかはわからないんだけどな。今のところの最大の敵は魔物だ」

あれははぐらかしたのではなく分かってないから答えられなかったのか。

「どうして男が呼び出されるんでしょう?」

「それが不明なんだよ。今まで五回の召喚をして五回とも男。詳しいことは教えてもらえないからわからない」

おじさん達も泣きそうになっていたくらいだから向こうだって理由を知らないのかもしれない。

「被害者はまだまだ増えるかもな」

その時、一つ思った。最初の1人じゃなくて本当によかったなと。

「涼、次の呼び出しの時は出てもらうからな」

「それまでに武器決めないと」

「何が向いてるか? 今まで何か経験あったりする?」

「えぇぇーー!! いや、無理ですって!」

見ているだけで十分怖かったのだ。同じように混ざるなんてできるわけがない。

「大丈夫だって」

「魔法はやめた方がいい。効率が悪い」

「体型は・・普通だから体力がないとダメなやつは向いてなさそうだな」

「だから・・」

無理だと言おうとすると上から言葉が被せられる。

「俺と同じようなのは?」

「いいかもな」

「無理だって!」

つい大きな声を出してしまった。

「最初はそんなものだ」

「意外とどうにかなるものだぞ。そのうち涼が一番の武闘派になったりして」

「次の呼び出しまで多少の時間はあるだろうから何が向いてるかゆっくり考えればいいさ」

言い方は違えど3人とも結局は俺も一緒に戦うことになる前提で話している。

「そういえばさーーー・・」

頭の中でぐるぐると考えている間に次の話題に移っていく。他愛もないごく普通の話題。こんなところを見れば異世界に来る前は俺と同じように普通に暮らしていたのだと実感する。なのに彼らは魔物がやって来れば武器を持って出ていくのだ。

「涼? 食べないなら貰うぞ?」

「春喜取るな! これから食べるところだったんだ」

戸惑いは一度奥に引っ込めて4人の会話にいつものように混ざった。






「はぁ・・」

夜はそれぞれ自分の時間を過ごしている。みんなに見つからないようにそっと庭に抜け出してきた。日本では夏だったけれどこちらでは違うのか、少し肌寒い。

「涼? 何してるの?」

「晴樹、子供はもう寝る時間じゃないのか?」

「そんな子供じゃないし」

子供扱いするとすぐに膨れる。そんなところで彼の幼さを感じる。

「晴樹はすぐ慣れた?」

「・・透さんのおかげ。蓮のおかげ。2人がお父さんと兄ちゃんみたいな存在になってくれたから、すぐ慣れた」

まだ親に甘えたくなる時もあるような年頃だろう。

「大きい動物相手にして怖くないのか?」

「涼は怖い?」

「怖いよ。命のやりとりって言うの? 俺・・魚だって仕留めたことないのに」

生き物がああやって倒れていくのはゲームでは当たり前でなんとも思わなかったけれど現実ではとても生々しく目を逸らしたくなった。

「俺たちだって平気でやってるわけじゃない。多少の慣れもあるかもしれないけど最初なんて仕留めたあとは見れなかった。でも、ちゃんと見て解体して手を合わせなさいって透さんが言うの」

それが礼儀なんだって、ちゃんとお墓もあるんだよ、と春樹は続けた。解体されたら食べ物になるらしい。命に感謝を忘れずにという意味もきっとあるのだろう。

「誰かがしないといけないし、俺たちだったら回復も自分でできるんだからさちょうどいいじゃん」

「でも・・」

「ゆっくり考えたら」

短く言ったその言葉はとても11歳の子供が言ったようには聞こえなかった。

「どの道、帰る方法なんてないし・・俺たちはここで生きていかなきゃいけないんだって」

ずっとここで? 帰れないのか? そんなの理不尽すぎる。

「涼、兄弟いる?」

「弟が1人。中学生で反抗期真っ最中で全然可愛くないけどな」

あの弟とももう会うことはないのだろうか? 

「やっぱり」

「ん? なんか言った?」

「ううん。・・おやすみ」

「おやすみ」

もうしばらく、俺は1人で空を見上げていた。


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